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野田真吉詩集「奈落転々」

 しばらく更新してませんでしたが、その間に、一冊の詩集との出会いがありました。以下の本です。

○野田真吉詩集 奈落転々
 野田真吉 創樹社 1978-01

 ここに風狂と自らを称しつつ世界と対峙し続ける人間がいる。
 映像の世界に長く身をおき、ながら詩の世界に戻ってきた詩人。
 戻ってきたのではなく、彼の中には常に詩があったのだろう。
 それは詩の中に映像があるのと同じように。
 若いころから独自の眼をもって世界と向き合おうとしていた詩人は
 徴兵という体験を通し、するどい眼を鍛え上げてきた。
 徴兵によって詩を中断した「いさぎよさ」は
 「風狂の独楽」であり続け、
 「極楽とんぼ」であり続ける生き方へと変わった。
 「いさぎよさ」の別の形。
 「竹の長い箸」を削り続け、「流木を蹴り」つづける真吉の姿。
 渇ききった世界に向かい、そこから逃げることなく
 言葉の爆弾で、その風景を突き破ろうとする詩人がいる。
  (映像でもそうであったのか?)
 自分の眼をつぶして見ようとする世界とは。
 素朴画家を思わせるという評を受ける詩のスタイル
 しかし、そこに真吉の生きる姿がある。
 なにものにも揺るがされてはならないという生きる姿が。
 「風狂の独楽」の姿が。

 *この詩集は著者62歳の時の第一詩集。若い時に詩を書いていたのだが、徴兵されたのを期に中断し、50代後半になって詩作を再開、この詩集を発行したということです。第一部「奈落転々」がほぼ1974年以降、第二部「同床異夢」は若い頃の作品です。野田真吉についてはぴっぽさんのブログで紹介されています。「奈落転々」の中から「風狂 数かぞえ」が、掲載されています。ぜひご覧下さい。私にこの詩集を読むきっかけと機会を与えてくださったぴっぽさんに感謝です。

 

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コメント

ほんとにそうですね...戦争で詩筆を迷うことなく折った、いさぎよさ。生の形、と詩のことばに矛盾をもちたくない、という真吉の、詩への態度に、ハッとしました。でも、ふたたび、彼が詩に向かい、かきはじめて、この詩集をのこしてくれたことに。なんだか、彼の詩への意味、生への意味をつよくかんじとります。ペンギンさんとこのような話できて、とてもうれしいです。

投稿: Pippo | 2010年1月 7日 (木) 21時06分

コメントありがとうございます。真吉が詩に戻ってきてくれたこと、ほんとうに大きなことだと思います。映像とは別に彼にとって詩という形でしか伝えられないものがあったのだと思います。これからもすばらしい詩人を教えてください。

投稿: グレアムペンギン | 2010年1月 7日 (木) 21時35分

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