« 2011年4月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月

ポエトリーカフェ参加の記 第2期の2 (村野四郎)

 5月28日に行われた、Pippoさん主催のポエトリーカフェ(以下ポエカフェ)に、参加した。会場は前回と同じ「ちめんかのや」さん。ギャラリースペースを使用させていただく。椅子の数が少ないので、板の間にクッションをしいて大半の参加者がすわることとなる。この雰囲気もリラックスできてよい。(毎回、クッションを用意するPippoさんカヒロさんは大変かも?ですが)

 今回はポエカフェ第2期第2回だが、ポエカフェ通算16回目にして、はじめてのことが起った。開始時点でPippoさん以外、全員が男性という事態。途中で、ひとり女性が参加されたが、何がこのような現象を起こさせたのだろう。募集途中に、Pippoさんも男性率がやたら高いとTwitterでつぶやいていたのだが、目の当たりにしてびっくりだった。村野四郎という詩人がそうさせるのだろうか?Pippoさんも村野四郎が大好きという女性に会ったことがないとつぶやいていたと記憶しているが…。

 年齢層は広いが、ちょっと異様?な光景をもって始まった今回のポエカフェ。いつも通りPippoさんによる、詩人の生涯の紹介とともに、間で作品が朗読されていく。今回も、前回に続いて朗読のいくつかは、参加者全員にくじびきで割り振られる。初めての作品を朗読される方も居る、このくじだが、前回やってみて、いい試みと思った。朗読の技術を競うのではなく,自分にわたされた詩をその場で声に出してみることで、ただ目で追うときには得られない、感覚を味わえると思う。自分で気づくところも多いと同時に、他の参加者さんたちの朗読を聴くのも楽しい。(これから参加をかんがえておられる方で朗読はと思われる方がいたら、決して心配ないと申し上げておきたい。)

 また、途中で、新しい方からの質問をきっかけに、それぞれが好きな詩人や暗唱している詩を披露する時間があったが、それぞれに個性を発揮する楽しい時間となった。(突然、歌い出す方も)

 さて、くじで私があたったのは「実在の岸辺」所収の『黒い歌』だった。「実在の岸辺」は1952年刊行の第7詩集だ。1939年に刊行された第2詩集「体操詩集」以後、戦争の時期を経て、実存主義に出会ったのちのはじめての詩集という。新即物主義による「体操詩集」とは、おおきく異なる世界がある。(この新即物主義にも、とても興味をそそられる)

 実は、今回の募集の直前に「体操詩集」と「実在の岸辺」が収められ、「体操詩集」という題で2004年に刊行されていた詩集を借りて読んでいた。そのとき、この2つの詩集からうける感覚の違いにとまどっていた。その後、この詩集の間に、戦争があり、その中で苦悩する村野四郎がいたことを知った。1945年刊行の第5詩集「故園の菫」では自らの詩を「愛国詩」と言っている。しかし、そこに収められた詩は、「愛国詩」という言葉から受けるイメージと一致するものではないだろう。

 そこでの『黒い歌』だ。正直、今回朗読するまで、この詩をどう受け止めたら良いのかとまどっていた。しかし、今回朗読してみて、これは詩人が新しい道へ踏み出そうとする決意の歌であると同時に、後の詩に比べると、まだその道へ踏み出したばかりゆえの、ゆらぎというようなものを感じた。世界とどう向き合うかを自らに問い続ける詩人の、その時点での思いが込められた詩として、受け止めさせてもらった。

 ポエカフェ後、村野四郎が第11回読売文学賞を受賞した「亡羊記」の後書を読み返している。そこには「徹底したニヒリズムの底から湧き上がる積極性こそ、信じられる一つの力」とある。この時期の詩には、そこに立ち続ける者としての強さをとても感じる。(村野四郎のこのような強さは、もしかするとファンに女性が少ないというところに結びつくかもしれないなどと思ったりもするが…。)

 そのような村野四郎の最後の時期の詩として『御回診 東京N病院にて』が紹介された。そこに、それまでの強さとは異質なものがあるように感じるのは、私だけではないだろう。この詩人の強さとの関係で、この詩が気にかかっている。

 ここまで書いてきて思うのだが、村野四郎という詩人は、私に多くのことを考えるきっかけを投げ続けていてくれるようだ。それは、Pippoさんが委員長の近代詩復興委員会 貧しき信徒支部長(八木重吉担当)の私にとって、大きな意味を持つようにも思える。

 最後になりますが、告知を一つさせてください。Pippoさん編集の詩冊子「ぼん・くらーじゅ」が刊行されました。震災をきっかけに誕生した、冊子です。くわしくは、こちらをご覧頂き、ぜひ手に取っていただきたいと思います。(私も八木重吉の詩『石』を紹介しました。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年7月 »