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2011年9月

ことばが渡されて ポエトリーステージ第2夜

 「ちめんかのや」さんの2階ギャラリーに響き渡る「いんちき手回しオルガン」の音。弾きながら歌うは、オグラさん。背後からの照明に、オグラさんの表情は見えにくい。しかし、いんちき手回しオルガンのリズムに乗り、いっきに会場はオグラさんの世界となった。Pippoさん主催のポエトリーステージ第2夜の開始だ。(第1夜の様子はこちら

 オグラさんの歌を聴くのは2回目。前回は「あいおいの里」でのイベントの時。その時は相生の里におられる高齢の方々もおられ、なつかしい唱歌や歌謡曲もあった。その時は、ご高齢の方々とのやりとりが、とても楽しい時間を作りだしていた。

 今回は、オリジナルの曲。照明が明るくなる中、途中から風変わりなギター(胴が桶?)に持ちかえる。MCを挟みながら、歌は続く。その中で、「希望をかんたんに歌いすぎる」という言葉が残る。その後に歌われた「光と闇」とをテーマにした曲に考えさせられる。楽しくちょっと考えさせる第1部は、あっという間に終わる。

 第3部のトークの時に披露されたケータイ写真詩も意外な?好評。オグラさん本人もびっくり。あいおいの里での時も聞いたが、会場の反応がまったく違う。もりさがる?場合も多いというが、オグラさんが言うように、聴衆のことばへの感覚の違いか。オグラさん、Pippoさんとのトークでの話を聞いていても、ことばのミュージシャンだなと思う。どんなリズムやメロディーでも、ことばが伝わってくる。

 第2部のPippoさん、今回は朗読だけでなく、自作の歌も披露。しばらくぶりに、生でPippoさんの歌のステージを見た。詩の朗読の時とちがう、ふしぎなオーラを漂わせながら歌うPippoさん。最近は詩の活動が中心となっているが、歌姫としての活動ももっと見たいというのは贅沢な願いだろうか。

 詩の朗読は、新作も含めて、進められる。あらためて思うのは、「詩のことば」をそっと手渡してくれる朗読ということ。朗読という器に大切に盛られた詩のことば。渡された「ことば」が自分の中で広がっていく。尾形亀之助の詩につけられたカヒロさんの新作のSEが、とても効果的だった。ことばを印象に残す音だと思う。
 楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。本来は最後に予定されていた二人それぞれの曲を、時間の都合でトークの途中に挟みむということになった。オグラさんとPippoさんの組み合わせ、とても面白い。二人いっしょのステージをまた見てみたい。

 最後になったが、Pippoさんがトークの途中で披露した「風の子保育室」。妻の勤務さきの保育園の園歌だが、園長の歌詞を生かしてくださったカヒロさんの補作詞と曲、そしてPippoさんの歌に心より感謝したい。

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ポエトリーカフェ参加の記 第2期の5 (村山槐多)

 「読んでいて気持悪くなった」。これが今回のポエカフェでもっとも印象に残ったことばだった。発言したのは何回もポエカフェに参加し、北園克枝で好きで、みずからも詩を書いている青年。120年前に建てられた煉瓦の蔵の二階で、村山槐多をめぐっての濃密な時間が流れて行く中で、槐多の熱が伝わったかのように、発言にも熱さが加わっていた。その中で、作品を朗読後の一言だった。(Pippoさんのブログには、上記の発言をした青年がポエカフェ後によせた、槐多の作品についての考えが載せられている。ぜひ、読んで頂きたい。)

 たしかに「すんなり」と読ませない何かを槐多の作品に感じていた。渋谷の松涛美術館で、槐多の展示を見たことがある。槐多の絵画の前に立つ時、いつの間にか、一枚一枚の絵と全力で向き合っている自分がいた。若い頃、海外からの有名な画家の作品が来た時、意識的に、そのようにしていた時があった。そのような見方はものすごエネルギーを要求してくる。槐多の作品の前で、気がつくとそのような見方をしていた。槐多の作品には、そのように見させる力が漲っていた。

 ポエカフェ前にまとめて槐多の詩を読んだ時、その感覚を思った。絵以上に、読み手にもエネルギーを要求する作品に思えた。草野心平は槐多の詩について「槐多の全試作品の80パーセントは失敗に終っている。」と記している。しかし「そういう失敗作にも興味を感じさせるのは、ポエム以前のポエジイが、槐多の場合特に強烈だったことによるのであって...」とも記している。(草野心平『村山槐多』日動出版部 1976)

 槐多のポエジィの強烈さは、そこに槐多のその時点での押さえきれないエネルギーの噴出としてあるからだろう。彼の詩には、そのエネルギーがある意味、未整理なままで残されているように思う。絵画の場合、槐多はより自覚的に自分から出て来るものを表現するために、整えているようにも思える。ガランスのもたらす強烈な表現が見る者を驚かすが、それでも絵画として成立させようとする槐多がいる。

 ポエカフェで配布された資料に引用された槐多の詩の多くが、部分であった。しかし、それで一編の詩として成立しているとも言えるものでもある。それは、槐多の詩が絵画に比べて未整理の部分を多く持つゆえではないかと感じている。自分の内側から突き上げて来るものをそのままことばとして定着させていったという一面があるように思う。それが、先に触れた草野心平の評価にもつながるように思える。

 槐多の詩は、紙の上に叩き付けられた、槐多の生。それゆえに、それを読む者に、さらっと読み過ごすことを許さないものがあるのだろう。いや、立ち止まらせ、全力で向き合うことを要求している。だからこそ、それに気がつく時、ときに「気持が悪くなる」という感想さえ持たせることになるのだろう。

 詩人そして画家の村山槐多。あまりにも多くのことを考えさせる存在。これからも私から離れてくれそうにない。彼は、まだまだいろいろなことをぶつけてくれるだろう。それと真っ正面から向き合いたいと思わせる存在だ。

 最後に今回いちばん印象に残った詩を引用しておく。死を避けられないものとして認識した時のものだ。

    「死の遊び」
   死と私は遊ぶ様になった
   青ざめつつ息はづませつ伏しまろびつ
   死と日もすがら遊びくるふ
   美しい天の下に

   私のおもちゃは肺臓だ
   私が大事にして居ると
   死がそれをとり上げた
   なかなかかへしてくれない

   やつとかへしてくれたが
   すつかりさけてぼたぼたと血が滴たる
   憎らしい意地悪な死の仕業

   それでもまだ死と私はあそぶ
   私のおもちやを彼はまたとらうとする
   憎らしい仲よしの死が。

 
 

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