素晴らしき推しトーク(ポエカフェ番外篇「2023年、この一冊、この一篇」)参加記

 2024年も早半月以上経ってしまいました。遅くなりましたが、昨年12月29日に開催されたポエカフェ番外編「2023年、この一冊、この一篇」(ZOOM)の記録を少しだけ書いておきます。

 いつもの詩の会ではなく2022年に続いての「この一冊」篇です。Pippoさん含めて15名が、それぞれに2023年に読んだ「この一冊」を紹介していく会です。複数冊紹介された方もいますので、全部で21冊について、それぞれが推していきます。2023年に刊行されたものがだけが対象ではないので以前に刊行されたものも読んだ方が「これは」と思われたものが含まれています。

 昨年の会の時にも感じたのですが、読んだ方から直接に推しの声を聞けるのは、とても魅力的な経験だということです。読みたい本を見つけるのに、書評やSNSでの発信も参考になりますし、私もそれらを利用していますが、生の声(Zoomですが)で聞けるのは、また一味違うものがあるようです。(どんな本が紹介されたかは、主催のPippoさんが旧ツイッターで紹介されていたのでここでは割愛します。)

 みなさんの推しトークを聞きながら、これは私も読みたいなと思ったものに印をつけていきました。もちろん、全ての推しトークが興味深いのですが、その中で特にということです。二重丸、丸、三角と気になった程度によってチェックしていきました。チェックのついた数は全部で11冊です。紹介された本の中には、私にとって既読のものもありますので、半分以上に印がつきました。

 今年の読書計画の中に組み込んでいきたい本ばかりです。紹介された分野もかなり広いので、自分では目につかなかった本もあります。自分の視野を広げてくれる良い機会です。じつは、昨年に読んだ本も、前回2022年のリストをきっかけにしていたことに、振り返ってみて、改めて確認した詩題です。

 それにしても一年間に読んだ本から一冊を選ぶというのは、けっこう大変な、でも、とても楽しい作業でした。自分の読書傾向を確認する作業ともなりました。時々、こんな機会があるといいなと思います。推したい点を他人に伝えるとなると、整理も必要です。推したいほんについて改めてその内容を味わうことにもなりました。

 私が紹介したのは、今年、翻訳が刊行された『開かれたかご マーシャル諸島の浜辺から』(キャシー・ジェトニル・キジナー著 一谷智子訳 みすず書房)です。そのなかから、「ねぇ、マタフェレ・ペイナム」を少し長かったのですが、朗読しました。2014年9月23日、ニューヨークの国連本部で開催された国連気候変動サミットの開会式で26才のキジナーが朗読した詩です。ここに込められたメッセージに打たれました。そして、マーシャル諸島がおかれてきた歴史を改めて確認させられました。詩の力を信じて発信するキジナーに打たれたと言ってもよいでしょう。

 最後まで迷った本を挙げておきます。『「毒虫」詩論序説 声と声なき声のはざまで』(河津聖恵 ふらんす堂 2020)、『詩集 いのちの芽』(大江満雄編 国立ハンセン病資料館 2023 企画展に伴う復刊)、『夕焼け売り』(齋藤貢 思潮社 2018)の三冊です。いづれもメッセージ性の強いものとなっています。今を生きる上で大切なものとして受け止めたものです。

 今年の読書計画に今回のリストが大いに役立ちそうです。みなさんの推しトークに大感謝です。

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広がりの中で(ポエカフェ参加記 新美南吉:童話篇)

 Zoom開催ポエカフェが4ヶ月ぶりに6月24日に開催されました。今回は〈番外編・新美南吉:童話 テーマ〈けんか〉篇〉です。新美南吉の童話に絞った回です一般には、童話作家としての方が有名かもしれません。Pippoさんの著書『人間に生れてしまったけれど  新美南吉の詩を歩く』(かもがわ出版)にもいくつか収録されていた童話に絞った回です。詩以外に焦点を絞った回はポエカフェでも珍しいですが、Pippoさんの新美南吉への想いからということでしょう。

 参加者の方々とともに、基本、いつも通りの進行で会は進んでいきます。ただ、童話を取り上げたことで、参加者による朗読に時間をさきたいということで、南吉の生涯については少し手短にということとなりました。前もっていただいた資料には9篇の童話が取り上げられていました。Zoom開催になってからの恒例で、前もって希望のある方は、朗読希望の作品をPippoさんにお知らせするのですが、けっこう悩みます。詩の場合には最初の印象を大切にして決めることが多いのですが、それでも悩みます。今回は散文の作品です。ちょっと勝手が違います。何か自分なりの基準があるかなと考えました。それについては、朗読作品の感想とともに記します。

 今回、資料の中から朗読されたのは「ながれぼし」「せんせいの こ」「ぬすびとのこひつじ」「お母さん達」「二ひきの蛙」「はな」の6作品。「ながれぼし」以外は2名の方に分割しての朗読となりました。詩の朗読とはまた違った感覚を感じながら聴いていました。常連の方の朗読も、いつもの感覚とどこか違うように聞こえるます。新美南吉の童話は詩と通じるものをもっていると感じているのですが、それでも散文と詩の違いはあるのですね。

 朗読された作品の中、「お母さん達」は私が第二希望としてあげていたものでした。(自分が希望の中に含めた作品が読まれるのは嬉しいものです。)卵を温めている小鳥、お腹の大きい牝牛。蛙に促されて蛙から子守唄を習い練習を続ける小鳥と牝牛。その子守唄は蛙のもの。蛙の子守唄を夕方まで習い続けたというところでお話は閉じられます。不思議なお話とも言えるでしょう。小鳥と牝牛が蛙の子守唄を習うとは!それも一生懸命にです。このお話の最後は、嬢軽描写です。それ以上、作者は出てきません。

 私が朗読したのは「ながれぼし」でした。第一希望でした。第一希望が通ったことの嬉しさと、資料の最初にあった作品ですので、朗読するとなると最初です。少しだけ緊張します。前もって何を朗読できるのか知らせてもらえるので、どんなふうに朗読しようか、考える時間もあります。そんな中で感じたことをメモしていきます。それをもとに朗読した後の感想として会の中で少しだけお話しします。

 「ながれぼし」も「その、よも、たんぼでは ごいさぎが ないて いました。」と情景描写で終わっています。じつは今回の朗読希望作品を選ぶときに、作者の結論めいた記述が作品の最後にないものを選ぼうと思いました。聞き手の解釈の広がりの余地ができるだけあるものが良いなと思ったのです。新美南吉の作品の中にも、結論めいたものがある作品もあります。今回の資料の中にもありましたので、それは希望作品からはずしました。それがあるからといって作品の価値に変わりはないかもしれません。あくまでも私の好みです。

 そして、朗読の練習をしながら書き留めたメモかと感想を話す中で気がついたことからいくつか記しておきます。登場するのは、三つの「こどもの ほし」です。真ん中にいた「ほし」がいじめられます。そのほしは、突然すべっていって、いなくなります。お話は、残された二つのほしの思いを中心に進んでいきます。いなくなったほしを心配し探し続ける二つのほし。いじめとの関係が気になりますが、いじめられた星がいなくなった理由は明かされません。その中の記述でそのほしが、ながれぼしだったことが明かされます。いなくなったきっかけは、ごいさぎの「きょお」という鳴き声です。記されているのはそれだけす。先に記したように、このごいさぎについての記述で作品は閉じられます。

 様々な感想が出てきそうな作品ではないでしょうか。ごいさぎに南吉は何を託したのでしょうか。二つのほしの思いは?南吉はこの二つのほしにも評価のことばを残していません。いじめについてのことを含め、いろいろな読み方ができそうな作品です。南吉が託したもの、現代の私たちの読み方、いろいろと広がりが出るのではないでしょうか。

 長くなりました。ここいらへんで閉じます。最後に気がついたことを一つだけ、散文の作品が対象になるとき、詩に比べて、私の読み方は、より理詰めになっていきそうです。これも詩と散文の違いがもたらすものなのでしょうか。

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蛙を離れられないで(ポエカフェ参加記 草野心平篇)

 久しぶりのポエカフェ定期篇が2月25日に開催されました。課題詩人は草野心平です。単独で取り上げられるのは2011年11月26日以来です。とは言っても、テーマ篇の時等に、必ずといって良いほどに顔をだしていた草野心平です。Pippoさんも大好きな詩人とのことですから、当然でしょう。そして草野心平といえば「蛙」です。今回の資料にも蛙に関する詩が多く記載されていました。資料は第一詩集の『第百階級』の高村光太郎による序文(抄)と草野心平による「扉文」に始まり心平さんの作品38篇が続きます。さらに草野心平が敬愛・影響を受けた詩人の作品3篇が加えられていました。

 今回も参加者はあらかじめ送られてきた資料から朗読希望を第三希望まで3作品申し出ます。この形式もZoomによる開催になってすっかり定着しました。選ぶ中で、詩人へのイメージが膨らんできます。みなさんが何を選ぶのかにも興味がわきます。自分の第一希望が通るか、Pippoさんからのお知らせがくるまでの楽しみです。そして、これが来たらどう読もうかということを考えるのも私にとっては大きな楽しみとなっています。

 さて、今回の参加者は14名でした。みなさんが朗読された作品を記しておきましょう。「『第百階級』序文(抄)」「秋の夜の会話」「ヤマカガシの腹の中から仲間に告げるゲリげの言葉」「えぼ(抄)」「聾のるりる(抄)」「るるる葬送」「ごびらっふの独白」「さくら散る」「五月」「わだばゴッホになる」「一枚の或ひは一千の葉っぱ」「魚だって人間なんだ」「婆さん蛙ミミミの挨拶」「生の夕暮れが迫ったとき」です。このうち8作品が「蛙」のもので、それに「『第百階級』序文(抄)」も加えると9作品。蛙の人気が絶大です。資料の中に蛙の詩が多かったとはいえ、蛙以外の詩も素晴らしいのですから、草野心平の蛙には読む者を惹きつけるものがあるのでしょう。(ちなみに私が朗読希望にあげたのも全て蛙の詩でした。) 朗読後の皆さんの感想を楽しく聞きながら会は進んでいきます。いつも以上にみなさんの感想が広がっていたと感じたのは私だけでしょうか。草野心平に蛙に引っ張られた結果かもしれません。

 私は「ごびらっふの独白」を朗読しましたが、その準備の中で感じたことを少しだけ記します。

 この詩は蛙の詩の中で唯一、蛙語と日本語の対訳詩となっています。当然、蛙語の朗読にもチャレンジすることになります。以前、この詩を読んだ時から、この蛙語がけっこう綿密に作られているのではと感じていました。そこで、無謀にも蛙語の解読にチャレンジしました。既にこの詩に関していくつかの語に関して日本語との対応が指摘されています。それも参考にしながらの作業ですが、短い時間の中、かなりの確率で日本語との対応が取れたのでは自負しています。こんなことをしたのも、蛙語の詩を蛙語の詩として朗読したいと思った故です。朗読に活かされたか気になるところです。

 この詩は、最初1948年に刊行された日本沙漠に収録されています。『第百階級』の蛙とは異なるイメージがあると思います。初期の蛙は死に直面して、いや死の中でも語ります。その一方、ごびらっふは生きている中で語ります。独白という形で蛙という自分たちの種族を語っています。しかし、本質は変わらないように感じるのです。初期の作品の蛙に感じたアナーキーなものが、ごびらっふの言葉の底に込められていると言うのは考え過ぎでしょうか。そこに描かれた蛙の姿こそがアナーキーな世界を成立させうる資質ではないのかと考えています。いや、アナーキーさえ超えたものに通じるのではないのかと。

 草野心平と蛙の関係はどのようなものだったのかが気になっています。高村光太郎の『第百階級』指摘の如くであっても、それは点ではなく、幅を持っているのだろうと感じます。その幅の中で、草野心平は、蛙に語らせ、蛙となって語るのであろうと。ごびらっふの独白は草野心平にとって,このような表現こそ、詩人のうちにある重層性にふさわしいのではとも感じています。日本語との対訳という形式は、両者の間に自分を置くことにもなるのではないでしょうか。翻訳という形はどちらかに成り切るのでもなく、といって距離を置いて眺めるのでなく、両者をつなぐ位置に自分を置くことになるでしょう。

 この詩に関して言えば、心平さんにとってごびらっふの声は人間の声に等しく聞こえているのではと受け止めています。蛙語を理解する人間として朗読するのが相応しいと思ってチャレンジでした。

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全詩業(ポエカフェ参加記 杉山平一篇〈とパステルナーク少しだけ〉)

 久しぶりのポエカフェ参加記です。前回のパステルナーク篇もとても書きたかったのですが、時期を失して今回の杉山平一篇になってしまいました。このまま前回分を書かずに過ぎるのも悔しいので、朗読した詩のについてのメモを今回分の末尾に時期を失した理由も含めて付け足しておきます。

 さて、今回の杉山平一篇は11月26日の午後3時からZoomを使用したオンラインの回として開かれました。参加者は16名。初めての方がいらっしゃるのも嬉しいところです。杉山平一篇は10年まえに開催されて以来です。同じ詩人を複数回取り上げてくださると、その時期によって同じ詩からくる感想に違いが出ます。参加者の方々の発言によるところに加えて、自分の変化もあるのでしょう。詩を読むことで自分を見ることができるというのも、ポエカフェの楽しみです。

 資料には、50篇の作品が掲載されていました(ほかに参考作品が1篇)。その中から参加された方々が朗読した詩を以下に記します。「鉄道」「目をつぶって」「失敗」「純粋」「顔」「単純について--父に」「皺」「記憶」「いま」「町」「ポケット」「出ておいで」「わかってます」「わからない」の14篇でした。この中で第一詩集『夜学生』から選ばれたのは「鉄道」だけでした。『夜学生』を出してから、次の詩集『声を限りに』がでたのが25年ぶりになるのです。その間、父親を支えて実業の世界で苦闘していた杉山さん。時代の変化と共に、詩の世界も変化していったことを反映しての選択になったのでしょうか。

 ポエカフェでは、朗読希望を第3候補まであらかじめ出しておきます。最初『夜学生』の中からも考えていたのですが、選んだのはすべて1987年の『木の間がくれ』以降になりました。最終的に朗読希望の第一候補としたのは『木の間がくれ』から「皺」でした。幸い希望が通り、これを朗読しました。空白行も含めてたった6行の詩です。今回の資料の中ではもっとも短い詩です。朗読に先立って準備しながらのメモをここに貼り付けておきます。

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どう読むか?
そこに見える風景は?
日常の風景から詩の世界へと繋がる杉山さんの詩

一つの仮定
鶴を折った紙
飛行機を折った紙
それらをほどいた紙
それを目の前にして
自らの手を見る
その時、老いの皺に目がいく
それをじっと見つめる詩人

飛べない鶴
投げられて飛ぶ紙飛行機
自分はどうとんだのか

漢字の「飛んだ」ではなく、ひらがなの「とんだ」に何を込めたのか?
詩人はどこを「とんだ」のだろうか?

読む人に委ねられた「とんだ」

静かな朗読こそふさわしいのでは?
一行一行、確かめるように

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 当日の感想もこれをもとに話しました。ゆっくりと噛みしめるように朗読したつもりです。

 前回取り上げられた時のブログに、参加されたSさんの指摘として杉山平一の詩が「構図的」と記しています。その影響を受けての感じ方かもしれませんが、短い詩ながら、一つの映像が浮かび上がってくるようでした。日常的な題材を取り上げ、平易な言葉で綴られる杉山平一の詩の世界。言葉は平易でもそこにしっかりとした映像が出てくるような気がします。

 ところで、予習の中で図書館に「杉山平一全詩集」の上下がありました。「全詩集」という題ですが、下巻はほとんど『わが敗走』など散文形式です。あとがきに「篠田一士さんは……晩年、そろそろ、全詩業をまとめては如何ですかと便りを下さった。詩集ではなく『詩業』と言われたのが強く印象に残っている」とある。それに後押しされての全詩集とのことです。そこには自らの生涯を振り返っているものが含まれている。詩人としての活動ができなかった期間も含めて、そこに詩人としての想いが込められているのではないだろうかと感じています。これが私の全てですといって差し出されているように感じます。

 最後になりますが、『夜学生』を読む中で気になったことが一つ。それは「戦争の後の隅に」という詩に描かれた世界です。時代性を感じます。朗読希望に含めるか迷った詩です。真面目な一社会人としての歩みを続けた杉山さんだからこそ、ここから感じることを考えていくのが大切なように思えたことを付け加えておきます。

 ここから前回のパステルナーク篇についての付録です。

 実は会の終了後すぐにでも書きたかったのですが、更に読み込んでからと思ってしまいました。ことに「ドクトル・ジバゴ」を読んでからと思ったのですが、読み始めて間も無くただならぬ作品と感じ、じっくり取り組みたくなってしまい、るうちに時間がたってしまいました。ここに当日朗読した「(わたしはモスクワの家に帰りたい)」についてのメモの一部を貼り付けておきます。

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パステルナークにとっての「モスクワの家」とは?
帰っていくことのできない「家」か?

物理的にではなく、精神的な家か?
それが「イメージがイメージの中へ入るように」という表現へと繋がるのか?

パステルナークとモスクワの家の強い結びつき
「座りきりの人生」と呼ぶしかない人生であっても
帰ることが単なる郷愁で終わらない事実が突きつけられる
暗闇、賄賂などの言葉が示す、決して良いことばかりではない過去のモスクワ
繰り返される「ふたたび」。
「ふたたび」とあるように過去だけでなく、今から未来へと時間軸は広がる。
風景の重層性。
比喩と直接的表現のバランスの中で紡がれる詩
「暗闇」と「熱狂」の結びつき。

ロシア語を理解できるなら、その音で聞いてみたい。
しかし、音を超えて世界が伝わってくるように感じると言っていいのか?(どの詩もだが)

「わたしはモスクワを馬の繋駕具(けいがぐ)のように/受け入れよう」の持つ重さ。
マヤコフスキーの死も含めて、あまりにも重く暗い未来であっても、
モスクワの家が象徴するロシアの大地に生きようとするパステルナークという見方も可能なのか?

「その未来の大胆さに免じて」に希望を託すパステルナーク。
この行が原文でも最後なのかが気にかかる。
原文で、最後の5行が、どのような印象をあたえるのか。

個人の思いからスタートし、それを越えた大きな世界へと広がりのある詩。

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付録を含めて長くなりました。ここまでとします。

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今だからこそ(ポエカフェ参加記 マヤコフスキー篇)

 5/21にZoomを使用して開催されたポエカフェはロシアの詩人マヤコフスキーが取り上げられました。今だからこそロシアと名のつくものを排撃しようとする一部の風潮に抗するものとなるものと受け取りました。小熊秀雄の詩によって名前だけは知っていましたが、未知の詩人と言っていい存在でした。いつも通り16名の参加者が自己紹介の後、年譜に沿ってPippoさんがマヤコフスキーの生涯を追っていく中、参加した各人が詩を朗読し感想等を述べるいつものスタイルで進められます。

 いつもと違うのは、「難解」という声が繰返し聞かれたことです。あらかじめ送られたきた資料から朗読を希望する詩を選べるのですが、Pippoさんに一任したという方々もちらほら。ポエカフェで取り上げられてきた詩人たちの詩とは明らかに作風の異なる詩です。会の前から「詩がわからない」という声が寄せられたそうで、通常送られてくる資料に加えて、会も間近になってから、ロシア史とマヤコフスキーの歩みが同時に追える資料が追加されてきました。

 ロシア革命の時代に生き、死んだマヤコフスキー、その生涯と詩を理解するのに、その時代背景は不可欠のものでしょう。未来派の詩人として出発し、革命の中、そこに理想を見出して歩んだマヤコフスキー。しかし、彼の描く理想と実際のソ連の体制が離れていく中、死なざるをえなかったマヤコフスキー。その生涯と詩を見ていく中で、考えるべきことはたくさんあることは間違い無いでしょう。久しく自殺したと言われていたマヤコフスキー、最近は他殺説も出ています。日本でもマヤコフスキーの詩を訳してこられた小笠原豊樹さんも、著書「マヤコフスキー事件」の中で、他殺説をとるに至っておられるようです。

 さて、資料にはマヤコフスキーの詩が23項目、それに加えて《日本における受容とその影響》として小熊秀雄の詩が7篇取り上げられていました。朗読された詩をあげておきます。(リストにしましたが、読まれたのは15)

 まずはマヤコフスキー本人(マヤコフスキーの長編の詩は、その中からの抜粋です)。

・「朝」

・『ズボンをはいた雲』から「きみらの思想を」で始まる部分

・「法廷へ!」

・『ぼくは愛する』から「青年の頃」

・『ぼくは愛する』から「ぼくもそんなふうに」

・『ヴラジーミル・イリイッチ・レーニン』から「ロシア共産党に捧げる」と「第1部の冒頭」「第2部の冒頭」

・「別れ」

・『子供のための詩』から「海と灯台についての私の小さな本」

・「青春の秘密」

・遺構『声を限りに』から「長詩の第一導入部」

・遺構『声を限りに』から「長詩の第二導入部」

以下は小熊秀雄

・「マヤコオフスキーの舌にかわって」

・「しゃべり捲れ」

・「まもなく霜が来る」

・「大人とは何だろう」

 参加された皆さん、難解と仰りながらも、それぞれに語られる内容に考えさせられること多くありました。みなさんの詩への真摯さと詩の力が相まっての時間でした。

 私が朗読したのは「ヴラジーミル・イリイッチ・レーニン」からとられた三つの部分。それぞれの部分だけでも長いのですが、読んでみて、朗読希望にあげたかいがあったと思いました。詩の形をしたアジテーションと言って良いでしょう。マヤコフスキーはこの詩の第3部をスターリンがいるレーニン追悼集会で読んだということです。レーニン賛美のようでありながら、決して個人崇拝にならないよう求めるマヤコフスキーがいます。帝政ロシアでの皇帝による圧政、独裁。それに対する革命。解放を願っていたマヤコフスキー。革命の中、理想の世界のために詩の言葉の力を信じていたマヤコフスキーの姿をそこに見ました。同時に、スターリンの独裁が強化される中で、自分の理想と現実が離れていくことへの抵抗のアジテーションでもあったように思います。

 小笠原豊樹さんが指摘するように、この追悼集会での朗読がマヤコフスキーのその後を決めたのかもしれません。ロシアについて簡単な意見をいうことはできません。しかし、皇帝の独裁からいっきに革命へと突き進んだロシア。そこで人々は何を願っていたか。何を失ったのか権力の側からではなく、そこに生きていた人々の声を聞きたいと思わせる詩でした。

 次回はパステルナークが取り上げられます。あっという間に定員に達してしまいました。(しかし、キャンセル待ちが多ければ(5人以上)プチリターンズ篇の開催も検討してくださるとのこと。)次回はどのような景色が見えてくるのでしょうか。今から楽しみですし、開催まで余裕があるので、少しでも予習ができればと思っています(本来、予習なしでOKの会ですが…)

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