「私がわたしでない」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の3(石原吉郎篇)

石原吉郎。1915年静岡県土肥町に生まれた詩人である。その前半生はあまりにも過酷であった。終戦時ハルピンの関東軍の特殊通信情報隊に徴用されていたが、シベリアへ抑留される。以後、強制収容所を転々。1953年特赦により帰還する。

 

 この抑留期間中のあまりにも凄まじい日々は、1972年に刊行された「望郷と海」に詳しい。最初の詩集が世に出たのは、1963年43歳の時となる。詩を発表し始めたのは1954年39歳の時。文芸投稿誌「文章倶楽部」い投稿した「夜の招待」が特選(選者は鮎川信夫、谷川俊太郎)となり、注目を浴びたという。

 

 石原吉郎の名前は、シベリア抑留から帰国した詩人として知ってはいたが、数年前「望郷と海」を手にした時から、しっかりと向き合うべき詩人として心に残った。実はまだ、「望郷と海」を読みきれていない。あまりにも重い内容は、読む方にもそれだけの体力を求めてくる。

 

 いつだったかポエカフェで取り上げて欲しい詩人のアンケートで石原吉郎をあげた記憶がある。いつ取り上げられるのだろうと、期待と不安が入り混じっていた。それが4/28のポエカフェで取り上げられることになった。石原吉郎全詩集を図書館から借りては読み切れずに何回も借りている。自分にとって、このような詩人が取り上げられる機会はそう多くはない。いつにも増して期待を持っての参加となった。

 

 会場はおなじみの神田伯剌西爾さん。参加者は14名。懐かしい方とも出会える喜びもありながら、いつも通りの開始です。第1詩集の「サンチョパンサの帰郷」から1977年の晩年の作品まで43篇が6枚の用紙をびっしりと埋めている。生涯の年表は珍しいことに2枚に渡っている。Pippoさんの力の入り具合の反映だろうか。

 

 会はいつものように自己紹介から始まっていく。朗読くじももちろんある。一つのくじに、何篇かが書かれているので、読む方がその中の1篇を選んで読むこととなる。この形式の時は、何が選ばれるかにも興味がひかれる。ちなみに、今回読まれた詩を題名だけ上げておこう。『位置』『サンチョ・パンサの帰郷』『自転車にのるクラリモンド』『葬式列車』『花であること』『木のあいさつ』『河』『国境』『礼節』『ふいに』『風・2』『満月をしも』『涙』『私がさびしいのは』の14篇。

 

 いつものように朗読の後の感想を語って行くのだが、いつもより時間の経過が早く感じられるほど、みなさんの意見が積極的に交わされて言った。時間が不足で生涯に関するPippoさんの説明の後半はかなりの駆け足となった。

 

 どれもが印象深い作品である。その中でもいくつか印象に残る部分を挙げておく。『位置』の第3連「無防備の空がついに撓み/正午の弓となる位置で/君は呼吸し/挨拶せよ」、『葬式列車』の冒頭「なんという駅を出発して来たのか/もう誰も覚えていない/ただ いつも右側は真昼で/左側は真夜中のふしぎな国を/汽車ははしりつづけている」、『花であること』の冒頭「花であることでしか/拮抗できない外部というものが/なければならぬ」、『礼節』の最初の1行「いまは死者がとむらうときだ」等、キリがなくなるのでここまでにする。

 

 私が朗読したのは『自転車にのるクラリモンド』。石原の作品の中では軽やかなリズムを感じさせる作品と言えるかもしれない。「クラリモンド」という名前が繰り返されていく。一種の明るさをも感じさせるかもしれない。しかし、どうしても気になる言葉が心に引っかかる。「そうして目をつぶった/ものがたりがはじまった」という言葉だ、3連目はこれだけ、5連目がこの言葉で始まる。目をつぶったところにしかものがたりが始まらない世界とはどういうことか。現実の世界とものがたりの関係はどうなのだろう。様々なことが頭をよぎる。

 

 最後に読まれた『私がさびしいのは』には、連れ合いのあんじー共々心に刺さって来た。9行の短い詩だが、最後の3行「つまり私が私でないから/ある日とつぜんに/私はさびしいのだ」があまりにも悲しい。抑留のあまりにも過酷な、余人には決して想像できない状況を生きて来た石原吉郎の最後の叫びに聞こえて仕方がない。

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「桜の陰に」ポエトリーカフェ参加の記 第 9期の2(桜と春篇)

 ポエカフェ第9期の2回目は「桜と春」篇でした。30日に開催された定例会からでも3週間異常過ぎてしまいました。大変遅くなりましたが、参加記を残しておきます。「定例会」からでもと書きましたが、同じテーマでその1週前23日には小金井市の「市民がつくる自主講座」でも同じテーマで開催されました。小金井市在住のSさんがPippoさんのポエカフェを小金井でもと招いてくださっての開催でした。こちらは小金井市民が優先の講座ですが、空きがあれば、それ以外でもOKと聞き、歩いていけるところに住んでいる者としては、是非参加しいと連絡したところ、快くOKのご返事をいただき、わくわくしながら連れ合いのあんじーと一緒に参加してきました。ですので、同じテーマの会に2回参加することとなりました。同じ詩人をもう一回というリターンズ以外では初めての経験です。同じテーマといっても、資料は23日と30日では微妙に変更がありました。それにしても人数は23日は50名(うち海外10名)、30日は51名(うち海外10名)と大人数です。一つのテーマで、これだけの資料を作り上げられるPippoさんの力量に改めて敬服です。

 23日のことをまず簡単に触れておきましょう。新潮講座に参加されていた方もおられましたが、定例のポエカフェとは違い、ほとんどの方が初対面の場です。(定例会の参加者は私を含めて3名。)Pippoさんもちょっと緊張気味?だったでしょうか。それでも、自己紹介をしていく中で、次第に場が和んでいきます。会は朗読くじをひいて、朗読するいつものスタイルです。平均年齢は定例よりも高かったと思いますが、みなさん積極的です。

 朗読した詩への感想も最初のうちは少しづつですが、次第に参加者同士のやりとりも増えていきます。好評のうちに、会は終了。その後、主催者のSさんとお話しする機会もありましたが、Sさんの気持ちが伝わってきました。ありがとうございました。これからも、このような形で場が広がっていけたらと思いながらの帰路につきました。

 30日の定例会は、暫くぶりに王子の古書カフェ・くしゃまんべさんでの開催です。いつもより少し早く土曜日の6時から開催ですが、希望者にはポエカフェ後に食事が出ます。(全員残ったようでした)この食事、健康的で美味しい素晴らしいものでした。これを食べられただけでも参加したかいが有るといえるほどでした。

 さて本編ですが、初参加の方も含め、いつも通りの進行です。今回は詩人の生涯の紹介がない分、次々と朗読が進んでいきます。「桜と春」のテーマはありますが、取り上げられている詩あかなり異なる趣を持つものが集められています。くじも1篇だけでなく、複数の詩が記載されていますので、選ぶ方も迷います。

 資料の中から私の印象に残っているものを少しだけ紹介します。資料の掲載順です。高橋元吉「おれは桜を見ない」これは23日、30日両方の会で朗読されました。美しく咲く桜そして、桜を巡る人々に対する元吉の思いが鮮烈に描かれています。朗読はされませんでしたが八木重吉の「豚」は、重吉だいすきの私にとっては外せません。(23日は可能性があったのですが)。丸山薫「病める庭園」。ヨシキリの声を「オトウサンヲキリコロセ/オカアサンヲキリコロセ/ミンナキリコロセ」と聞く作者の心へと思いを向けざるを得ません。菅原克己「花市」。友の死を思いながら妻に花市の美しさを告げる作者。悲しみが込み上げてきます。山崎るり子「春一番」静と動の対比の中に浮かび上がる風景が印象的です。

 最後に自分で朗読した詩をあげておきます。23日はプレヴェールの「カタツムリさん葬式へ行く」(大岡信訳)です。Pippoさんの素晴らしい朗読を知っている身としては、辛いのですが、好きなので選んでしまいました。30日は石垣りん「落花」です。もしかしたらテーマから受ける印象からは一番遠い詩かもしれません。3連目の「さくら、さくら/散るのが美しいとほめ讃えた国に/おちるがいい/花びら/いのち/死の灰」が重く残ります。1954年の作であると聞きます。作者の直面している社会が浮かび上がってきます。

 どうも「桜と春」というテーマから連想される明るい詩ではないものが、多く心に残ったようです。桜の美しさ、春という季節が与える希望は確かにあります。しかし、美しさの陰にある悲しさへと目が行くのはどうしてでしょうか。2回分の資料を目の前にしながら、そんなことを考えています。詩を読む楽しさには、そのようなことも含まれているのでしょう。そして次回28日は石原吉郎篇です。考えることが多くなりそうです。

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「白いドレスに身を包んで」 ポエトリーカフェ参加の記 第 9期の1(エミリー・ディキンソン篇)

 2009年10月に始まったPippoさん主催のポエカフェもついに9期目が始まりました。このような勉強会がこれだけ長く続くこと、大変なことです。常連に新しい方を加えながら、楽しい時間が積み重ねられてきました。そして、これからも楽しい時間が続いていくのは確かです。

 2/24の夕、今回も楽しい時間を過ごす期待とともに、会場の伯剌西爾さんに向かいます。今回の詩人はエミリー・ディキンソンです。1830年生まれのアメリカの女性詩人です。女性が作家活動するなど考えられない時代の詩人です。生涯の途中に南北戦争が起こります。ピューリタンの移住で始まったアメリカもキリスト教の信仰が揺さぶられている時代です。伝統的な信仰を守ろうとする立場から信仰復興運動も起きてきます。様々な変動が起きている時代です。エミリーの生まれ育った街はマサチューセッツ州アマアスト。ボストンから120kmほどの田舎町です。

 若い頃は快活だったエミリーもある時から、白いドレスを着て、自宅にこもるようになります。そのエミリーが残した詩が死後出版され高い評価を受けます。わたしにとっては、名前を聞き、気にはなっていてもしっかり読んだことのない詩人です。少しは読んでからと思い、調べたところ、幾通りもの翻訳が出ています。しかも、翻訳者によってかなりイメージが異なります。

 「わたしの手紙の読み方はこうです/最初は戸に錠をロシ/確かに戸が閉まったか/手で押してみる」エミリー・ディキンソンの詩、作品番号636はこのように始められている。(新倉俊一訳)この詩の最後の2行には「それから天国がないのを嘆くのです/教義が与える「天国」ではなく」tあります。今回のポエカフェで朗読した詩です。

 大切な人からの手紙の読み方わ綴る詩の最後の2行です。信仰復興の大波が寄せ来る時代、周囲の人々が信仰告白しても、頑なとも思えるほどに拒み続けたディキンソンの詩に記された「天国」とはなんだのでしょう。原文は「And sigh for lack of Heaven - but not / The Heaven God bestow」です。かなり踏み込んだ意訳でしょう。神が与えたもう「天国」ではない天国とはなんでしょう。

 この詩に限らず、エミリーの詩にはキリスト教的な用語、表現が当たり前のように出てきます。そのせいでしょうか、会の開始そうそう、Pippoさんからキリスト教のことについてはペンギンさんに助けてもらいますという意味の発言があり、適切に話せるかドキドキでしたが、気がつけば結構話していました。少しはお役にたてたでしょうか。短い言葉で綴られ、独特な表記もあるエミリーの詩。そこから浮かび上がってくる世界は、一筋縄で行きません。彼女の信仰についても参加者の方から質問がありましたが、作品から読み取るには限界があり、「分からない」というのが正直なところです。

 また、英米文学の翻訳を志している方も参加しておられ、翻訳の仕方も随分と話題になりました。翻訳が多様なだけに、理解の上で大きな助けになりました。わたしが朗読した詩についても、参考になるお話を聞くことができ助けられました。

 キリスト教的な背景の詩だけがエミリーの詩ではありません。自然の描写の美しさも心に残ります。作品219の最初の連には「彼女はあやなす色の箒で掃く-/そしてこまぎれを残していく-/ねえ夕方の西空のおかみさん-/戻ってきて、池も掃除して長大な!」(亀井俊介訳)とあります。

 それでも気になるのです。白いドレスを着て自宅だけで過ごした彼女の生き方が。そのドレスで何を伝えたかったのだろうと考えてしまいます。自尊心が強く、詩に溢れていたエミリー。ピューリタンの文化の中で育ちながら、自分を取り巻く人々の信仰には同調できなかったエミリー。彼女の葛藤を思わざるを得ません。

 ポエカフェから2週間が過ぎた今も、彼女のことが気になっています。一昨日、図書館に行く機会があったので『エミリー・ディキンソン-わたしは可能性に住んでいる-』(岩田典子著)を借りてきました。少しずつでも親しめたらと思っています。最後になりましたが、古書ますく堂さんのブログも是非ご参照ください。

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「アンソロジーの宴」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の9(秋・冬篇)

 10月28日に開催されたポエカフェは一人の詩人を取り上げるのではなく、《秋》と《冬》にちなんだ詩を集めてのアンソロジーの回でした。会場もいつもの神田伯剌西爾さんではなく、東武東上線下赤塚駅前の山小屋風喫茶店「ヒュッテ」さん。基本的に月一回の歌声喫茶イベントと火曜日午後の短い時間のみの営業とのことですが、なんとも素敵なお店でした。黒澤監督の映画の美術に関わっていた方の設計とのこと。もし近くにあって普通に営業なさっていたら入り浸りそうなお店です。ポエカフェ常連のMさんの紹介とのこと。Mさん、ありがとうございます!

 さて、Pippoさんが絞るのに苦労したと言われた資料には、《秋》に26人(うち海外5人)、《冬》29人(うち海外12人)という多さです(18ページ!)。朗読くじで朗読された詩人は全部で20人。読まれなかった詩人の方がはるかに多いという結果になりましたが、この資料、秋と冬にちなんだ詩の資料として得難いものとなっていると思います。これまでのポエカフェで取り上げられた詩人だけでなく、現代の詩人まで網羅されているのですから。朗読くじで読まれたのは秋から9篇、冬から11篇と良いバランスだったと思います。。Pippoさんのくじの作り方がよかったのでしょう。その中の詩人の関係者がお二人も参加してくださったことも、嬉しいことでした。吉原幸子さんのご子息と田中冬二さんのお孫さんです。ポエカフェの広がりの力でしょうか。

 

 それでは朗読された詩人たちのお名前だけでも紹介しましょう。資料の掲載順です。高橋元吉、八木重吉、佐藤春夫、草野心平、岸田衿子、高良留美子、矢沢宰、ゲーテ、エミリ・ディキンスン(ここまでが秋篇)、田中冬二、竹中郁、伊藤整、中原中也、石垣りん、吉原幸子、シュトルム、マヤコーフスキー、ウンガレッティ、ロラン・バルト、パウル・ツェラン(以上冬篇)。

 ほんとうに多彩です。一つのくじには何人かの詩人があげられているので、朗読者の選択で読まれる詩人が決まります。朗読された皆さんの感想も色とりどりで、ハッとしたり頷いたり、今回のようなアンソロジーの回の面白さを堪能する機会となりました。楽しさの中、豊かな詩の宴はあっという間に過ぎ去って行きました。

 私は八木重吉を朗読しました。最初は別のくじだったのですが、Pippoさんから回ってきました。大好きな八木重吉なのですが、朗読するとなると、これ程難しい詩人も少ないのではと思わされるのが八木重吉です。ちなみに詩は「素朴な琴」です。短いので引用しましょう。「この明るさのなかへ/ひとつの素朴な琴をおけば/秋の美しさに耐えかね/琴はしずかに鳴りいだすだろう」八木重吉はこのような琴でありたかったのではと思いつつ朗読しましたがが…。

 朗読された中で印象に残っている詩をいくつかあげておきます。まずは、パウル・ツェランの「入れかわる鍵で」です。最近ツェランの詩を読んでいるのですが、この詩が取り上げられてことは嬉しさと驚きでした。「言葉の雪」という表現に惹きつけられます。ツェランにとっての「言葉」とはと考えさせられます。草野心平の「秋の夜の会話」もあげておきましょう。『第百階級』冒頭の詩ですが、何度読んでも聞いても、心に残ります。もう一つ、矢沢宰の「秋」。「体の透きとおる人をだけ/そおっと淋しくなでるのだ」が沁み入ってきます。伊藤整の「冬の詩」、これはPippoさんの朗読。さすがの朗読です。そして、ウンガレッティ「クリスマス」も。「いいから/放っておいてくれ/片隅に/置き/忘れられた/家具/と同じに」翻訳ですが、この改行のされ方が気にあって仕方がありません。

 どうやら際限がなくなりそうです。朗読されなかった詩人の中で、みなさんの感想を聞いてみたかった詩人もあげておきます。原民喜、滝口雅子、草野天平、吉本隆明、ピエール・ルヴェルディ、こちらも全部あげてしまいそうです…。今回の資料、あまり読んだことのない詩人も含まれていましたので、これを機会に少しずつ読んでいきたいと思っています。

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「密度と香りの中に」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の8(大手拓次篇)

 だいぶ遅くなりましたが、9/16に開催されたポエカフェ大手拓次篇の参加記を残しておきます。ポエカフェ翌日には古書ますく堂さんが拓次の生涯も含めて今回もブログに楽しくまとめてくださっていますので、今更とは思いますが、お付き合いください。

 大手拓次が取り上げられるのは2012年5月に続いて2回目になります。(前回の参加記はこちら)前回は参加された方々から「とにかくかゆい!!」「アリが全身を這っているようだ」「くどい」「しつこい」「分かったから!」「お腹一杯!!」という声が飛び出した拓次。前回も参加されていた方は、私の他にはお二人だけ?ですが、今回はどのような感想が飛び出すのだろうと期待しつつの参加です。

 北原白秋と萩原朔太郎によって作られた「伝説」に長い間包まれていた大手拓次。今夏に復刊された原子朗編岩波文庫版の編者による「解説」で、伝説と拓次の実像が異なることが指摘されていますので、伝説からは解放されているようですが、拓次の詩の世界の独特さは変わることなく、読む者に様々な反応を引き起さずにはいられないようです。前回に劣らず皆さんの感想が飛び交ったせいでしょうか、今回も気がつけば終わりの時刻が迫っていました。

 2400篇と言われる膨大な作品を残した拓次。室生犀星、萩原朔太郎とともに白秋の三羽烏と言われるにも関わらず、生前には1冊の詩集も出せなかった拓次。真面目な勤め人という側面をも併せ持つ拓次。社交的でなかった拓次。47歳で亡くなった拓次。拓次の生涯は、様々な事を考えさせます。

 伝説からは解放されたといっても、香りが大好きで、多くの香料を集め部屋においていたという拓次にふさわしく、彼の作品世界からは、あまりにも独特な香りが匂い立ってきます。今回の資料に挙げられた作品は初期詩篇から昭和7年の作品に加えて翻訳もあります。

 そんな中で朗読くじで引き当てたのは「香水の表情に就いて~漫談的無駄話~」抄でした。拓次が勤めていたライオン歯磨の広報誌に掲載されたもののようです。くじには他の詩もあって選ぶようになっていましたが、敢えてこれを朗読しました。香水大好きな拓次による25種の「感じ」が挙げられています。それを鍵にして香水を選ぶようにという文なのですが、香水にこれだけの「感じ」を当てあめられるのは驚異の一言です。この25種の「感じ」は、青空文庫にこの作品が所収されていますので、ご覧になることをおすすめしておきます。それにしても、香水の「感じ」にこれだけの表現を与える感性の豊かさに圧倒されます。しかも図解付きです!これあればこその拓次の詩ではと思い、これを選びました。

 今回の資料も含めて、拓次の詩を読んで行くときに感じるのは言葉の密度の高さです。その密度の前に私は怯んでしまうこともありました。読む者を惹きつけると同時に、その密度のゆえに拒む言葉ともなっているように思うのです。

 ポエカフェ前、ポエカフェ後、拓次の詩を読み続けています。いまも、出かけるときには原子朗編の岩波文庫版の詩集を入れています。読みながら、ときにメモをとっています。そこから一部を書き写します。

「官能的言葉の密度。彼の言葉の住人とはなれない。外から彼の世界を恐々と覗くだけ。」

「音・光・熱の重層する世界」

「漢字のつながり、ひらがなの惑わし」

共通するのは、濃密な言葉が産み出す世界に戸惑っている私です。

 その濃密な世界がときに、前回のときに言われた「かゆい」というような言葉に繋がるのかも知れません。真面目に勤め人としての日々を過ごしていた拓次にとって、自らの産み出す詩の世界こそがリアルな世界だったのではとも思います。岩波文庫の編者解説にも「詩は不抜のとりでだった」とありますが、読み進めるにつれ、その感が増しこそすれ減ることはありませんでした。

 拒まれるように感じながらも、離れられなくなっています。口語自由詩が作られるようになった、ごく初期に、これだけの言葉を駆使して詩を作り続けた拓次に、もっと光が当てられたらと思いながら読んでいます。

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