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活発な暗闇のこと

○活発な暗闇
 江国香織編 いそっぷ社 2003-04

 この本に関しては、前回のブログで「『たぶんかなり無秩序な、無論ひどく偏った、でもどう見ても力強いアンソロジーです。力強すぎるかもしれません。』(江國香織)この編者の言葉で言い尽くされているように思える。」と書きました。たしかにそうなのですが、それでもまだ何かひっかかるものがあって、どうしてと考えていました。もう少しだけ思ったことを書いておきます。

 この本を知ったのは、岐阜でインターネット古書店をなさっている徒然舍さんのツイッターででした。(照徒然舍さんのブログはこちら)興味をひかれてさっそく図書館で借りてきたのでした。その本の最初に置かれていたのが先に引用した編者である江國さんの言葉です。全体を一読して、納得のことばでした、
 それにしても、この題名「活発な暗闇」とは?暗闇が活発ってどういうことと、ひっかかってしまいました。ここには、江國さんの目で選ばれた59の詩が三部に分けて集められています。詩人は37人。日本人だけでなく海外の詩人も多く取り上げられ、ヴァラエティー豊かです。江國さんはこれらの詩を「可笑しみのあるもの、弱っちい感じのするもの、軽やかなもの、明晰なもの、遠くにつれていってくれるもの、勇ましいもの、の集まり」と記しています(巻末におかれた「活発な暗闇のこと」の中で)

 そんなアンソロジーに「活発な暗闇」という題名です。江國さんは今引用した言葉のすぐ後に「暗闇を恐れなくていい、と教えてくれたのは書物でした。考えてみればそれは道理で、書物というのは皆、暗闇の住人なのでした。そしてこれは無論地図ではなく、暗闇でまたたくものをコレクションしたささやかな一冊にすぎません。」と記しています。ここに暗闇がでてきます。
 暗闇を抱えて生きる人間の生み出す書物ゆえに、本は暗闇に属するのかと思いました。その暗闇を抱えながら光を見つけよう、ないしは生みだそうとする人間の営みの結果としての書物(ここでは詩)があるのかとも。それゆえにそれが「暗闇でまたたくもの」なのでしょうか。

 ここに集められた詩の背後に、一人一人の詩人の人生があります。ここに集められているのは人生と向き合った人々の詩と言えるように思えます。神を信じつつ若くして亡くなった者もいれば、自ら命を絶った者もいます。でも、ここにおさめられた詩の中で、それぞれが生きようとしていると思うのです。それゆえの「力強さ」ではないかとも...。
 アンソロジーは、そこにおさめられた詩人の世界を通しての編者の世界とも言えるのではないでしょうか。ここには、編者である江國香織さんの世界が明確にあります。それが最初に引用した冒頭のことばとなっているのでしょう。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

活発な暗闇。わたしもよく、闇というものを考えます。ひとはおのれの闇のなかで、葛藤したり、思案したり、苦しんだり、喜んだり、悲しんだりしていて。ひとりの人間のなしうることは、いつでも小さいことかもしれないけれど。その想いは、とても深くはかりしれないのだと思うのです。
闇が活発にうごくとき、詩が、言葉がうまれるのかなぁ、とペンギンさんのことばをよみ、おもいました。
ps
わたしも徒然舎さんより、名古屋でかいました。
まだよめてないのですが、よむのが楽しみです。

投稿: pippo | 2010年4月20日 (火) 22時23分

Pippoさんへ
コメントありがとうございます。「闇が活発にうごくとき、詩が、言葉がうまれるのかなぁ、」私もそう思います。抱えている闇との関わり方が、その人のことばに映し出されるのではとも。
お読みになったら、感想聞かせてください。

投稿: グレアムペンギン | 2010年4月20日 (火) 23時19分

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