「いちめんのなのはな」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の7 (山村暮鳥篇)

 4月15日に行われたポエカフェは、春の出張篇です。場所は向島の甘夏書店さん。一軒家カフェikkAさんの2階です。階段を上がって2階に行くと、畳敷きの甘夏書店さんの部屋があります。その隣の和室が今回の会場です。畳敷きの部屋に和みます。Pippoさんに近い方は座布団に、遠い方は用意された椅子に座ります。私の座った脇には明かり取りの障子がありました。向島の古い家屋です。

今回の詩人は山村暮鳥です。ポエカフェでは3回目の登場になります。1回目は第1期の第8回、私は、2回目には参加できなかったので、ほぼ7年ぶりになります。断片的に知っているにすぎなかった山村暮鳥でしたが、第1回に参加した時、『聖三稜玻璃に強い魅力を感じ、それ以来、好きな詩人のかなり上位に来ています。予習を兼ねて改めて読み直してみても、魅力は衰えるどころか増してきています。参加される皆さんが、どのような感想を持たれるのか、関心が高まる中、連れ合いのアンジーと一緒の参加でした。

 新しい方が何人もおられる中、何時ものように自己紹介から開始です。暮鳥との距離はそれぞれ違いますが、それだからこそ、皆さんの感想が楽しみになるのです。ikkAさんが用意してくださった桜香るほうじ茶をも美味しく、更に追加注文のイチジクのドリンクも美味しくいただきながら、会は進んでいきます。

 これも恒例の朗読くじが自己紹介の間にも回ってきます。できれば『聖三稜玻璃』から読みたいなと思っていたのですが、残念ながら違いました。隣にいたアンジーが交換してというので、交換しましたが、これも違います。その時、残ったくじから選んで良いというPippoさんの声がありました。さっそく手をだすと、なんと「風景 純銀もざいく」が残っているではありませんか。「いちめんのなのはな」が続く詩です。始まる前にMさんと、読むのが大変な詩にあげていたのですが、こうなったらやるっきゃないと思い切って交換しました。

 Pippoさんが暮鳥の生涯を紹介し始めます。やがて朗読も始まります。『聖三稜玻璃』からも何篇か取られています。最初は「囈語」です。これも大変な詩です。「窃盗金魚/強盗喇叭・恐喝胡弓/賭博ねこ/…」と続きます。各行の前半と後半の言葉のつながりに意味を見出すことは難しいでしょう。イメージだけが迫ります。次は「気稟」です。まだわかりやすいでしょうか。それでも、そこからのイメージは色々です。

 ついに私の朗読の番です。Pippoさんの解説や、皆さんの感想を聞きつつ、こっそりとどう読むかメモを作っていました。1連9行で3連の詩です。「いちめんのなのはな」が繰り返されていきます。そのなかで各連とも8行目に別の言葉が入ります。1連目は「かすかなるむぎぶえ」2連目は「ひばりのおしゃべり」3連目は「やめるはひるのつき」です。

 1連目は水平、2連目は下から上へ、3連目は空(上)への視線を意識しながら読みました。イメージの世界に入りながら朗読しましたが、効果はどれほっだったでしょうか。実は、大好きな詩なのですが、同時にわたしにとっては、大きな緊張感をもたらす詩なのです。1連目から3連目へと進む中、緊張感が増大してくるのです。ですので、3連目はスピードを上げ、たたみかけるように7行目まで読みました。押しつぶされそうな緊張感の中、空を見上げると「やめるはひるのつき」に吸い込まれていきます。

 まったく個人的な感想です。朗読後、様々な感想が出ました。暮鳥はどこにいるのでしょう、のんびりとした風景ととりたい等、話は広がります。それだけこの詩に力があるのでしょう。イメージはそれぞれに広がります。

 自分の好きな詩の話ばかりになってきました。戻りましょう。会はその後も暮鳥の生涯を追いながら作品の紹介が続いていきます。晩年の『雲』に収められた詩も心に残ります。暮鳥の作品の背後には、彼の信仰のあり方が透けて見えるような気がします。聖公会の伝道者として活動しながら詩を作り続けた暮鳥です。しかし、その信仰は一般的なキリスト教の枠組みからははみ出すようなものだったでしょう。東洋的なものとのつながりも感じます。

 『雲」の詩を読みながら、八木重吉のことを思い出していました。短い平易な言葉で綴られた詩。形として近いものがあるでしょう。信仰の姿勢はかなり違います。二人が出会い話あったらどんなことを話したのだろうと考えるのも楽しいことです。

 もう一つ気になるのは三野混沌との関係です。Pippoさんも紹介しておられた『暮鳥と混沌』を遅まきながら読み始めています。

 ikkAさん、甘夏書店さん、近ければ絶対通っているでしょう。良い空間をありがとうございました。また、暮鳥の生涯等に関しては今回も古書ますく堂さんがブログでうまくまとめてくださっています。是非、ご参照ください。

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「リアリティを求めて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の6 (尾形亀之助篇)

 先月26日に開催されたポエカフェで取り上げられてのは尾形亀之助。仙台での1回を含めて4回目の登場です。私は今回が2回目ですが、前回の参加時のブログで、亀之助の詩を読んで感じたことについて「言語化すること自体を亀之助の詩が拒んでいるのかもしれない。かんたんに言語化して意味など与えないでくれと」書いている。それでも心にかかる詩人なのです。その後読み続けることはしていませんでした。自分の内の何かが反応している感じがありました。引き込まれそうな予感とともに、そうなったらまずいかもという感じがあったからかもしれません。しかし、夏葉社さんから「美しい街」が刊行されたこともあり、買って読み始めていました。期待と不安?の入り混じった中での参加でした。

 連れ合いのアンジーと一緒に会場の神田伯剌西爾さんに着くとPippoさんが資料の整理中です。アンジーと一緒に手伝います。第1期の頃から変わらないこのこの手作り感もポエカフェの良さです。長く続くと、それなりの固定感も出やすいと思うのですが、そうならないのがポエカフェの不思議な魅力でしょう。今回も数名の新しい方を含めて、ゆったりと自己紹介から開始です。

 今回も恒例の朗読くじがあります。短いのやら、散文詩の長いのやら入り混じっています。くじではありますが、希望によって交換可能なところもポエカフェならではかもしれません。長いのは避けられがちでした。私は、いきおいで引いたところ、なんと最後の詩集『障子のある家』の「後記」の中の「父と母へ」でした。同じ「後記」にある自分の子どもへの「泉ちゃんと猟坊へ」とともに大好きなものです。ちなみに「泉ちゃんと猟坊へ」は夏葉社さんの「美しい街」にも収められています。

 『障子のある家』はたった70部だけ刊行された亀之助最後の詩集です。その自序には「何らの自己の、地上の権利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。それからその次へ。~」と始まります。「その次へ」をどう取るかが亀之助を理解する上で、大きな分かれ道になるような気がしています。

 それにしても、これを引くとはと驚きでした。というのも、この「父と母へ」に関して前回のブログでも取り上げていて、その最初の部分「さよなら。なんとなくお気の毒です。親であるあなたも、その子である私にも、生んだり生まれたりしたことに就てたいした自信がないのです。」を引用しつつ「そこには、現代的な問いが含まれていると思うのは、私の勝手な思い込みかもしれないが…。」と書いたからです。

 今回の参加にあたり、亀之助の生涯を詳しく調査した秋本潔氏の『評伝 尾形亀之助』を読みかけていました。亀之助の生家の背景も詳しく調べられています。そこを読む中で、亀之助の成長過程と作品との結びつきを考えざるを得ないように思ってきています。特に11歳で喘息の治療のためとは言え、親から離れた鎌倉での生活や、その後の東京での生活も気にかかります。ポエカフェでいろいろな詩人に出会ってきましたが、尾形亀之助ほど成長過程と作品が結びついている詩人は内容に感じています。

 先に引用した中の「生んだり生まれたりしたことに就てたいした自信がないのです」という箇所は、亀之助の社会に対する向き合い方に決定的な影響を与えていたのではないかといったら考えすぎでしょうか。無為としか見えない暮らしの中で、自分にとってのリアリティーを探し求めつづけたのが亀之助だったのではと思うのです。それは、目の前の暮らしより、存在の本質へと向かわざるを得なくさせたのではないかと思うのです。

 作品への「浮遊感」という評も聞かれましたし、「ボンボン」という評もありました。そう言われてもしょうがない生き方でしょう。しかし、作品の底に流れる言語化を拒むような感覚にこそ亀之助の本質が隠されてるように感じるのです。亀之助のこんなところに、どうやら惹かれているようです。そうすると、私自身、かなり危なっかしい存在ということになるかもしれませんが…。

追記1:『障子のある家』に収められた「おまけ 滑稽無声映画「形のない国」の梗概」も好きな作品です。

追記2:亀之助の生涯については、今回も古書ますく堂さんのブログ「古書ますく堂の、なまけもの日記」を参照してください。

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「やわらかさの中にも」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の5 (石垣りん篇)

 2月26日に開催されたポエカフェの詩人は石垣りんさんです。りんさんファンの連れ合いアンジーと一緒の参加です。あれから1週間以上たってしまいましたが、余韻覚めやらぬ状態です。石垣りんさんの改めて大きさを感じる回でした。りんさんの生涯については、今回も「古書ますく堂」さんがブログでうまくまとめってくださっていますので、ぜひご覧ください。

 「二月には/土の中にあかりがともる」石垣りんさんの死後に出版された詩集『レモンとねずみ」に収められた「二月のあかり」の冒頭です。2月26日に開催されたポエカフェ石垣りん篇での朗読くじで当たったのがこの詩でした。第1詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』から出版された順にりんさんの詩を皆で読んでいく中で、最後に近いところでの朗読です。それまでの、社会や女性の立場について、または、家族についての時に辛辣で、厳しく、また重く迫ってくるりんさんの詩とは、異なった感覚を受けます。それだけに、印象に残った詩となりました。

 一読した印象は「やわらかい」ということでした。二月の土の中にともるあかり。春はまだ姿を見せない中、やがて来る春に備えている土の中のお母さん。夜の明けぬ内から子供の遠足の準備をする母親の姿に重ねて歌われています。

 晩年の詩なのでしょうか。この詩を書いた時、りんさんの目に何が映っていたのかと考えさせられます。戦争を経験し、若い時から男性社会の中で働き続けたりんさん。「表札」に代表されるような背筋の伸びた、キリッとした詩がよく知られているでしょう。「表札」の最終連「精神の在り場所も/ハタから表札をかけられてはならない/石垣りん/それで良い。」の鋭さ、いさぎよさに惹かれます。

 わたしにとって、ポエカフェに参加するようになる前から読んでいた数少ない詩人です。朗読音源を聴いて、その朗読に引き込まれたものです。りんさんの詩に出会って十数年になると思います。そんな中での今回のポエカフェでした。皆さんがどのように読まれるのか、どのような感想が出るのか、いつにもまして興味がありました。初参加の方も含め、とても盛り上がった会となりました。りんさんの詩が、皆さんの発言を引き出していったようです。

 皆さんの発言を書き留めていっているのですが、いつもよりメモの数が多くなりました。それだけ、りんさんの詩が、お一人おひとりに届いているのではと思います。「これが一番好き」と言って朗読する方。自分の状況と比較してあまりにも辛いのでと、くじを交換された方。詩の力を強く感じる時でした。今も読まれるべき詩人という発言もありましたが、本当にそう思います。だからこその盛り上がりでしょう。

 朗読されなかった詩に『やさしい言葉』の「川のある風景」があります。「夜の底には/ふとんが流れています/」と始まります。「川が流れています。/深くなったり/浅くなったり//みんな/その川のほとりに住んでいます。」と閉じられます。この詩もとても気になっています。

 『レモンとねずみ』の巻末に収められた「石垣さん」という谷川俊太郎さんの詩があります。そのなかに「私は本当のあなたに会ったことがなかった」という1行があるのです。本当の石垣りんに会ったことがある人はどのくらいいるのだろうかと思います。

 詩一篇、一篇から受ける感動とは別に、石垣りんという詩人のイメージ、なかなか焦点が定まりません。銀行員としてのりんさん。組合活動を活発にしていたりんさん。家族の全てを背負っていたりんさん。一人の女性としての晩年のりんさん…。苦しさを扱う詩でも、決して否定しないりんさん。独特の強さを思います。それは冒頭にあげた「二月の明かり」のやさしさの中にも息づいていると思うのです。その強さの奥底にあるものが知りたくなります。エッセイを含め、もっともっと読みたくなる詩人です。

 さて、次回は尾形亀之助とのこと。これまた楽しみです。

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「時代を越えて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の4 (吉原幸子リターンズ篇)

 通常は、月1回のポエカフェですが、今回は熱烈なリクエストがあったようで、1/22に開催された吉原幸子篇のリターンズが、早くも2/11に開催されました。本編の吉原幸子篇の時、取り上げる詩人投票で吉原幸子さんに一票を入れた身としては参加しないわけにはいきません。しかも、前回終了後、連れ合いのアンジーに、「よかった、よかった」を連発していたものですから、アンジーもリターンズには何が何でもの意気込みでの参加となりました。

 いつもと違い、土曜日の昼間の開催。神田伯剌西爾さん界隈も日曜の夜とはまったく違った雰囲気です。伯剌西爾さんの店内、いつもとは違うスペースをお借りしての開催です。ちょっと狭いけど、参加者の皆さんの声がよく聞こえ、親密度も増すような感じで、これもまた良しです。膝を付き合わすような狭い会場で開催したこともある初期の頃のポエカフェを思い出したりもしていました。

 さて、今回も吉原さんのご子息・純さんが参加してくださり、参加する身としては、感謝感謝です。

配布された資料、年表は同じですが、詩は六篇が新しくされていました。ポエカフェ初参加の方も含め、恒例の自己紹介から会は始まります。Pippoさん以外13名の自己紹介なのですが、おそらくポエカフェ史上でも、一番時間をとった会の一つとなりました。でも、それが飽きないから不思議な空間です。ここに入ると、何かが引き出されてくるのでしょうか。

 会自体はいつも通りに年譜で生涯を振り返りながら、朗読くじで当たった作品を朗読・感想という形で進みます。年譜の紹介中、純さんが適宜面白いコメントを挟んでくださいます。前回聞いたこともあるはずですが、純さんの幸子さんへの想いが込められたコメントに、時には笑いもありで、引き込まれていきます。こんな機会、90回以上開催されたポエカフェでも、滅多にあることでは、ありません。改めて、これだけでも幸せな時間でした。更に、お持ちいただいた写真や資料がすごすぎます!大きく引き伸ばしてお持ちいただ写真の幸子さんのカッコイイこと!これを見られただけでも参加してよかった!!このあたりのこと、今回も古書ますく堂さんのブログを是非ご覧ください。

 今回の朗読くじで当たったのは、『魚たち・犬たち・少女たち』より、「死ぬ母 ― さらばアフリカ」でした。ご子息の話では、『昼顔』の「街」が転機となっており、これはそれ以後の作品となります。たしかに作風の変化を感じます。「わたしを殺したのなら/わたしをたべてください/いちばんおそろしい猛獣たち にんげんよ」で始まるこの詩。角を取られ、砂の上で朽ちていく母が捕らわれ檻の中にいる息子のことを思う歌という体裁です。諄々と語られる思い。「です・ます」調で綴られる言葉の中、1箇所だけ「それが礼儀だ」と強い言葉が突然現れます。

 この詩を朗読する中で、改めてこの「それが礼儀だ」に込められた怒りとも悲しみ共言える感情が強く迫ってきました。朗読中、この箇所に差し掛かった時、一瞬、ひるみました。どんなに読もうとも、この言葉にかなわないと。

 『幼年連禱』の中の「IX 空襲」も心に残りました。それは「人が死ぬのに/空は あんなに美しくてもよかったのだろうか」と始まり「戦いは/あんなに美しくてもよかったのだろうか」と閉じられます。東京大空襲が背景にあるようです。この最初と最後に挟まれた部分では、「あんな大きな夕焼け」「反射の ぜいたくな 幻燈(スクリーン)」「どこからか さんさんと降りそそぐ 金いろの雨」といった表現があります。

 焼夷弾が降りそそぐ下では、地獄絵図が繰り広げられています。しかし、遠くから見るなら、さまざまな光と色の共演しか見えません。幸子さんは、その「美しい」光景の下で何が起っているかを知っていたはずです。だからこそ、その前後を「美しくてもよかったのだろうか」と挟んでいるのでしょう。「美しくても」の「も」が残ります。この詩に時代を越えた普遍性を感じます。

 この詩だけでなく、生きること、死ぬことに向き合い続けた幸子さんの、それでいて、しんが揺らぐことがないゆえの普遍性を改めて強く感じ、もっともっと、読み継がれていってほしいと思いが残るポエカフェでした。

さあ、次は26日の石垣りん篇です。待ち遠しい!

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「『痛いいのち』を抱いて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の3 (吉原幸子篇)

 今年最初のポエカフェは、1月22日に開催されました。今回は、PippoさんがTwitterで挙げた3人の女性詩人からアンケートで選ばれた吉原幸子篇です。Pippoさんの著書『心に太陽をくちびるに詩を』にも取り上げられた詩人です。本にまとまる前の連載時から気になっていた詩人で、すこしづつ追っかけていたこともあり、吉原幸子に1票入れました。ですので、ワクワク感はいつもより高めだったかもしれません。その上、ご子息の純さんが参加してくださるというのです。期待が高まらないわけがありません。

 少し早めに会場の伯剌西爾さんに着いたところ、一般のお客さんが帰るまでお店の片隅で待つことになりました。すると、そこに「初めてです」という男性がお一人。常連さんも次々集まってくる中、お店の切り替えも終わり、席に着くとその男性はPippoさんの席のそばに。Pippoさんから資料が配られた後、その方が最初に紹介されましたが、何とご子息の純さんでした。知らずに隣の席に座った私ですが、「やった!」とこころの声が聞こえたような。

 伯剌西爾の店長さんが用意してくださったお菓子(とても美味しかったです)を注文しながら、自己紹介の始まりです。まずは、純さんからでしたが、ご子息ならではの思いを込めた自己紹介に、この部分だけでも来てよかったと思えるほどです。

 年表を参考にしながら、吉原幸子の生涯を追っていきます。この辺り、いつものように古書ますく堂さんがブログにうまくまとめてくださっていますので、是非、ご覧ください。その間にもご子息からの情報が入ります。劇団四季では天本英世と同期だったとは!原宿に住んでいらっしゃたころのことを話されるご子息。そのころの原宿の雰囲気を思い出しながら聞いていました。

 生涯の紹介とともに、いつもの通り朗読くじで当たった作品を各自が朗読します。一番くじを引いたのはなんとご子息。作品は処女詩集『幼年連禱』から「無題(ナンセンス)」です。ゆっくりと、間をおきながら、言葉をとても大切に読んでゆかれます。この朗読から受けたものを表現する言葉を持ち合わせていないことが悔しいと切実に思います。ただ「スゴイ!」としか言えません。

 私が当たったのは『幼年連禱』から「I あたらしいいのちに」です。吉原幸子が、ご子息を身ごもっている時に作られた作品です。詩集ではこの後、一連の「Jに」という詩が続きます。もちろん「J」とはご子息のこと。母親としての吉原幸子の詩です。

 しかし、ご本人を前にして、この詩を朗読することになろうとは…。なんとか朗読を終えましたが、詩の力に圧倒されて感想がうまく言葉になりません。「おまえにあげよう/ゆるしておくれ こんなに痛いいのちを」と始まります。「それでも おまへにあげた/いのちの すばらしい痛さを」と続きます。これが第1連。最終連の4連目は「ぎざぎざになればなるほど/おまへは 生きてゐるのだよ」と始まります。吉新幸子自身が、「ぎざぎざ」になりながらも、懸命に生きようとした人なのでしょうか。生まれ来る我が子に、このような言葉をかけられる人の生き様を思います。

 ご子息のお話の中で、わたしにとって興味深かったのは、第3詩集の『オンディーヌ』、第4詩集の『昼顔』を好きな方は、これ以外の詩集を好まないということでした。この2冊、ちょっと異質でどろどろしているとの事。現代詩文庫で読んだだけですが、たしかに異質な感じは受けました。個人的には、この2冊好きなのですが、他が嫌いかというとそうではないのです。ただ、心に響いてくる場所が違う様な気がします。今回の資料にはありませんでしたが『昼顔』の中から「・・・」と「蠟燭」も心に残っている詩です。

 私の読んでいる範囲ですが、いのちと死に向き合い続けた方なのではと思います。それも抽象的なものではなく、自分の肉体を通してという印象を持っています。女性としての自らの肉体を正面から見つめつつ、人としての悲しさと切り結んだ方なのではとも思います。

 2月11日には、リクエストに答えてのリターンズ篇が開かれるという嬉しいニュースがありました。もちろん参加します。もっと、もっと知りたい詩人です。

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