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ポエトリーカフェ参加の記7(金子光晴)

 今回もポエトリーカフェ参加記でのブログ更新となった。今度こそ、間に読書メモをと思っていたのだが...。Pippoさんの主催するポエトリーカフェ(以下、ポエカフェ。詳細はこちら。)も第1期は今回を含めて残り2回となった。東京ポエカフェも鎌倉での開催を含めると12回になるが、気がつけば、そのうち7回も参加していた。申込開始時刻になりしだい、申込のメールを送るということにも慣れ、すっかり私の生活サイクルに入っている。還暦が視野に入ってきた年齢になって、これほど詩を読むことになるとは1年前には想像していなかったのだが。

 さて、今回のポエカフェ、開始時刻が予定より大幅に遅れた。それは、人身事故(悲しい言葉だ)により、中央線が止まり、何人もの方が間に合わなかったためだった。私も、あと二本遅い電車だったら間に合っていなかっただろう。ちょっと早く着いて腹ごしらえをして店を出ると、ホーム直前で止まっている電車が!どうなるだろうと思いつつ会場に向った。

 案の定、何人かが間に合わず、やむを得ず正午の開始予定から1時間近く遅れて始めることとなった。待つ間にも、持ってきた本を見せたり、会場となった店の様子を話したり、それなりに楽しい時間が過ぎていく。今回新しく参加された方には、この時間を使ってポエカフェの説明をするPippoさん。会場を使用できるのが2時までなので、その後は場所を移すことにし、ほとんどの方がそろったところで開始した。

 長生きされている上に、エピソード、作品ともに多い金子光晴のこと、Pippoさんの説明も大変だなと思っていたが、生涯については、何とか1時間で収まった。しかし、配布された資料を見ると、もう少し話したいことがあったのでは?と思う。それでも、11篇の詩が紹介された(長いものは抜粋で)。いつもながら、Pippoさんの朗読は詩のことばが心にすっと入ってくる。これもポエカフェの大きな楽しみ。

 2時を過ぎて場所を荻窪の南、太田黒公園にうつす。素敵な日本庭園の中にある東屋を占拠しての2次ポエカフェだ。たまにはこんな空間でもポエカフェも良いなと思いつつ、参加者の方々の金子光晴についての発言を聞いていく。残念ながらここに来られない方もおられたのだが、皆さんそれぞれの発言にいろいろな発見があり、楽しい時間となった。時に、背後で鯉のはねる水音もまたよいもの。

 この場所で、Pippoさんが金子光晴の写真集を見せてくださった。荻窪や吉祥寺界隈での写真に、知っている場所や見覚えのある風景もあり、金子光晴が、より身近に感じられる。写真であっても詩人の風貌に接することで、味わいが深まるようにも思える。

 今回のポエカフェに向けて、金子光晴の詩をまとめて読み、またポエカフェを通して感じたことを以下に記す。詩について経験浅く、金子光晴の詩をまとめて読んだのも、もちろん初めて。見当違いな点はご容赦いただきたい。

 最初に衝撃を受けたのは詩集「鮫」に代表される、戦前の日本社会の体制への批判が込められた詩だ。たしかに幾重にも鍵がかけられ、直接的な批判表現がされていないとはいえ、読む者がそれなりの目をもっていれば分かるものである。この姿勢を貫いていく詩人の姿勢の背後に何があったのか考えさせられる。(参加者の方からも、この点が指摘されていた。) 

 幼いころからの性的な体験を含めた成長の過程に、権威に対する独自の目が養われていったということもできるかもしれない。また、東南アジアや中国を放浪どうように旅していく中で出会った出来事が深く影響しているということもできるであろう。しかし、それらの経験だけなのだろうか。私には疑問は残っている。

 1917年ごろに書かれた「反対」という詩の末尾には次のようにある。

  僕は信じる。反対こそ、人生で
  唯一つ立派なことだと。
  反対こそ、生きてることだ。
  反対こそ、じぶんをつかむことだ。
           (岩波文庫『金子光晴詩集』より)

また、1952年に出された詩集『人間の悲劇』の中No.5の冒頭には以下のことばがある。詩人の生涯をつらぬいている姿勢の一端が示された言葉ではないだろうか。

  正しい意見とされてゐるものを、吾人はよくよく警戒しなければならない。
  正しい意見はその正しさにもたれる重力でゆがみ、決してくるふはずではなかった方角へ外れがちなのだ。
            (筑摩書房『定本金子光晴全詩集』より)

 それにしても、詩の1篇1篇を読んでいくとき、ひとつひとつの言葉の強さに圧倒される思いがした。読む者を圧倒するエネルギーが満ちている。人間のすべてを認め、丸呑みにした上で出されてくることばの力に圧倒されたといえるだろう。汚いとされるものを描いても、決して汚くならない金子光晴のことばのすごさがある。

 思いつくままに書いていけばいくらでもでてきそうな金子光晴への思い。それも金子光晴のエネルギーがそうさせるのだろう。今回、まとめて読む中で、ノートにメモをとっていったが、今のところ、自分の中での金子光晴をあらわすことばは、「徹底したニヒリストでありヒューマニストであった」ということになるようだ。

 一見、両極に見えるものを抱え込んだ詩人が金子光晴なのではないか。とはいえ、この2つ、両極に見えて決してそうではないと思う。ヒューマニストであることを徹底していく先にはニヒリズムが当然待ち受けていると思うからだ。『人間の悲劇』の中、No.1の最後に近い部分には「全く人間にあいそをつかしたときだけ、かへって人間は、同胞にみえる。」とある。このような詩人の生き様が、晩年に出された詩集『IL』に出てくるキリストの姿に結びついていくのではないだろうか。

 金子光晴のエネルギーは、読む者にもエネルギーを要求するかのようだ。あまりに密着して読むのは避けた方がよいのかとさえ思う。それはひとつひとつのことばを通して、詩人が読む者に迫ってくるからだ。とりあえず、ゆっくり、くりかえし読むことにしよう。

 

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