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からめとられて ポエトリーカフェ参加の記 第3期の1(大手拓次)

 去る5月26日のポエカフェから、はや一週間以上経った。今もわたしの鞄には岩波文庫の『大手拓次詩集』が入っている。生涯で2400篇の詩を書きながら、1冊の詩集も生前には出版されなかった詩人、大手拓次。死後になってようやく出版された詩集『藍色の蟇』。しかし、そこによせられた北原白秋の序分と萩原朔太郎の跋によって作り出された伝説の中に閉じ込められていた詩人、大手拓次。

 ついに第3期に入ったポエカフェ。その第1回は、参加者からさまざまな反応を引き出した大手拓次が取り上げられた。初参加6名の方々を含め、18名の参加者が会場のKAKKAcafeさんに集った。大手拓次の出身地、群馬・磯部温泉の隣村から参加してくださった塩山さんの地元での伝説をはじめとする興味深い話に注目が集まる。くじによって当たった詩を朗読するたびに参加者の方々から、じつにさまざまな声が出てくる。その声の多様性という点では、これまでの中でも一二を競う回ではなかったのだろうか。

 主催者Pippoさんのブログにあるように、当日の参加者から「とにかくかゆい!!」「アリが全身を這っているようだ」「くどい」「しつこい」「分かったから!」「お腹一杯!!」という声が飛び出した拓次。生き方について批判を受けた詩人はあるが、ここまで内容に関して言われた詩人はなかったのではなかろうか。その「かゆい」ところにこそ、わたしは惹き付けられているのではと思いながら、今も読みつづけている。

 拓次のことばには、不思議な力がある。その力の表し方に、みずからの内側にあるものが共鳴する。その力に、時に「かゆい」という反応も出るのだと思う。それは善し悪しではなく、読む者と拓次の相性のだろう。「好きになれない」という反応も、拓次の作品に力がある証拠といったら、言い過ぎだろうか。

 拓次の詩を読みながら、いつかメモをとっている自分がいる。メモをとるのは拓次に限ったことではないが、今回は、ポエカフェの前から今に至るまで、読むたびに何かメモしている。気になった作品の題名だけの時もあれば、そこから広がった思いを書き留めることもある。

 拓次の詩を読んでいると、自らの内なる世界を、ことばを紡ぎだすことで表していこうとしているように思える。その世界は、かっちりと構築された世界として読む者に提示されているのではない。紡ぎだされたことばで、さらに作り出されていく世界、自らのことばで、拓次自身が内側の世界を駆け上がっていくかのようなイメージを受けている。時に、饒舌と思える拓次のことばのつらなり。それさえも、読む者をその世界にからめとっていくものとしてあるようだ。

 こんなことを書き連ねていること自体、拓次の世界にからめとられているのだろう。惹き付けられた者も、いつしかことばを重ねそうになっていくのだ。ポエカフェに備えて、読み始めたとき、この世界に魅せられそうになっている自分に気が付き、躊躇させるものがあった。それは、その世界の含む、ある種の妖しさからかもしれない。その世界は、白秋や朔太郎によって作り出された伝説を相応しいものと感じさせる一面を持つのも確かだろう。

 もう一つ、読みながら気になっていることがある。わたしは岩波文庫の『大手拓次詩集』を中心に読んでいる。そこから与えられる拓次の世界のイメージと、たとえば現代詩文庫からくる拓次のイメージの違いだ。編者によって大きく異なるように思える拓次の世界。一篇一篇の詩の力を前提としてこそだが、いくつもの作品をまとめて読むことで、描き出されていくイメージの世界こそが、拓次の世界なのではないだろうかということだ。

 2400篇という作品数の多さ。同じような世界が多いという指摘もポエカフェの席上であったが、拓次の世界にもう少し近づくためには、その作品を、作られた順にしたがって読んでいくことも必要なのではと思い始めている。全集を簡単には読めない現在、大変なことは承知の上での思いだ。

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