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「戦後民主主義と少女漫画」について

飯沢耕太郎さんの「戦後民主主義と少女漫画」(PHP研究所)について、以前に「社会への違和感を表出する漫画の系譜とは」というコメントだけを書いておいた。そして(書くべきことが多すぎる気がする。あらためて書きます)とも書いていた。それからしばらく経ってしまったが、やはり少しは書いておきたい。
 巻末に付された「名作一覧」の中であげられている大島弓子、萩尾望都、岡田史子、三原順、山岸涼子、吉田秋生、坂田靖子、川原泉、みななじみ深い名前だ。それ以外の作家も80年代なかばまでならだいたい分かる。70年代に入って少年漫画が輝きを失って行く中で、少女漫画は輝きを増して行った。私は少女漫画の世界に虜になって行った。
 なぜそれほどにと思うほどだったが、それが飯沢さんのいう「少女原理」への共感だったのではと今にして思う。飯沢さんは、「少女原理」ということばの中に戦後民主主義が取りこぼしてきたものを見ている。このことに私は「直感的に」同意してしまう。それは自分の中に飯沢さんのいう「少女原理」があるからかもしれない。「少女漫画」と「戦後民主主義」を結びつけた飯沢さんの視点に驚くと同時に、この見方があったのかと考えさせられた。
 飯沢さんは最後にHIROMIXの以下のことばを引用している。
  「いかに純粋性を残しつつ社会に参加するか、
   少しでもシステムを変えていくという作業を
   出来るかということが大切なのだ。」
 当たり前とされているシステムに違和感を感じることを大切にするところからこれは始まると思う。「少女原理」という言葉で飯沢さんが語りたかったものを受け止めたい。
 同時に、「少女漫画」だけでなく、以前のコメントにでも書いたように、この感覚をもっていた漫画家は「少女漫画家」だけではないようにも思える。今、私の頭をよぎるのは「永嶋慎二」。実は、この本を読みながら「永嶋慎二」の名前が何度も浮かんだ。どのように結びつくか、まだ整理はできていないが、宿題かな?

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