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「源流をもとめて」 ポエトリーカフェ参加の記 第4期の3(上田敏)

 7月20日の土曜日午後、参加したくも参加できず悔しがっていた連れ合いのアンジーの思いをともに、ポエカフェ会場の「中庭の空」に向かう。午後3時からの開催。少し早めに着くも、すでに何人もの参加者が到着している。用意されていた特製フードは、あっという間に売り切れ。江古田で有名なマロンパイも美味しく、さらに合わせて用意されたアイスティーも心地よい。

 第4期第3回となる今回、取り上げられた詩人は、上田敏。訳詩集『海潮音』をもって、当時の詩壇に衝撃を与えた人物だ。自作の詩はわずかしか伝えられておらず、ポエトリーカフェで取り上げられる詩人としては、異色といえるだろう。資料にも、『海潮音』と『牧羊神』を中心に、「ボドレエル」「ダンテ」「ヴェルレエヌ」「ブッセ」などの名前が並んでいる。

 そんなこともあってか、今回配布された資料には、今までとは趣を異にするPippoさんの渾身の労作(小論)が添えられていた。題して「明治・大正期の日本近代詩の発生と展開について」。A4用紙にびっしりと印刷されたそれは、記載された年譜とともに、今回のポエカフェでの大きなプレゼントだった。特に大切に保管しよう。(他の資料もちゃんと保管してます)

 上田敏自身の生涯に入る前に、まずはこの資料から、上田敏、そして『海潮音』がどのような位置を占めていたかをPippoさんが紹介していく。そのはじめに、1882年(明治15年)に刊行された『新体詩抄』が紹介される。復刻版だが、その和綴じで仕上げられた本の版面からは、明治の香りがただよってくるようだ。参加者一同、回覧されてくると興味深く見入っていた。

 上田敏が『パンの會』に出席した時、大歓迎を受けた様子も紹介された。北原白秋、さらには萩原朔太郎等への影響やつながりが話されていく。自作の詩は数少ないながら、その翻訳を通しての上田敏の大きさを思う。(今回も「パンの會」についての資料が添えられた)

 いよいよ、上田敏の生涯の紹介に入っていくが、いつもの通り「朗読くじ」もまわってくる。いつものことながら、今回は特に何が当たるかドキドキする。雅文調といわれる翻訳文体のゆえに、朗読は現代人にとっては、けっこう難しい。ひきあてたのは『海潮音』所収、マラルメの「嗟歎(ためいき)」だった。資料の中では読みやすい方かもしれないが、Pippoさんの解説に耳を傾けながら、ちらちらと見ながら目をならしておく。

 慣れない者にとっては、今となってはとっつきにくさもあるだろう、雅文調の翻訳文体。しかし、フランス象徴詩を中心に編まれた、この訳詩集の見事さに圧倒される。大学院時代、小泉八雲から「英学生として、一万人に一人の傑出した才能」と激賞されたという敏。海外作品の鑑賞眼とともに、日本語の力、感性の力の桁外れを感じる時間となった。

 資料の最後の方には、ランボオの「酔いどれ船」の上田敏の訳(未定稿)とともに、堀口大學、金子光晴の訳の同じ箇所が抜粋されていた。訳者により差異がこれほどとは驚くほどに三者三様だ。敏が「黒き香」と訳した所を大學は「陰惨の匂いを上げつ」、光晴は「へんな臭気を放って」としている。Pippoさんや、参加者の皆さんの声を興味深く聞いた。

 萎縮腎のため1916年43歳で亡くなった上田敏。遺稿詩集としてだされた『牧羊神』を読んでいくと、『海潮音』とは、その文体が変わってきているのを感じる。晩年まで、活発に活動していたと資料にある。今回の資料にも、その時期のものも含まれている。それを見ても、上田敏という人物が残してくれたものを、できるだけ読みたいと思わせてくれる、楽しい時間だった。(臨市の図書館に「定本 上田敏全集」がそろっているのです!)

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