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2012年6月

実は美味しい! ポエトリーカフェ参加の記 第3期の2(高橋新吉)

 24日にKAKKAcafeさんで開催されたポエカフェ。会場に着くなり、目に飛び込んできたのは、KAKKAさんが用意してくださったポエカフェスペシャルフード、「ダダサンド」。ロールパンにチャーハンが!!「ダダ」にちなむということでのKAKKAさん、苦心の作。新吉の出身地にちなんだ宇和ゴールド入りのアイスティーとともに、さっそく注文。「ダダサンド」、これがみごとに美味しくまとまっている。アイスティーも、もちろん。今、このスペシャルフード、新吉ポエカフェにうってつけだったように思えている。

 今回の参加者は新しい方2名を含めて15名。取り上げられるのは、ダダから禅へと移行して行った詩人として知られながら、今は埋もれたようになっている高橋新吉。参加者は、これまでほとんど読んだことのない方、ダダに興味を持ってこられた方、と新吉との関係は様々。

 Pippoさん自身がTwitterで「詩の入口♪には、ちょとハード!?」とつぶやいておられたが、「ダダ」も「禅」もとっつきにくい感じを与えるかもしれない。しかし、会がはじまるや、そんな杞憂はどこかへいってしまい、様々なコメントが途切れることなく出てくる。なかでもDさんの「新吉は禅に出会わなかったら死んでいたかもしれない」というコメントが、わたしにとってはいちばん印象に残っている。

 楽しきポエカフェから1週間。いまだに新吉から離れられない。ただ、彼の作品を一気に読み進めることもできないという不思議な体験をしている。会の始まる直前にも、「読んでいてストップしちゃいました」と言ったのだが、けっして嫌なのではない。ことばを受け取るのに時間がかかると言った方が良いのかもしれない。

 同時に、今回ほど詩人についての印象を書きにくいこともないように、感じている。うかつなことを書けば新吉に叱られそうな気がする。新吉の詩には、軽く接するのを拒むようなものが感じられるからだ。若い頃チフスでいのちの危険に直面し、精神的な危機をも経験している新吉。そのような中でダダと出会い、後に禅へと映って行く。その新吉の歩みと作品を見ていくとき、彼の詩は存在の本質に肉薄しようとするもののように感じられる。

 新吉はことばで「死」と戦いつづけたように思える。恒例の朗読くじであたった『父』を朗読した。「父は」ということばではじまる、15行の詩だ。精神を病んでいる中、父の自殺に直面した新吉。その心の底からうめきだされたことばとして受けとめた。すでに禅へと移行していっている時期だが、このことを境に精神的危機から脱して行ったようだ。

 この詩には、生身の新吉の声が聞こえてくる。その後、新吉は禅と深い関わりを持つ詩人として生きていくことになる。まさに、先にふれたDさんの発言どおりと言える。そこに述べられている「父の愛」。しかし、それが彼の追い求めた禅とどのように結びついて行ったのか、そこに大きな疑問がある。

 そもそも、「断言はダダイスト」で『DADAは一切のものに自我を見る。』と書いた新吉。それは客観的な意味の世界を否定するところに立つことだろう。その自我さえも、無意味に見えて行く中での葛藤。その中での精神的危機。その中で禅に救いを求めても不思議ではないように思う。

 どうも小難しくなってきてしまう。新吉の詩がもつ形而上的な面が、どうしても気にかかってしょうがないからだろう。ポエカフェの自己紹介の時間に、高橋新吉と自分ということで一言と求められた。そのとき「近くて遠い存在」と言ったと記憶している。その感じは、今もより強くなってきている。「遠いというのは、わたしが「禅」の世界にいないということだ。「近さ」を感じるのは、彼の戦っていた葛藤の面のようだ。それが形而上的な問いとなる。

 ふだんの生活で忘れそうになる、こんな問いに直面させてくれる詩人がわたしにとっての高橋新吉だ。面倒くさい面もあろうが、大切に読みたい詩人の一人であることは、確かなことのようだ。KAKKAさんが用意してくださった「ダダサンド」のように、見た目はびっくりだが、食べると美味しい新吉だ。

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今も生きている ポエトリーカフェ参加の記 リターンズ3 (竹内浩三)

 「よく生きてきたと思う/よく生かしてくれたと思う/ボクのような人間を/よく生かしてくれたと思う」このように始まる竹内浩三の詩『よく生きてきたと思う』(全文はPippoさんのサイトにあるので、ぜひご覧ください)。第1期ポエカフェで取り上げられた竹内浩三。そのとき参加はできなかったが、図書館でかりてきた全作品集『日本が見えない』を読んで以来、心にかかっていた詩人だった。14日に開催された、今回のポエカフェリターンズで、あらためて取り上げられたので、これはと思い参加した。 

 ずっと心にかかっていた理由を探したくての参加だった。会場は「くしゃまんべ」さん。あまり広くない店内だが、ふしぎとくつろげる、よい雰囲気。売り物の古書や文房具も気になる。こちらを目的にあらためておじゃましたい。ポエカフェのために用意してくださったスペシャルフードもあっという間に売り切れ。参加者は10名、半分は初参加の方々。

 初参加の方が多いにもかかわらず、皆さん、説教的に発言されていたのが印象的だった。普段はわりと無口な参加者Mさんも、今回はよう語っていた。竹内浩三の詩の力か。Pippoさんの用意しておられた朗読くじも、いつもより多く、一人が2回の朗読。詩へのアプローチも、参加者それぞれの個性が出ていて、皆さんの声を聞くのが楽しい。いつにもまして時間があっという間に過ぎていった。

 今も皆さんの声を聞きながら、そして思い出しながら、浩三の詩を考えている。これもポエカフェの楽しみの一つだ。そして、あらためて参加できてよかったと心から感じている。皆さんの発言のちょっとした一言から、とても大きなヒントをもらえる。帰宅してからも、詩の世界がひろがっていく体験は、一人で読んでいてはなかなかこうはいかない。

 平易なことばで、詩を書き続けた浩三。徴兵されてから、軍隊の中でも、こっそりと日記を書き続けた浩三。その日記の1節に「かすれた接触面をもつ。/赤いうまいリンゴであった。」とある。これを朗読したSさんも指摘されていたように、日記とは思えない表現。どのような状況でも、詩人であった浩三がいた。

 浩三のことばをあらためてゆっくり読むとき、どんな状況にあっても、常に、ものごとの本質を見てしまう浩三がいるように思えてくる。見ようとしなくても、見えてしまっているのではと。授業中でも、何でもないようなことで、突然笑い出し、それが止まらない浩三だったという。教師までもつられて、にやにやしてしまうという。

 中学では、友人と作っていた作品集「まんがのよろずや」が、学校からとがめられたという。戦意高揚の機運が高まる中で、それと反するようなことを笑いの中に書いたからだ。他人の目を気にせず、肩に力が入るのでもない、その作品集。そこに浩三の物事を見つめる感性のありようを見る思いがする。

 今回、いちばん皆さんの発言が多かったのは骨のうたう』だったと思う。太平洋戦争末期の1945年4月、フィリピンで戦死した竹内浩三。戦後になって、彼の遺稿が詩集となって出版された。その中で有名になったのが『骨のうたう』だ。今、一般に流布されているのは友人の中井利亮氏の補作を経ているもののようだ。全作品集に載っている原型と比べるとかたちとしては整っているのだろうが、イデオロギー色が強いように思う。だからこそ、私としては、原型に心惹かれる。

 特別なイデオロギーではなく、あの時代に生きた一人の青年として、自分に見えたことを柔らかいことばで表現した浩三。だからこそ、今の時代の私たちにまで、そのことばが力を持ってくるように思う。その一方で、「なんのために」と考え始めると鬱になっていたという浩三。他人から見れば、不必要とさえ思えることまでも考えざるをえないものを持っていた浩三。冒頭で触れた『よく生きてきたと思う』。この詩には、そんな浩三の思いが込められているようだ。

 この詩に、浩三の詩に心惹かれる理由があるようだ。本質を見ざるを得ないのに、それでいて一人の『大きなケッカンをもっている』人間としての浩三。ここに込められた浩三の思いを表せることばを探している。

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からめとられて ポエトリーカフェ参加の記 第3期の1(大手拓次)

 去る5月26日のポエカフェから、はや一週間以上経った。今もわたしの鞄には岩波文庫の『大手拓次詩集』が入っている。生涯で2400篇の詩を書きながら、1冊の詩集も生前には出版されなかった詩人、大手拓次。死後になってようやく出版された詩集『藍色の蟇』。しかし、そこによせられた北原白秋の序分と萩原朔太郎の跋によって作り出された伝説の中に閉じ込められていた詩人、大手拓次。

 ついに第3期に入ったポエカフェ。その第1回は、参加者からさまざまな反応を引き出した大手拓次が取り上げられた。初参加6名の方々を含め、18名の参加者が会場のKAKKAcafeさんに集った。大手拓次の出身地、群馬・磯部温泉の隣村から参加してくださった塩山さんの地元での伝説をはじめとする興味深い話に注目が集まる。くじによって当たった詩を朗読するたびに参加者の方々から、じつにさまざまな声が出てくる。その声の多様性という点では、これまでの中でも一二を競う回ではなかったのだろうか。

 主催者Pippoさんのブログにあるように、当日の参加者から「とにかくかゆい!!」「アリが全身を這っているようだ」「くどい」「しつこい」「分かったから!」「お腹一杯!!」という声が飛び出した拓次。生き方について批判を受けた詩人はあるが、ここまで内容に関して言われた詩人はなかったのではなかろうか。その「かゆい」ところにこそ、わたしは惹き付けられているのではと思いながら、今も読みつづけている。

 拓次のことばには、不思議な力がある。その力の表し方に、みずからの内側にあるものが共鳴する。その力に、時に「かゆい」という反応も出るのだと思う。それは善し悪しではなく、読む者と拓次の相性のだろう。「好きになれない」という反応も、拓次の作品に力がある証拠といったら、言い過ぎだろうか。

 拓次の詩を読みながら、いつかメモをとっている自分がいる。メモをとるのは拓次に限ったことではないが、今回は、ポエカフェの前から今に至るまで、読むたびに何かメモしている。気になった作品の題名だけの時もあれば、そこから広がった思いを書き留めることもある。

 拓次の詩を読んでいると、自らの内なる世界を、ことばを紡ぎだすことで表していこうとしているように思える。その世界は、かっちりと構築された世界として読む者に提示されているのではない。紡ぎだされたことばで、さらに作り出されていく世界、自らのことばで、拓次自身が内側の世界を駆け上がっていくかのようなイメージを受けている。時に、饒舌と思える拓次のことばのつらなり。それさえも、読む者をその世界にからめとっていくものとしてあるようだ。

 こんなことを書き連ねていること自体、拓次の世界にからめとられているのだろう。惹き付けられた者も、いつしかことばを重ねそうになっていくのだ。ポエカフェに備えて、読み始めたとき、この世界に魅せられそうになっている自分に気が付き、躊躇させるものがあった。それは、その世界の含む、ある種の妖しさからかもしれない。その世界は、白秋や朔太郎によって作り出された伝説を相応しいものと感じさせる一面を持つのも確かだろう。

 もう一つ、読みながら気になっていることがある。わたしは岩波文庫の『大手拓次詩集』を中心に読んでいる。そこから与えられる拓次の世界のイメージと、たとえば現代詩文庫からくる拓次のイメージの違いだ。編者によって大きく異なるように思える拓次の世界。一篇一篇の詩の力を前提としてこそだが、いくつもの作品をまとめて読むことで、描き出されていくイメージの世界こそが、拓次の世界なのではないだろうかということだ。

 2400篇という作品数の多さ。同じような世界が多いという指摘もポエカフェの席上であったが、拓次の世界にもう少し近づくためには、その作品を、作られた順にしたがって読んでいくことも必要なのではと思い始めている。全集を簡単には読めない現在、大変なことは承知の上での思いだ。

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