「『痛いいのち』を抱いて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の3 (吉原幸子篇)

 今年最初のポエカフェは、1月22日に開催されました。今回は、PippoさんがTwitterで挙げた3人の女性詩人からアンケートで選ばれた吉原幸子篇です。Pippoさんの著書『心に太陽をくちびるに詩を』にも取り上げられた詩人です。本にまとまる前の連載時から気になっていた詩人で、すこしづつ追っかけていたこともあり、吉原幸子に1票入れました。ですので、ワクワク感はいつもより高めだったかもしれません。その上、ご子息の純さんが参加してくださるというのです。期待が高まらないわけがありません。

 少し早めに会場の伯剌西爾さんに着いたところ、一般のお客さんが帰るまでお店の片隅で待つことになりました。すると、そこに「初めてです」という男性がお一人。常連さんも次々集まってくる中、お店の切り替えも終わり、席に着くとその男性はPippoさんの席のそばに。Pippoさんから資料が配られた後、その方が最初に紹介されましたが、何とご子息の純さんでした。知らずに隣の席に座った私ですが、「やった!」とこころの声が聞こえたような。

 伯剌西爾の店長さんが用意してくださったお菓子(とても美味しかったです)を注文しながら、自己紹介の始まりです。まずは、純さんからでしたが、ご子息ならではの思いを込めた自己紹介に、この部分だけでも来てよかったと思えるほどです。

 年表を参考にしながら、吉原幸子の生涯を追っていきます。この辺り、いつものように古書ますく堂さんがブログにうまくまとめてくださっていますので、是非、ご覧ください。その間にもご子息からの情報が入ります。劇団四季では天本英世と同期だったとは!原宿に住んでいらっしゃたころのことを話されるご子息。そのころの原宿の雰囲気を思い出しながら聞いていました。

 生涯の紹介とともに、いつもの通り朗読くじで当たった作品を各自が朗読します。一番くじを引いたのはなんとご子息。作品は処女詩集『幼年連禱』から「無題(ナンセンス)」です。ゆっくりと、間をおきながら、言葉をとても大切に読んでゆかれます。この朗読から受けたものを表現する言葉を持ち合わせていないことが悔しいと切実に思います。ただ「スゴイ!」としか言えません。

 私が当たったのは『幼年連禱』から「I あたらしいいのちに」です。吉原幸子が、ご子息を身ごもっている時に作られた作品です。詩集ではこの後、一連の「Jに」という詩が続きます。もちろん「J」とはご子息のこと。母親としての吉原幸子の詩です。

 しかし、ご本人を前にして、この詩を朗読することになろうとは…。なんとか朗読を終えましたが、詩の力に圧倒されて感想がうまく言葉になりません。「おまえにあげよう/ゆるしておくれ こんなに痛いいのちを」と始まります。「それでも おまへにあげた/いのちの すばらしい痛さを」と続きます。これが第1連。最終連の4連目は「ぎざぎざになればなるほど/おまへは 生きてゐるのだよ」と始まります。吉新幸子自身が、「ぎざぎざ」になりながらも、懸命に生きようとした人なのでしょうか。生まれ来る我が子に、このような言葉をかけられる人の生き様を思います。

 ご子息のお話の中で、わたしにとって興味深かったのは、第3詩集の『オンディーヌ』、第4詩集の『昼顔』を好きな方は、これ以外の詩集を好まないということでした。この2冊、ちょっと異質でどろどろしているとの事。現代詩文庫で読んだだけですが、たしかに異質な感じは受けました。個人的には、この2冊好きなのですが、他が嫌いかというとそうではないのです。ただ、心に響いてくる場所が違う様な気がします。今回の資料にはありませんでしたが『昼顔』の中から「・・・」と「蠟燭」も心に残っている詩です。

 私の読んでいる範囲ですが、いのちと死に向き合い続けた方なのではと思います。それも抽象的なものではなく、自分の肉体を通してという印象を持っています。女性としての自らの肉体を正面から見つめつつ、人としての悲しさと切り結んだ方なのではとも思います。

 2月11日には、リクエストに答えてのリターンズ篇が開かれるという嬉しいニュースがありました。もちろん参加します。もっと、もっと知りたい詩人です。

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「美しき空っぽに魅せられて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の2 (吉井勇篇)

 今年最後のポエカフェは久しぶりの吉井勇でした。Pippoさんの大好きな『パンの會』の中心メンバーの一人です。パリのサロンのようなものを日本でもと始められた『パンの會』。その代表人物の一人とも言える吉井勇。歌集を30冊も残し、1960年まで生のある限り作歌を続けた吉井勇です。『パンの會』に関わる詩人・歌人としては北原白秋や木下杢太郎が既に何回か取り上げられていますが、吉井勇は2回目です。

 体調を崩した方の急なキャンセルもあり、いつもより少し少ない人数でしたが、ポエカフェの雰囲気はいつもと変わらず、参加者を包んでいきます。伯剌西爾さんの用意してくださったお菓子も美味しく、参加者の方々の朗読や感想を聞いているうちに、時間は今回もアッと言う間に過ぎ去って行きました。

 15歳から最晩年までの作品群からPippoさんが厳選した135首が資料に並んでいます。朗読くじには、5~10首くらいが並んでいます。そのなかから選んで朗読です。ちょっと自分の感性が試される?気分もあります。

 ここまで書いてきて、吉井勇の素晴らしさ、心に残ることをどう表していいかわからない自分に気がつきました。決して作品がつまらなかったり、得ることがなかったりというのではありません。、むしろその正反対なのです。今回のポエカフェが終わって、数年前からの『短歌研究』に細川光洋氏の『吉井勇の旅鞄』という連載があったことを知り、クリスマスで忙しい時期でしたが、隣市の図書館で掲載誌を漁るという行動に駆り立てられています。(今年の11月号にも特集があります)

 前回取り上げられた時も、気になる人物ではありましたが、今回ほどではありませんでした。吉井勇の句を評する言葉として、「美しきからっぽ」という言葉が紹介されました。たしかに私が朗読くじで当たった『酒ほがい』所収の歌など、その代表格かもしれません。「わが胸の鼓の響きたうたらりたうたうたらり酔えば楽しき」という歌が紹介されていました。たうたらりの繰り返しが残ります。「いくたりの男のために取られたる手かは知らねど我も取りたる」勇がとった手の相手はどのような女性でしょうか。母音の「お」と「う」が想像と思いの世界を作っているように感じます。しかし、歌われている世界について、「それがどうした」と言われれば、答えに窮するのではないでしょうか。

 吉井勇の素晴らしさのひとつとして思い当たるのは、日本語としての音の、特に母音の扱いのような気がしています。予習を兼ねて全歌集を読んでいたのですが、途中からふと、字を追っていくのではなく、音読、ないし心の中で音を響かせながら読むようにしてみました。そうしてみると、不思議と歌が入ってくるように感じるのです。短歌の定型を崩すような歌はありません。突拍子もない表現もありません。しかし、音を、しかも句の切れ目を意識しつつ、少し伸ばすように読んでいくと心地よいのです。(昔聞いた百人一首の読み方を思い出しながらです。朗読の時、そのような読み方でとも思いチャレンジしましたが、うまくいきませんでした。)吉井勇の句を評する言葉として、「美しきからっぽ」という言葉が紹介されました。その「美しさ」の一端を垣間見たように思うのです。若い頃の酒に溺れ、花街に遊んだ頃の句も、流浪の旅の中で読んだ句も、その点では変わりないように感じます。

 「京に老ゆ」で始まる連作もそうですが、紹介されていた中でもすごいのが『天彦』に収録されている「寂しければ」に始まる連作です。実に72首もあるのです。全歌集でこれを目にした時、圧倒されました。今回の資料には8首が載せられていましたが、同じ言葉で始まりながら、これだけの数を詠める勇の世界の広がりが伝わってきます。それでも日本語としての音の美しさの中に収められています。おそらく吉井勇の日本語における音に魅せられたとも言えるかもしれませんが、もちろん、音だけでもないのです。

 戦後も活躍し続け、宮中の歌会の選者にまでなっている吉井勇。高らかに思想を込めることなく、美しき空っぽの世界を表に出しながら、気がつくと奥深い世界に取り込まれているように感じています。日本語の表現者として、まだまだ、追っかけ続けたくなる歌人と思っています。

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「鳥に導かれて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の1 (鳥の詩篇)

 11月26日、Pippoさん主催のポエカフェ、鳥の詩篇@我孫子に参加してきました。前回の参加が7月でしたから4ヶ月ぶりです。ポエカフェ禁断症状がかなり強くなってきていましたので、ひときわわくわくしながらの参加となりました。そのためもあって(?)、10時からの開催なのに、9時過ぎには我孫子駅に着いてしまいました。会場のブックカフェNorthlake cafe& Booksさんに行くには早すぎるので、途中の手賀沼公園に立ち寄りました。午前の日差しを浴びながら、水鳥たちが遊覧船乗り場のそばで泳ぎ、飛び回っています。今回のポエカフェは鳥の詩がテーマ。この風景にほっこりすると同時に、期待はたかまります。

 少し歩いて会場に到着。Northlake cafe& Books、いい佇まいです。お店の外と入って左側には魅力的な本が並んでいます。既にPippoさんはじめ参加者も数名おられます。カウンターを背に、テーブルを挟んでちょっと左右に長くなりながら、着席。いつものように自己紹介から開始です。

今回は、一人の詩人を取り上げるのではなく、Pippoさんが幅広く選んだ「鳥の詩」が題材です。資料にはホイットマンから始まり、現代短歌までが収録されています。いつもながら、このようなテーマ別ポエカフェでのPippoさんの収集力には感嘆します。

 詩人の生涯に関する紹介がない分、取り上げられた詩を、参加者が次々に朗読し、一言感想を話しながら会は進みます。朗読くじで当たった詩を読むのもいつも通りですが、なぜかいつもよりドキドキします。私が引いたのは金子光晴の「かつこう」でした。くじを開けた瞬間、「ワッ!!」と思います。好きな詩が当たったのは喜ばしいのですが、かえってどう朗読できるかドキドキです。まあ、大した朗読はできませんが…。3連目「霧につゞいている路で、/僕は、あゆみを止めてきく。/さびしいかつこうの声を。/みじんからできた水の幕をへだてた/永遠のはてからきこえる/単調なそのくり返しを。」で、かつこうの声と共に時空を超えた世界へと誘われます。「みじんからできた水の幕」が今とのつながりの中で心に残ります。最後の2行は「かつこうがなゐている。/かつこうがなゐている。」と繰り返されます。今に引き戻されるかのようです。

 朗読くじ、交換しても良いのですが、向かい合わせに座ったお二人が、お互いの好きな詩を引くという驚くべき(?)出来事も起きました。お二人、嬉しそうに交換して朗読なさっていました。こんな自由さも、ポエカフェの良いところです。

 一人の詩人を取り上げる回と違い、テーマ別の会の楽しみは、いろいろな詩人に出会えることです。わたしにとっての嬉しい出会いは高良留実子の「木」でした。最近、現代詩文庫から「続・高良留美子詩集」が刊行され、ちょうど読み始めたところでした。心ひかれる詩人との印象を持ち始めていたところでしたので、不思議な感覚です。

 プレヴェールの「鳥さしのうた」、ブローディガンの「スワンの日々に」、大江満雄の「一つの世界を」、新美南吉の「墓碑銘」等が、今の私に響いてきます。ペンギンを名乗るものとして嬉しかったのは、高田敏子の「ペンギン」が入っていたこと。「飛べないつばさをふりながら/とてもとても遠い彼方を」見ているペンギンの姿が浮かびます。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎます。それでも今回はポエカフェ本編だけでは終わらない楽しい時間が控えています。Northlake cafe& Booksが提供してくださった「豆と挽肉のカレー」のランチが、とても美味しく、近かったら、これを食べるためにも通ってしまいそうです。セットのコーヒーも美味しくいただきました。

 更に、楽しい時間は続きます。ここで個展を開いておられる海津さんの案内での手賀沼散歩です。あらかじめ準備してくださったコースは、興味深い場所の連続でした。文学に関わりのある場所を中心に、手賀沼周囲の崖(はけ)をのぼったりおりたりしながら、自分がどこにいるのかは分からなくなっていますが、出会う場所に惹かれて、そんな事どうでもよくなります。ここまで準備してくださった海津さんに、心から感謝です。

 最後は、手賀沼のほとりにでました。少し日が傾いてきた手賀沼の風景もまた良しです。海津さんから、鳥の種類を教えてもらいながら、歩きます。時には、人懐っこく寄ってくる鳥までいます。Pippoさん、その子に話しかけてたような….

 そうそう、途中で立ち寄ったお煎餅屋さんのお煎餅、お土産に買いましたが、上品な良いお煎餅でした。不思議な集団がいきなり立ち寄ったので、お店のおばあちゃん、驚かれたことでしょう。

 いつもより長くなりました。あの日から1週間以上たち、既に次回12月の告知も出ていますが、今もあの時間が暖かく思い出されます。

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「惹かれるだけでなく」  ポエトリーカフェ参加の記 第6期の6 (三好達治篇)

 このブログ、最初は読んだ本のメモのつもりで始めたのですが、途中からポエカフェ参加記ブログとなっています。そのポエカフェにも、しばらく参加できない日々が続き、ポエカフェ欠乏症に陥っていた私でした。前回参加したのが、3月20日の北原白秋・木下杢太郎の会でしたから、なんとも長い欠席となりました。

 

 7月31日に開催されたポエカフェ三好達治篇。連れ合いのアンジーとともに、やっと来れた!これで少しは、欠乏症も良くなるだろうと思いつつの参加となりました。アンジーも「最近、詩が足りてない!」と言っていたので、思いは同じです。しかも三好達治、ポエカフェでは第1期2010年2月に丸山薫と一緒に取り上げて以来ですが、私もアンジーも、その時が初ポエカフェでしたので、懐かしい想いも加わり、わくわく一杯の参加となりました。

 広島大学大学院教授の、西原大輔先生をゲストにお招きしての会ということもあって、定員をオーバーの中、いつも通り自己紹介から開始です。自己紹介の間に、恒例の朗読くじが回ってきます。同時に、会場を提供してくださっている「神田伯剌西爾」の方が注文をとって回ります。恒例のポエカフェフードは、店長さんがケーキの仕入先に特注してくださった、柘榴と生クリーム添えのシフォンケーキ!もちろんアンジーと一緒に注文しました。(とても美味しゅうございました!)

 Pippioさんが三好達治の生涯を追っていく中、参加者が朗読していくスタイルはいつも通りですが、西原先生が適宜解説を入れてくださいます。西原先生の解説、軽快で素晴らしく、ご本人もツイートされていましたが、Pippoさんも熱弁。お二人の解説が呼び水になったのでしょうか、参加された方々からの感想やお話もふくらみました。

 Pippoさんが資料に載せた詩で、私も好きな詩が、研究者の間ではほとんど取り上げられないことにびっくりしたり、詩の中の視点についてのSさんの話(もっと聞きたかった)など、まだまだ話したいというところで、時間はきてしまいました。(三好達治の生涯については、古書ますく堂さんが、今回もブログでうまくまとめてくださているのでご参照ください)

 今回、三好達治の生涯で改めて印象に残ったのは、こどものころに天皇への崇拝が教えられたこと、陸軍の幼年学校の経験等でした。また、二十歳で俳句の実作が千句を越えていたことも。フランス文学に親しみ、ヴェルレーヌを卒論で取り上げた三好達治のもう一つの面がそこにあるように思えたのです。

 今回の資料でももっとも取り上げられた、第一詩集『測量船』。予習でも改めて読みましたが、くりかえし読みたくなる詩集です。資料に挙げられたなかで心に残ったは「鴉」や「草の上」でした。一般に有名なのは「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。/次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。」という「雪」かもしれませんが、「鴉」や「草の上」は、それとはまったく異なる趣の作品です。『測量船』を読みながら感じるのは、作品世界の幅の広さでした。以降の作品では見られなくなるような作品世界が含まれているように感じています。

 みなさんの感想を聴きながら、頭の中は大忙しですが、それでも恒例の朗読が回ってきます。今回、当たったのは『大阿蘇』。モノトーンの絵が浮かび上がってきました。ベールが1枚かかったような、霞の向こうに静かに佇んでいる世界。そんな風に感じました。東洋的な世界が描かれているよう感じながら朗読しました。

 また、資料にも挙げられていましたが、「捷報いたる」に代表される「戦争協力詩」のことも、どうしても考えてしまいます。全詩集に再録されていない一群の戦争協力詩。『測量船』の世界との落差には、唖然とし、考えさせられます。戦後書かれた『砂の砦』。どんな思いで書いたのだろうと、考えさせられます。

 本編が終わって、しばらくぶりに2次会にも参加しました。西原先生もお忙しい中残ってくださり、楽しい時間です。そんな中、2回目の三好達治はどうでしたかと、Pippoさんから問われましたが、測量船の魅力に惹かれると同時に、まだまだ考えさせられる点が多いとお話ししました。戦争協力詩を含めて三好達治を読む中で、何か見えてくるものがあるのではと、思い続けています。

 

 

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「またリターンズはあるのかな?」  ポエトリーカフェ参加の記 第6期の5 (北原白秋・木下杢太郞篇)

 去る3月20日に開催されたPippoさん主催のポエトリーカフェ(ポエカフェ)は、通算80回目となる記念すべき会でした。1期目の途中から参加していますが、長い間参加していても、いつも新しい世界を見せてくれるポエカフェに改めて驚きを感じています。とても遅くなりましたが、その参加記をここに記しておきます。参加した会で、参加記を書けなかったのは翌日から発熱して、ダウンした1回だけ。実は、その1回こそ、今回取り上げられた二人のうちの一人、北原白秋でした。(「ちめんかのや」さんでの開催が懐かしいです)

 二人の詩人は北原白秋と木下杢太郎、白秋はポエカフェで4回目の登場です。杢太郞は2回目。もっとも二人とも、あちこちで顔を出している、ポエカフェ常連?の詩人です。でも、この二人を同時に取り上げるのは無謀ではと思いつつ(危惧しつつ?)会場に着けば、資料の多さに、確信?に変わりました。どうなることでしょう?

 恒例の自己紹介で始まるポエカフェですが、お題に沿って「杢太郞と私」で自己紹介。実は杢太郞との出会いは今のように詩人に親しむ前のことでした。体調を崩し伊東にある知人の別荘で短期間過ごさせてもらったこと時のことです。伊東の街を公衆温泉に行くために歩いていた時、杢太郞記念館に出会ったのでした。記念館で印象に残ったのは、杢太郞が晩年に描き続けた百花譜でした。杢太郞の詩については、まったく知識がない時のことです。販売されていた百花譜の絵葉書を購入し、良いものに出会ったという幸せな感覚を今も覚えています。一緒だった連れ合いのアンジーも、詩より絵の人として出会ったと自己紹介をしました。

 耽美派の双璧とも言える白秋と杢太郞、邪宗門で華々しくデビューし(実家の借金の返済を待ってもらえるほどの効果があったとか)、アップダウンはありながらも、多くの作品を残し、いまも名が残る白秋。それに比して、多くの詩を作っていた時期には詩集を出すことなく、後に、振り返るようにして詩集が出された杢太郞。詩人としての杢太郞は、白秋に比して、まったく埋もれた存在とも言えるかもしれません。

 でも、ここにきて岡井隆著『木下杢太郎を読む日』や、岩阪恵子著『わたしの 木下杢太郎』が刊行されたり、2月には岩波文庫の『木下杢太郎詩集』が復刊されるなど、木下杢太郎に関する動きが活発になっています。

 紹介された二人の生涯は古書ますく堂さんが、今回もうまくまとめてくださっているので、是非参照してください。最後がかなり駆け足になったのは、予測通りでしたが、この二人の日本語への感覚には、不思議な魅力を感じます。二人について、心に残るイメージを記しておきましょう。

 白秋の『邪宗門秘曲』などは、これでもかと言うきらびやかさです。朗読してみると、その音の魅力に、その南蛮趣味と相まって、強烈なインパクトだったことでしょう。後に童謡の世界で活躍する白秋ですが、音とリズムの詩人というイメージが残っています。今回のポエカフェではそこまで触れられませんでしたが、白秋の童謡世界も魅力的です。でも、それも最近は埋もれつつあるように聞くことがあり、残念な思いがします。

 一方、杢太郞は晩年の百花譜を見て思うのですが、本来は絵の人だったのではというイメージが残ります。若き日の願いが画家になることだったも資料にあったのですが、その所為というわけではなく、初期から晩年に至るまで、杢太郞の心に印象を残した世界を絵筆ではなく、言葉で描いているように感じているのです。杢太郞だけのことではないかもしれませんが、彼の詩に、ことさらにそれを感じています。

 また、杢太郞は太田正雄として医学者の顔を持ちます。その傍らでの文筆世界。彼にとってどのようなものだったのでしょうか。二つの道を行くについての鴎外とのやりとりもあったそうですが、杢太郞の生涯を追っかけてみたくなっています。幸い、全集と日記が私の住む市の図書館には揃っているので、ゆっくりと紐解ければと思っています。

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