ポエトリーカフェ参加の記 第9期の9(テーマは《12月とクリスマス》篇)

テーマは《12月とクリスマス》

 2019年12月21日に開催されたポエカフェ《12月とクリスマス》篇から1ヶ月が過ぎました。いつも結構時間が経ってから参加記を記しているこのブログですが、今回ほど遅くなったことはありません。決して書くことがなかったのではなく、むしろ何を書こうか迷った日々でした。

 《12月とクリスマス》のテーマで資料に取り上げられた詩人は、国内・国外、新旧合わせて38名の大人数!しかも一人1篇ではないのです。長編の詩もあります。いつにも増して厚い資料です。この資料、今も私の机の上、この文章を記している私の前にあります。どれを取っても印象深い詩です。

 また、今回のポエカフェには詩人の辻和人さんも参加してくださり、実作者の立場からの貴重な意見を伺うこともできました。それだけでも、参加して良かったと思える会でした。会はいつも通り自己紹介から始まり、朗読くじで当たった詩を朗読し、一言発言するという形で進められます。朗読された詩を少しだけ紹介しましょう。高村光太郎『クリスマスの夜』、萩原朔太郎『乃木坂俱楽部』、萩原郷次郎『12月』、竹中郁『無言で語れ』、尾形亀之助『年越酒』、原民喜『家なき子のクリスマス』、吉塚勤治『薬缶の詩』、島朝夫『幼児虐殺ーーその夜のヨセフ』…。

 Pippoさんも指摘なさっていましたが、クリスマスに関してはクリスチャンの詩が意外とないのです。クリスチャンの信仰に関わるクリスマスの詩は取り上げように、なかなか見つからないのが実際です。何しろ、クリスチャンの詩人の八木重吉にも作品がないのです。重吉好きの私も改めて確認したのですが、冬の詩はあってもクリスマスの詩がない!クリスチャンにとってはテーマが重大すぎるからという意見もあるとか。たしかにそうかもしれません。

 島朝夫『幼児虐殺ーーその夜のヨセフ』が朗読された時、その内容について、私にPippoさんから質問がふられました。聖書の背景を説明しながら、人間の感情では理解しにくい事件であることを心のうちでは確認しながら、お話ししました。そんなことやサンタクロースに関する話の中だったでしょうか、辻さんから、日本におけるキリスト教の受容について検証する必要があるのではとご指摘がありました。思わず、「大賛成です」と声をあげてしまいました。(恥ずかしい)

 そんなことも思いだしながら、この文章を書いています。普段はあまり本職を意識しないで、参加しているのですが、今回はテーマがテーマだけに意識せざるを得ませんでした。しかし、それはあくまでも個人的なこと、この参加記を書くのに時間がかかったのは、そこいら辺を少しは客観かしたかったからというのが、遅くなった言い訳です。

 その中で、私が朗読したのは尾形亀之助『年越酒』です。くじを交換してもらい選んだ詩です。長い作品です。クリスマスとは関係のない詩です。題名どおり大晦日の夜に思うところが書き連ねられている形の作品です。「そして、友情による人と人との差別も、恋愛などといふしみつたれた感情もあり得ぬことゝなつてしまふのがよいのだ。」閉じられる亀之助の言葉。考えるべきことが突きつけられてくるように思いつつ朗読しました。

 そして最後に辻さんの詩『ガバッと起きた』をご本人を含めて3人で朗読しました。私は最初の部分の担当です。緊張します。読みながら平易に見える言葉から世界が立ち上がってくるのです。「ガバッと、/ガバッと、/ガバッと、だ」と最初の2~4行目と最後に繰り返されています。猫のレドとファミが登場しています。猫にはガバッと起きださせる力があるのでしょうかと発言してしまいました。辻さんは否定されませんでしたが…。

 最後になりましたが、いつもながら神田伯剌西爾の店長さんが用意してくださるおやつが、今回も素晴らしく美味しかったことを記しておきます。いつもありがとうございます。

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「大切な財産を失った」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の8(竹内浩三篇)

 10月26日に神田伯剌西爾さんで開催されたポエカフェ竹内浩三篇は、記念すべき10周年の会でした。2009年10月にスタートしたポエカフェも丸10年が経過したのです。第1期の途中から参加させてもらっていますが、このような集まりが、これだけの年月続くのはすごいことと改めて思うのです。おめでとうございます!今回も第1回に参加されたKさんも参加しておられます。その一方、初めての方もおられます。Pippoさんから溢れてくるオープンな雰囲気が継続の力になっているのでしょうかとも考えながらの参加です。

 課題詩人は竹内浩三です。自己紹介しながらいつも通りに朗読くじを引きます。資料が多いので、希望者は二つとってOKとのこと。迷うことなく二つとりました。ひいたくじの一つを開くとそこにあったのは「骨のうたう」です。「戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや 哀れ/…」と始まります。竹内浩三を世に知らしめた詩です。くじには最初に世に発表された形(親友の中井利亮の手が入っていると言われます)と原型が並べてありました。迷うことなく原型を朗読しました。(上記の冒頭の部分は両方とも同じです。)たしかに、最初に発表された形は整っていて、テーマ性もはっきりしているようですが、陸軍に入隊前の浩三の心情を表しているのは原型の方と感じていたからです。生きている間は、詩人として知られることなく、繰り上げ卒業で大学を卒業後、徴兵された竹内浩三が、入隊前に作ったこの詩は、やはり原型で味わいたいのです。

 竹内浩三がポエカフェで取り上げられるのは、今回で3度めになります。最初は2009年第1期第3回のこと。その時、私はまだ参加できず、ネットで開催の情報を見ながら、図書館で借りてきて読みました。それ以来、心にかかり続ける詩人の一人となったのです。2度めは第3期の2012年でのリターンズ篇でした。その時は参加でき、ブログも書いているのですが、その末尾に「この詩に、浩三の詩に心惹かれる理由があるようだ。本質を見ざるを得ないのに、それでいて一人の『大きなケッカンをもっている』人間としての浩三。ここに込められた浩三の思いを表せることばを探している。」と書いた。その思いを抱えて、今回も参加しました。

 配布された資料は初期の作品から筑波日記に至るまで盛りだくさんのものです。参加されたお一人お一人の感想を今回も興味深く聞きました。「感覚的に優れた人」「五感が繊細な方」などの言葉が私にとっては印象的でした。そして、前回に続いて長い詩を何人もで読む形もありました。詩は「よく生きてきたと思う」です。6人での朗読でした。声もテンポも違うのに、不思議と浩三の言葉が浮かび上がってきます。読まれた方の読み方に加えて、浩三の言葉の力を感じます。戦死して長い年月がたっても、古びない浩三の言葉の力が迫ってくるようです。

そして、ポエカフェ後も、竹内浩三の詩や、彼についての本を読み続けています。参加するたびに浩三に惹かれていく自分がいるようです。詩集以外で、今回改めて読んで良かったのが『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と生』(稲泉連著 中央公論新社)です。1979年生まれの著者が竹内浩三に惹かれ追っていく著作です。戦争を知らない著者が戦死した一人の若者の生涯を追跡し、関係者の話も聞いていく形で構成されています。

 その中に全集を出した藤原書店の藤原さんの言葉が収録されています。「でも、戦争の体験のなかに身を置かないと、本当のことは分からないのだと思う。僕らが感じることができるのは、本当に大切な財産というのを失ってしまったということだけなんだよな。~」という藤原さんの言葉が印象的です。

 私も戦争を知る世代ではありません。ただ、1952年に生まれたので、戦争の傷は目に見える形でまだ身近にありました。それでも、身を置いたことのないことの壁は感じます。藤原さんの言葉は、その壁は壁として、それでも受け継ぐものがあることを知らせてくれているようです。

*「骨のうたう」の原型は青空文庫で読むことができます。

 

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「情景の中で」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の7(ポール・エリュアール篇)

 「学校のノートの上/勉強机や木立の上/砂の上 雪の上に/君の名を書く//読んだページの上/まだ白いページ全部の上に/石 血 紙 または灰に/君の名を書く//….」21連からなるポール・エリュアールの詩『自由』(安藤元雄訳)の冒頭の部分です。9/22に神田伯剌西爾で開催されたポエカフェ第119回はフランスの詩人、ポール・エリュアールでした。今回も楽しくも豊かな時間があっという間に過ぎ去って行きましたが、その中での白眉とも言えるのが、この『自由』を参加者みんなで分けて朗読したことでしょう。

 配布された資料の中に、いつも通り番号が付けられて詩が並びます。朗読くじで当たった詩を読むのはいつも通りです。しかし『自由』はA~Nの記号が振られています。1連ないし2連に分けられています。どこか選んで読むのかなと、それにしては一つが短いなと思っていたら、みんなで続けて朗読するというのです。Pippoさん、面白いことを考えたなと、興味が膨らみます。そして、皆で朗読したの結果は、それそれの個性もありながら、不思議と一つのまとまりが出てくる、面白くも素晴らしいものとなりました。

 ところで、この『自由』という詩は、クロード・ゴワランという方の絵で絵本になっています。訳者はこやま峰子さん。ポエカフェの予習のつもりで図書館を調べていたら、この絵本に出会いました。『自由』という詩は各連の最後が「君の名 を書く」になっています。そして最後の連は「一つの言葉の力によって/僕の人生は再び始まる/僕の生まれたのは 君と知り合うため/君を名ざすためだった//自由 と」となっています。絵本は左のページに詩、右のページに絵という構成ですが、「君の名を書く」が各左ページにフォントを変えて(時には手書き?)“J’écris ton nom”と置かれています。絵と相まって、とても印象に残ります。この絵本に出会えたのも、ポエカフェの大きな収穫でした。

 第二次対戦中に出された小詩集『詩と真実』に入っている詩です。ドイツの占領に抵抗する市民の愛読書になったということです。『自由』の貴重さが迫ってきます。

 さて、朗読くじで引き当てて読んだのは1921年刊行の『人生の必要事項と夢の諸結果』から「『大いなる日』 ガラに」と1929年刊行の『愛、詩』から(雲々のために ぼくはきみにそう言った)の二篇でした。ともに妻ガラにささげられた詩です。どちらもガラへの想いのこもった詩と言えるでしょうが、個人的には「大いなる日」の方が印象に残りました。「おいで、昇っておいで。やがてこの上なく 軽やかな羽毛が、空中の潜水夫よ、おまえの首根っ子を掴むだろう。この部分だけで、視界が広がります。「空中の潜水夫」という言葉が、印象的です。エリュアールはどこにいるのだろうということが話題になりました。私としては、空中でガラを待っているのではと思っていますが、いかがでしょうか。

 エリュアールの生涯については古書ますく堂さんがブログでとてもわかりやすくまとめてくださっていますので、そちらをご覧いただきたいのですが、ブルトンとともにシュルレアリスムの旗手として進んでいった時期。ガラにささげた詩のように愛をうたった詩。占領下のフランスでドイツに抵抗したエリュアール。様々な表情を見せてくれるエリュアール。

 それでも、エリュアールの詩は、それぞれに情景を浮かび上がらせてくれるのです。時にシュルレアリスムの風景を、時に抵抗者の姿勢を、詩の言葉が一つ一つでも一緒になっても、イメージを喚起してくれます。

 そのような彼の詩の力は、『自由』のような詩にあっても、豊かさをもって迫ってくるように思えるのです。それは、痛みをも伴いながらなのですが…。ここのところ忙しくて、なかなかエリュアールの詩を追いかけられなかったのですが、少しづつ読んでいます。その中での発見は小沢書店の『エリュアール詩集』(宇佐美斉 編・約)に入れられている、「詩の明証性」です。シュルレアリスムの時代のエリュアールの詩論ですが、とても興味深く読んでいます。

 

 

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「もっとパンの會を」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の6(パンの會リターンズ!篇)

 「さう云う五月が街に来た。---//珍しくも梅雨が霽れ/重重しい灰色の雲を透して太陽が/ 銀座の角の時計屋の窓の硝子を射とほした。/じいん・かつくう……/硬玉、碧玉、土耳古玉/四つ葉くろおば、忘れな草、/また黄金の馬の蹄の留針はむらむらばつと輝いた。/じいん・かつくう……/折柄赤銅の小屋の屋根にて/鳩は尻尾を高くあげ、一きは高く、/じいん・かつくうと鳴きたれば、/主人は片眼より拡大鏡を外し/(略)」木下杢太郎の「五月の頌歌」の最初から13行目までです。酒場で「青きペパミントの酒を啜る」「われ」の詩です。作者はパンの會の中心人物木下杢太郎です。

 「じいん・かつくう」と云う鳩時計の時を告げる音が耳に残ります。その音が、風景を広げます。「銀座の角の時計屋」は4丁目の有名な時計店でしょうか。12時を告げる鳩の鳴き声と聞いた主人が瞼で挟んでいた拡大鏡を外す風景が鮮やかに浮かび上がります。もっとも、現代の時計屋では見ることのできない風景ですので、私のような昔を知る世代でなければ、この風景はわからないかもしれません。

 並べられた宝石の名前とともに、明治末期のハイカラな雰囲気の風景です。昭和の中ごろまで鳩時計は時計屋にとって欠くことのできない商品でした。扱いが面倒で修理する職人には嫌われていましたが、結構需要はあったようです。杢太郎の詩は、明治末期のハイカラな時計屋の風景を浮かび上がらせてくれます。場所も銀座です。この詩の末尾には「さう云う五月が来るときは/河沿いの酒場に入りて/われ静かに青きペパミントの酒を啜りて、/(略)とあります。

 隅田川をセーヌ川に見立て、パリのカフェでの文人たちの交流に憧れて始められたパンの會の中心人物にふさわしい詩に思えてきます。「じいん・かつくう」の音が時代を越えてパンの會へと誘ってくれるような詩に思えます。

 31日に開かれたポエカフェ「《パンの會》 リターンズ!篇」は、高円寺の「木もれび」さんで開催されました。7/28に開催された《パンの會》 のリターンズです。予約が埋まるのが早く、参加できなかった方や、時間の都合がつかなかった方の熱い要望で開催となりました。初参加の方も含めて12名の参加です。本来は7月に参加できなかった方優先だったのですが、前回参加できなかった連れ合いのあんじと一緒に、ずうずうしく参加しました。

 いつもより30分短い会でしたが、Pippoさんのパンの會への熱い思いの溢れる密度の高い時間となりました。資料も先月とは改定されています。パリの文化への憧れと江戸趣味が混在するパンの會の中心となった北原白秋や木下杢太郎の作品はもちろん、パンの會に先立つ与謝野晶子の作品や上田敏の『海潮音』からもとられています。

 朗読くじでひいた作品の朗読も楽しく、会は進んでいきます。もっとも、交換もできるので、結構好きな詩を読めるのです。私も杢太郎の詩3篇が記載されているものに交換してもらいました。パンの会については今回で3回目ですが、白州や杢太郎はじめ、今回の資料にあげられた詩人、歌人はこれまでもポエカフェで取り上げられています。ですので何回も目にする詩もあるのですが、朗読する方によって、受ける印象が異なるのもポエカフェの面白いところです。ちょっとした読み方の違いで違う世界が広がります。黙読で受ける印象とも異なります。それは朗読の巧拙とは別のところからくる、その時に詩の言葉が朗読する人を通してだけ見せる姿があるからのように思えます。

 私はくじにあった「金粉酒」「街頭初夏」「両国」から「両国」を選んで朗読しました。パンの會のパリへの憧れと江戸趣味の双方が含まれる詩と感じたからです。大川にかかる両国橋あたりの風景を描写しながら、作者がいるのは西洋料理舗(レストラント)の2階です。手には薄玻璃の盃です。そこにあるのは灘の美酒、菊正宗。五月の夕方の河風に作者は何を思っていたのだろうと、風景とともに想像が広がっていきます。

 楽しい時間があっという間に過ぎるのは常のこととはいえ、本当にあっという間でした。會の後にはPippoさんお手製のスパイスカレーも美味しくいただきました。「木もれび」さんのご好意で持ち込みOKとなったと聞きました。「木もれび」さんの美味しい飲み物とお菓子、ありがとうございました。

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「南蛮趣味の中で」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の5(パンの會篇)

 7月28日に開催されたポエカフェ“パンの會”篇からはや3週間も過ぎてしまいました。夏の暑さのに少し活力の落ちていたペンギンですが、8月31日は“パンの會”のリターンズ篇が開催されることになったこともあり、これ以上、寝てはいられません。遅くなりましたが、7/28日の参加記を書いておきます。

 活力が落ちていたとはいえ、パンの會から受ける楽しさ?は大きく、席上で紹介された『不可思議国の探求者・木下杢太郎 観潮楼歌会の仲間たち』(丸井重孝著・短歌研究社)を読んでおりました。私と連れ合いのあんじー(今回は参加できず、とても残念がっていました)にとって、パンの會といえば木下杢太郎なのです。かつて訪れたことのある、伊東の木下杢太郎記念館での杢太郞との出会いを懐かしく思い出します。

 パンの會の中心人物である木下杢太郎はじめ、パンの會の詩人・歌人たちの作品がぎっしり詰まったPippoさん作成の資料を手に、ポエカフェは始まります。2012年に開かれたパンの會篇の時にも参加してくださった、北方人さんが今回も参加してくださいました。パンの會に参加していた木版彫刻師の伊上凡骨やドイツ人フィリップ・ルンプの研究家北方人です。今回はルンプに関するお話とともに、ご自身も執筆なさっている研究書を紹介してくださいました。

 パンの會に参加していた詩人たちはこれまでも数多く取り上げられてきましたが、會自体が取り上げられるのは2回目です。当初、会場は前回と同じレンガ蔵が予定されていましたが、暑さ厳しく、人数も多いこともあり、残念ながら蔵の脇にある母屋にての開催となりました(後で、蔵を見せていただきました)。

 与謝野晶子・鉄幹から始まる資料の中、取り上げられた作品数が多かったのは北原白秋と木下杢太郎です。中心人物の一人、吉井勇ももちろんあります。上田敏の『海潮音』からもボドレエル、ヴェルレエヌ等、8篇と序がとられていました。そして、パンの會の発足を考えるうえで欠かせない『五足の靴』の冒頭も紹介され、Pippoさんからの説明が入ります。

 いつもの通りの朗読くじを引きます。最近、このくじは交換可ということで、次第に「くじ」でなくなっている傾向がありますが、今回は私も最初に引いたものを白秋の『邪宗門』から「邪宗門秘曲』に図々しく、変えてもらいました。

 南蛮趣味溢れるこの詩を一度朗読してみたかったのです。声に出すと、南蛮趣味溢れる言葉のもたらす、リズムや音がますます自分に響いてきます。『五足の靴』のもたらした南蛮趣味に満ち満ちたこの詩の楽しさは、まさに音とリズム、そして言葉のもたらす不思議なイメージにあるのでしょう。キリシタン禁制の高札が撤去されてから、そう遠くないこの時期に、これを読む人々には、どんなイメージが湧き上がったのだろうと、想像するのも楽しいものです。

 パンの會のテーマソングとも言える「空に真赤な」もありました。確か「ラッパ節」にのせて歌われたと記憶しています。(今度のリターンズで誰か歌ってください!)パリのカフェ文化への憧れと江戸趣味が混じり合ったパンの會。木下杢太郎は、後に「食後の唄」の序で「その時の歌には、唯空虚な騒擾の迹と、放逸な饒舌の響とが残ってゐるのみである」と記していますが、若き詩人や画家たちの集まりであったパンの會は、それが若さ故であったとしても、熱いものにあふれていたのだろうと思います。

 ポエカフェで朗読さtれた、その頃の杢太郎の作品を一つ上げておきます。「波羅葦増」です「いかに、いかに、羅馬人よ。/西班爾亜、義太利亜、さては/羅馬は定かに見つれ、/紅毛も愛でたたへたる/阿蘭陀のこの鑞版の/この絵図のいづくにか在る。/汝がいふ波羅葦増の国は。」南蛮趣味溢れる作品です。

 もう一つ、朗読はされなかったのですが、私の好きな作品「金粉酒」の最初の2連を紹介しておきます。「EAU-DE-VIE DE DANTZICK/黄金浮く酒/おお五月、五月、小酒盞/わが酒舗の彩色玻璃/街にふる雨の紫。//をんなよ、酒舗の女、/そなたはもうセルを着たのか、/その薄い藍の縞を?/まっ白な牡丹の花、/触るな、粉が散る、匂いが散るぞ。//…」若い杢太郎が金粉酒ごしに見つめる女の姿が浮かびます。

 31日のリターンズでは、テキストも少し改変されているとの事。今回触れられなかった事柄も取り上げたいとのPippoさんのツイートがありました。楽しみは広がります。

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