「もっとパンの會を」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の6(パンの會リターンズ!篇)

 「さう云う五月が街に来た。---//珍しくも梅雨が霽れ/重重しい灰色の雲を透して太陽が/ 銀座の角の時計屋の窓の硝子を射とほした。/じいん・かつくう……/硬玉、碧玉、土耳古玉/四つ葉くろおば、忘れな草、/また黄金の馬の蹄の留針はむらむらばつと輝いた。/じいん・かつくう……/折柄赤銅の小屋の屋根にて/鳩は尻尾を高くあげ、一きは高く、/じいん・かつくうと鳴きたれば、/主人は片眼より拡大鏡を外し/(略)」木下杢太郎の「五月の頌歌」の最初から13行目までです。酒場で「青きペパミントの酒を啜る」「われ」の詩です。作者はパンの會の中心人物木下杢太郎です。

 「じいん・かつくう」と云う鳩時計の時を告げる音が耳に残ります。その音が、風景を広げます。「銀座の角の時計屋」は4丁目の有名な時計店でしょうか。12時を告げる鳩の鳴き声と聞いた主人が瞼で挟んでいた拡大鏡を外す風景が鮮やかに浮かび上がります。もっとも、現代の時計屋では見ることのできない風景ですので、私のような昔を知る世代でなければ、この風景はわからないかもしれません。

 並べられた宝石の名前とともに、明治末期のハイカラな雰囲気の風景です。昭和の中ごろまで鳩時計は時計屋にとって欠くことのできない商品でした。扱いが面倒で修理する職人には嫌われていましたが、結構需要はあったようです。杢太郎の詩は、明治末期のハイカラな時計屋の風景を浮かび上がらせてくれます。場所も銀座です。この詩の末尾には「さう云う五月が来るときは/河沿いの酒場に入りて/われ静かに青きペパミントの酒を啜りて、/(略)とあります。

 隅田川をセーヌ川に見立て、パリのカフェでの文人たちの交流に憧れて始められたパンの會の中心人物にふさわしい詩に思えてきます。「じいん・かつくう」の音が時代を越えてパンの會へと誘ってくれるような詩に思えます。

 31日に開かれたポエカフェ「《パンの會》 リターンズ!篇」は、高円寺の「木もれび」さんで開催されました。7/28に開催された《パンの會》 のリターンズです。予約が埋まるのが早く、参加できなかった方や、時間の都合がつかなかった方の熱い要望で開催となりました。初参加の方も含めて12名の参加です。本来は7月に参加できなかった方優先だったのですが、前回参加できなかった連れ合いのあんじと一緒に、ずうずうしく参加しました。

 いつもより30分短い会でしたが、Pippoさんのパンの會への熱い思いの溢れる密度の高い時間となりました。資料も先月とは改定されています。パリの文化への憧れと江戸趣味が混在するパンの會の中心となった北原白秋や木下杢太郎の作品はもちろん、パンの會に先立つ与謝野晶子の作品や上田敏の『海潮音』からもとられています。

 朗読くじでひいた作品の朗読も楽しく、会は進んでいきます。もっとも、交換もできるので、結構好きな詩を読めるのです。私も杢太郎の詩3篇が記載されているものに交換してもらいました。パンの会については今回で3回目ですが、白州や杢太郎はじめ、今回の資料にあげられた詩人、歌人はこれまでもポエカフェで取り上げられています。ですので何回も目にする詩もあるのですが、朗読する方によって、受ける印象が異なるのもポエカフェの面白いところです。ちょっとした読み方の違いで違う世界が広がります。黙読で受ける印象とも異なります。それは朗読の巧拙とは別のところからくる、その時に詩の言葉が朗読する人を通してだけ見せる姿があるからのように思えます。

 私はくじにあった「金粉酒」「街頭初夏」「両国」から「両国」を選んで朗読しました。パンの會のパリへの憧れと江戸趣味の双方が含まれる詩と感じたからです。大川にかかる両国橋あたりの風景を描写しながら、作者がいるのは西洋料理舗(レストラント)の2階です。手には薄玻璃の盃です。そこにあるのは灘の美酒、菊正宗。五月の夕方の河風に作者は何を思っていたのだろうと、風景とともに想像が広がっていきます。

 楽しい時間があっという間に過ぎるのは常のこととはいえ、本当にあっという間でした。會の後にはPippoさんお手製のスパイスカレーも美味しくいただきました。「木もれび」さんのご好意で持ち込みOKとなったと聞きました。「木もれび」さんの美味しい飲み物とお菓子、ありがとうございました。

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「南蛮趣味の中で」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の5(パンの會篇)

 7月28日に開催されたポエカフェ“パンの會”篇からはや3週間も過ぎてしまいました。夏の暑さのに少し活力の落ちていたペンギンですが、8月31日は“パンの會”のリターンズ篇が開催されることになったこともあり、これ以上、寝てはいられません。遅くなりましたが、7/28日の参加記を書いておきます。

 活力が落ちていたとはいえ、パンの會から受ける楽しさ?は大きく、席上で紹介された『不可思議国の探求者・木下杢太郎 観潮楼歌会の仲間たち』(丸井重孝著・短歌研究社)を読んでおりました。私と連れ合いのあんじー(今回は参加できず、とても残念がっていました)にとって、パンの會といえば木下杢太郎なのです。かつて訪れたことのある、伊東の木下杢太郎記念館での杢太郞との出会いを懐かしく思い出します。

 パンの會の中心人物である木下杢太郎はじめ、パンの會の詩人・歌人たちの作品がぎっしり詰まったPippoさん作成の資料を手に、ポエカフェは始まります。2012年に開かれたパンの會篇の時にも参加してくださった、北方人さんが今回も参加してくださいました。パンの會に参加していた木版彫刻師の伊上凡骨やドイツ人フィリップ・ルンプの研究家北方人です。今回はルンプに関するお話とともに、ご自身も執筆なさっている研究書を紹介してくださいました。

 パンの會に参加していた詩人たちはこれまでも数多く取り上げられてきましたが、會自体が取り上げられるのは2回目です。当初、会場は前回と同じレンガ蔵が予定されていましたが、暑さ厳しく、人数も多いこともあり、残念ながら蔵の脇にある母屋にての開催となりました(後で、蔵を見せていただきました)。

 与謝野晶子・鉄幹から始まる資料の中、取り上げられた作品数が多かったのは北原白秋と木下杢太郎です。中心人物の一人、吉井勇ももちろんあります。上田敏の『海潮音』からもボドレエル、ヴェルレエヌ等、8篇と序がとられていました。そして、パンの會の発足を考えるうえで欠かせない『五足の靴』の冒頭も紹介され、Pippoさんからの説明が入ります。

 いつもの通りの朗読くじを引きます。最近、このくじは交換可ということで、次第に「くじ」でなくなっている傾向がありますが、今回は私も最初に引いたものを白秋の『邪宗門』から「邪宗門秘曲』に図々しく、変えてもらいました。

 南蛮趣味溢れるこの詩を一度朗読してみたかったのです。声に出すと、南蛮趣味溢れる言葉のもたらす、リズムや音がますます自分に響いてきます。『五足の靴』のもたらした南蛮趣味に満ち満ちたこの詩の楽しさは、まさに音とリズム、そして言葉のもたらす不思議なイメージにあるのでしょう。キリシタン禁制の高札が撤去されてから、そう遠くないこの時期に、これを読む人々には、どんなイメージが湧き上がったのだろうと、想像するのも楽しいものです。

 パンの會のテーマソングとも言える「空に真赤な」もありました。確か「ラッパ節」にのせて歌われたと記憶しています。(今度のリターンズで誰か歌ってください!)パリのカフェ文化への憧れと江戸趣味が混じり合ったパンの會。木下杢太郎は、後に「食後の唄」の序で「その時の歌には、唯空虚な騒擾の迹と、放逸な饒舌の響とが残ってゐるのみである」と記していますが、若き詩人や画家たちの集まりであったパンの會は、それが若さ故であったとしても、熱いものにあふれていたのだろうと思います。

 ポエカフェで朗読さtれた、その頃の杢太郎の作品を一つ上げておきます。「波羅葦増」です「いかに、いかに、羅馬人よ。/西班爾亜、義太利亜、さては/羅馬は定かに見つれ、/紅毛も愛でたたへたる/阿蘭陀のこの鑞版の/この絵図のいづくにか在る。/汝がいふ波羅葦増の国は。」南蛮趣味溢れる作品です。

 もう一つ、朗読はされなかったのですが、私の好きな作品「金粉酒」の最初の2連を紹介しておきます。「EAU-DE-VIE DE DANTZICK/黄金浮く酒/おお五月、五月、小酒盞/わが酒舗の彩色玻璃/街にふる雨の紫。//をんなよ、酒舗の女、/そなたはもうセルを着たのか、/その薄い藍の縞を?/まっ白な牡丹の花、/触るな、粉が散る、匂いが散るぞ。//…」若い杢太郎が金粉酒ごしに見つめる女の姿が浮かびます。

 31日のリターンズでは、テキストも少し改変されているとの事。今回触れられなかった事柄も取り上げたいとのPippoさんのツイートがありました。楽しみは広がります。

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「まだまだ届きません」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の4(エミリー・ディキンソン リターンズ篇)

 5/25に開催されたポエカフェは、2/24に開催されたエミリー・ディキンソンのリターンズ篇でした。2月の開催では予約の埋まるのがいつもより早く、参加したかったのに出来なかった方もおられたり、参加したくても時間が合わなかったという方もおられたためのリターンズ篇となりました。いつもは日曜日の夜ですが、今回は土曜日の午前11時からの開催です。会場も、いつもの神田伯剌西爾さんではなく、高円寺の喫茶店「木もれび」さんです。住宅街の中にある普通の住宅を改装したようなお店です。前には遊歩道が通っています。なかなかいい雰囲気のお店です。近ければ、常連になりそうです。

 初めての方もおられれば、遠路はるばる来られた方もおられます。この時間だからこそ来られたという方も。リターンズ篇なればこそかもしれません。もちろん、前回来られた方もわたしを含めて何人もいます。連れ合いのあんじーも、わたしの誘いにのって参加です。

 ディキンソンの生涯についての資料と作品の資料がいつもどりに配られますが、作品は入れ替えがります。こんなところもリターンズの楽しいところです。また、前回は翻訳についても話が広がったので、今回は英語の原文もいっしょに配布されました。会はいつもどおりの自己紹介から始まりますが、前回参加された方の中からも、いまいち親しめないけど、今回は親しめるといいなという声も出ています。それでも参加されるのですから、ディキンソンの詩には、人をひきつけるものがあるのかと思います。同時に、たしかに理解しにくい部分の多いし詩人なのだと、あらためて感じます。

 朗読くじもいつも通りです。今回はどんな感想が聞けるのかなと思っていた矢先、Pippoさんから驚きの発言が!ディキンソンの詩はキリスト教のピューリタンの背景が強くあるのですが、その点については、「ペンギンさんから」と言われてしまいました。前回のなりゆきから、もしかしてと思い簡単な資料は持って行きましたが、こりゃ責任重大と引き締まります。

 生涯を追っていく中で、ディキンソンを取り巻くキリスト教的背景について簡単に説明しましたが、少しはお役にたったでしょうか。キリストは神でないと主張するユニテリアンの影響や、信仰復興運動の影響等、ディキンソンの生き方や詩を考える上では、どうしても無視できないと、今回わたし自身もあらためて感じています。

 翻訳でも分かるのですが、使われている用語や表現にキリスト教的なものが多く見受けられるのです。必ずしも肯定的な使われ方ではなく、ひとひねりされて使われている方が多いでしょう。あんじーが朗読した作品番号249にもそれを強く感じます。「あらしの夜よ あらしの夜よ/あなたとともにいることができれば/あらしの夜も/こよない楽しみ!//港にいる心には/風の力もむなしい/羅針盤も捨て/海図も捨てて//エデンの中を漂う!/ああ海よ/今宵こそいかりをおろすことができたなら/あなたのなかに――」原文は “Wild Nigts―Wild Nights! / Were I with thee /  Wild Nights should be / Our luxury! // Futile ― the Winds ― / To a Heart in port ― / Done with the Compass ― Done with the Chart! // Rowing in Eden ― / Ah, the Sea! / Might I but mor ― Tonight ― / In Thee!”

 あんじー曰く、何曲も賛美歌が思い浮かぶとのこと。たしかにそうなのです。わたしもいくつかの賛美歌がよぎります。ディキンソンの年代に歌われていたものはどれかと探したくなりますが、簡単ではなさそうです。しかし、この詩、恋の詩とも読めるような気がするのですが、いかがでしょうか。ディキンソンは一筋縄では捕まえられそうにありません。

 それにしても、原文を見ると、翻訳が難しいことが想像されます。翻訳者によって、かなりイメージが異なるものがあるのも、そういうところから来ているのでしょう。もっと英語力があればとも思います。ディキンソンの世界により深く入っていけるのにと思うのです。どうやらディキンソンに捕まえられたようです。

 会の最後に全体の感想を言う時間がありましたが、2回目でディキンソンが近くなったように思うという声がありました。背景の説明が少しは役に立ったでしょうか。それでも時代をこえて読まれ続けているディキンソンの魅力の不思議には、まだまだ届きそうにありません。

 

 

 

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「私がわたしでない」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の3(石原吉郎篇)

石原吉郎。1915年静岡県土肥町に生まれた詩人である。その前半生はあまりにも過酷であった。終戦時ハルピンの関東軍の特殊通信情報隊に徴用されていたが、シベリアへ抑留される。以後、強制収容所を転々。1953年特赦により帰還する。

 

 この抑留期間中のあまりにも凄まじい日々は、1972年に刊行された「望郷と海」に詳しい。最初の詩集が世に出たのは、1963年43歳の時となる。詩を発表し始めたのは1954年39歳の時。文芸投稿誌「文章倶楽部」い投稿した「夜の招待」が特選(選者は鮎川信夫、谷川俊太郎)となり、注目を浴びたという。

 

 石原吉郎の名前は、シベリア抑留から帰国した詩人として知ってはいたが、数年前「望郷と海」を手にした時から、しっかりと向き合うべき詩人として心に残った。実はまだ、「望郷と海」を読みきれていない。あまりにも重い内容は、読む方にもそれだけの体力を求めてくる。

 

 いつだったかポエカフェで取り上げて欲しい詩人のアンケートで石原吉郎をあげた記憶がある。いつ取り上げられるのだろうと、期待と不安が入り混じっていた。それが4/28のポエカフェで取り上げられることになった。石原吉郎全詩集を図書館から借りては読み切れずに何回も借りている。自分にとって、このような詩人が取り上げられる機会はそう多くはない。いつにも増して期待を持っての参加となった。

 

 会場はおなじみの神田伯剌西爾さん。参加者は14名。懐かしい方とも出会える喜びもありながら、いつも通りの開始です。第1詩集の「サンチョパンサの帰郷」から1977年の晩年の作品まで43篇が6枚の用紙をびっしりと埋めている。生涯の年表は珍しいことに2枚に渡っている。Pippoさんの力の入り具合の反映だろうか。

 

 会はいつものように自己紹介から始まっていく。朗読くじももちろんある。一つのくじに、何篇かが書かれているので、読む方がその中の1篇を選んで読むこととなる。この形式の時は、何が選ばれるかにも興味がひかれる。ちなみに、今回読まれた詩を題名だけ上げておこう。『位置』『サンチョ・パンサの帰郷』『自転車にのるクラリモンド』『葬式列車』『花であること』『木のあいさつ』『河』『国境』『礼節』『ふいに』『風・2』『満月をしも』『涙』『私がさびしいのは』の14篇。

 

 いつものように朗読の後の感想を語って行くのだが、いつもより時間の経過が早く感じられるほど、みなさんの意見が積極的に交わされて言った。時間が不足で生涯に関するPippoさんの説明の後半はかなりの駆け足となった。

 

 どれもが印象深い作品である。その中でもいくつか印象に残る部分を挙げておく。『位置』の第3連「無防備の空がついに撓み/正午の弓となる位置で/君は呼吸し/挨拶せよ」、『葬式列車』の冒頭「なんという駅を出発して来たのか/もう誰も覚えていない/ただ いつも右側は真昼で/左側は真夜中のふしぎな国を/汽車ははしりつづけている」、『花であること』の冒頭「花であることでしか/拮抗できない外部というものが/なければならぬ」、『礼節』の最初の1行「いまは死者がとむらうときだ」等、キリがなくなるのでここまでにする。

 

 私が朗読したのは『自転車にのるクラリモンド』。石原の作品の中では軽やかなリズムを感じさせる作品と言えるかもしれない。「クラリモンド」という名前が繰り返されていく。一種の明るさをも感じさせるかもしれない。しかし、どうしても気になる言葉が心に引っかかる。「そうして目をつぶった/ものがたりがはじまった」という言葉だ、3連目はこれだけ、5連目がこの言葉で始まる。目をつぶったところにしかものがたりが始まらない世界とはどういうことか。現実の世界とものがたりの関係はどうなのだろう。様々なことが頭をよぎる。

 

 最後に読まれた『私がさびしいのは』には、連れ合いのあんじー共々心に刺さって来た。9行の短い詩だが、最後の3行「つまり私が私でないから/ある日とつぜんに/私はさびしいのだ」があまりにも悲しい。抑留のあまりにも過酷な、余人には決して想像できない状況を生きて来た石原吉郎の最後の叫びに聞こえて仕方がない。

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「桜の陰に」ポエトリーカフェ参加の記 第 9期の2(桜と春篇)

 ポエカフェ第9期の2回目は「桜と春」篇でした。30日に開催された定例会からでも3週間異常過ぎてしまいました。大変遅くなりましたが、参加記を残しておきます。「定例会」からでもと書きましたが、同じテーマでその1週前23日には小金井市の「市民がつくる自主講座」でも同じテーマで開催されました。小金井市在住のSさんがPippoさんのポエカフェを小金井でもと招いてくださっての開催でした。こちらは小金井市民が優先の講座ですが、空きがあれば、それ以外でもOKと聞き、歩いていけるところに住んでいる者としては、是非参加しいと連絡したところ、快くOKのご返事をいただき、わくわくしながら連れ合いのあんじーと一緒に参加してきました。ですので、同じテーマの会に2回参加することとなりました。同じ詩人をもう一回というリターンズ以外では初めての経験です。同じテーマといっても、資料は23日と30日では微妙に変更がありました。それにしても人数は23日は50名(うち海外10名)、30日は51名(うち海外10名)と大人数です。一つのテーマで、これだけの資料を作り上げられるPippoさんの力量に改めて敬服です。

 23日のことをまず簡単に触れておきましょう。新潮講座に参加されていた方もおられましたが、定例のポエカフェとは違い、ほとんどの方が初対面の場です。(定例会の参加者は私を含めて3名。)Pippoさんもちょっと緊張気味?だったでしょうか。それでも、自己紹介をしていく中で、次第に場が和んでいきます。会は朗読くじをひいて、朗読するいつものスタイルです。平均年齢は定例よりも高かったと思いますが、みなさん積極的です。

 朗読した詩への感想も最初のうちは少しづつですが、次第に参加者同士のやりとりも増えていきます。好評のうちに、会は終了。その後、主催者のSさんとお話しする機会もありましたが、Sさんの気持ちが伝わってきました。ありがとうございました。これからも、このような形で場が広がっていけたらと思いながらの帰路につきました。

 30日の定例会は、暫くぶりに王子の古書カフェ・くしゃまんべさんでの開催です。いつもより少し早く土曜日の6時から開催ですが、希望者にはポエカフェ後に食事が出ます。(全員残ったようでした)この食事、健康的で美味しい素晴らしいものでした。これを食べられただけでも参加したかいが有るといえるほどでした。

 さて本編ですが、初参加の方も含め、いつも通りの進行です。今回は詩人の生涯の紹介がない分、次々と朗読が進んでいきます。「桜と春」のテーマはありますが、取り上げられている詩あかなり異なる趣を持つものが集められています。くじも1篇だけでなく、複数の詩が記載されていますので、選ぶ方も迷います。

 資料の中から私の印象に残っているものを少しだけ紹介します。資料の掲載順です。高橋元吉「おれは桜を見ない」これは23日、30日両方の会で朗読されました。美しく咲く桜そして、桜を巡る人々に対する元吉の思いが鮮烈に描かれています。朗読はされませんでしたが八木重吉の「豚」は、重吉だいすきの私にとっては外せません。(23日は可能性があったのですが)。丸山薫「病める庭園」。ヨシキリの声を「オトウサンヲキリコロセ/オカアサンヲキリコロセ/ミンナキリコロセ」と聞く作者の心へと思いを向けざるを得ません。菅原克己「花市」。友の死を思いながら妻に花市の美しさを告げる作者。悲しみが込み上げてきます。山崎るり子「春一番」静と動の対比の中に浮かび上がる風景が印象的です。

 最後に自分で朗読した詩をあげておきます。23日はプレヴェールの「カタツムリさん葬式へ行く」(大岡信訳)です。Pippoさんの素晴らしい朗読を知っている身としては、辛いのですが、好きなので選んでしまいました。30日は石垣りん「落花」です。もしかしたらテーマから受ける印象からは一番遠い詩かもしれません。3連目の「さくら、さくら/散るのが美しいとほめ讃えた国に/おちるがいい/花びら/いのち/死の灰」が重く残ります。1954年の作であると聞きます。作者の直面している社会が浮かび上がってきます。

 どうも「桜と春」というテーマから連想される明るい詩ではないものが、多く心に残ったようです。桜の美しさ、春という季節が与える希望は確かにあります。しかし、美しさの陰にある悲しさへと目が行くのはどうしてでしょうか。2回分の資料を目の前にしながら、そんなことを考えています。詩を読む楽しさには、そのようなことも含まれているのでしょう。そして次回28日は石原吉郎篇です。考えることが多くなりそうです。

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