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2009年10月

詩を読むことで

最近、詩を読む時間が増えました。
読みながら、直接、その詩に関係はなくても、いろいろな思いが浮かびます。
頭に?心に?

ノートをとるようになりました。
そんな中から、ひとつだけ。
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詩は私の願いだった。
近くありたいと思いながら
今ひとつ近よれないものだった。
ひとりの人の朗読が、少し近くしてくれた。
詩人本人の声のすばらしさ、
朗読に長けた詩人の声、
いずれもすばらしい。
けれど、それでも距離は残る。
詩を愛する人の声が、私に、
その距離を小さくする。

詩とは何だろう
「存在」という人がいる。
自分の存在に遠かった自分がいる。
詩が近くなる時
自分も自分に近くなると
この歳にして思う。
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ちなみに、この時読んでいたのは、「レモンとねずみ」(石垣りん)でした。

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詩集

最近読んだ詩集2冊。
○レモンとねずみ
 石垣りん  童話屋 2008-04
 石垣りんさんが亡くなられた後に出されたもの。生前に詩集として出版されたものは読んでいたが、うかつにもこの本には気がついていなかった。図書館の棚を眺めていた時に目に飛び込んで来た。
かつて現代詩手帖にご本人の朗読がはいったCDがついていた。その声を思いながら読んだ。柔らかくも重みのあることばがしみ込んでくる。

○声の生地
 鈴木志郎康 書肆山田 2008-04
 これも図書館の棚で見つけた詩集。
 あとがきの冒頭部分を引用しておく。

 “この詩集の題名『声の生地』は「こえのきじ」と読んでほしいと思っていたが、「こえのせいち」とも読めると言われて、それでもいいという気がしてきて、「きじ」と「せいち」が重なって、詩集に収めた詩を全体的に引き受けてくれるように思えてきた。声は独自なものだ。その独自な声を持って人は生きている。わたしは自分の身体や考え方の独自なところにこだわって生きてきた。いやんなっちゃうこともあったが、それを受け入れて木を取り直してきた。その辺りのことですね。”
 
 饒舌であって余計でない言葉が迫ってくる。

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「てふてふ 二匹目」を聴いて

今回も、前回の続きで、Pippoさんの朗読についてです。

八木重吉を含た朗読CD「てふてふ 二匹目」を聴きました。
八木重吉の朗読に心惹かれて、通販開始当日に申込、さきほど届いたのでさっそく聴きました。

Pippoさんの声で新しいいのちを与えられたことばが心にしみこんできます。
朗読者の思いが前に出るのではなく。
「いっさいの自我が消え去りますように」という思いをもってのPippoさんの録音。
そこには、詩のことばへの限りない信頼があるのでしょうか。

カヒロさんの音楽も素敵です。
個人的には山村暮鳥のものが一番です。

聴いたばかりの第1印象です。

宝物がひとつ増えました。
Pippoさん。カヒロさん。ありがとうございます。

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