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「『?』は増えたけれど」ポエトリーカフェ参加の記 第4期の6 (萩原朔太郎)

 このブログで参加記を書き続けてきたPippoさん主催のポエトリーカフェ(ポエカフェ)が、10月20日の開催で50回目となった。50回という数字、素直に「すごいな~!」と思う。

 Pippoさん、カヒロさん、あらためて「おめでとうございます!」と言わせてください。

 2009年10月31日に神田の「喫茶去」で第1回が開催されてから、丸4年。私は第1期の第5回からの参加なので、伝説?の第1回は残念ながら、その様子を知らない。その時のPippoさんによるレポートは、ご本人のブログで今も見ることができる。そして50回目にも、第1回の参加者がお一人参加された。これまた、すごいことと思う。

 このような回がどれだけ続くのか、他の会のことは知らない。しかし、40回以上参加して来た中で感じるのは、他では得難いであろう、不思議な、とても好ましい形ができ上がって来ているということだ。影で支え続けて来ているカヒロさんも、「奇跡的」と、話しておられたことがあったと思うが、その通りだろう。ポエカフェに出逢えたことの嬉しさを感じながら、今回も参加して来た。

 記念すべき50回目の課題詩人は萩原朔太郎。第1期ファイナルで取り上げられているが、それ以来の登場となった。その時は、かつて朔太郎が住んだ田端(朔太郎本人は嫌いだったようだが)で行なわれた。台風の来る中での開催であったことを懐かしく思い出される。

 ポエカフェのスタイルは慣れ親しんだもの。参加者の自己紹介とともに始まり、Pippoさんが朔太郎の生涯を紹介する中、朗読くじであたった詩を一人一人が読んでいく。前にも書いているが、この朗読を聞くのが楽しみの一つ。テクニックではなく、皆さんの朗読から、それまで気付かないような詩の顔に出会うこともある。朗読後の感想も人それぞれだが、自分が気が付いていないことや、もやもやしていたことを「これだった」と言葉にしてくださる方もおられる。これもポエカフェの大きな楽しみ。

 さて朔太郎だが、ポエカフェで配布された資料が目の前にある。資料を前にし、当日のことを思い起こしながらも、さてどう書いたら良いか悩んでいる。第1期の時の参加記で「今でも、たくさんの「?」がある。いやポエカフェ後も,朔太郎のことが頭から離れない。」と書いた。今にして思えば、朔太郎の大きさを前にしての思いだったような気がする。とはいえ、その後朔太郎を熱心に読んだわけではなかった。どう向き合ってよいか分からなかったのかもしれない。いや、朔太郎の世界に絡めとられるのが、少し怖かったのかもしれない。

 そんな状態だったが、かつて抱いた「?」の一つでも解く手がかりがあれば良いなと思いつつの参加だった。参加者の感想からも大きなヒントをいくつかいただいた。とはいえ、ますます「?」が増えてしまったといったところが結果と言えるだろうか。その「?」をうまく説明することばさえ、今の私にはない。ただ、それは決してマイナスではないことだけは確かだ。かえって朔太郎の存在が、わたしにとってますます大きくなっていると言える。

 資料で紹介されている詩の一篇一篇が、今もそれぞれに語りかけてくる。そこから聞こえてくるのは、詩のことばに託された朔太郎の心だろうか。資料にある『青猫』の序には「詩はただ私への『悲しき慰安』にすぎない」とある。この朔太郎ことばが心に残る。そんな朔太郎の詩のことばが時代をこえてわたしの心を動かす。

 『月に吠える』から『氷島』にまでいたる朔太郎の作品群。文体もまったく変わっていく。そんな中、今回の朗読くじであたったのが『氷島』からの「地下鉄道(さぶうえい)にて」だった。

「ひとり來りて地下鐵道の/青木歩廊をさまよひつ/君待ちかねて悲しめど/君が夢には無きものを/なに幻影の後尾燈/空洞に暗きトンネルの/壁に映りて消え行けり。/壁に映りて過ぎ行けり。」

 朔太郎の孤独の叫びが聞こえてくる。孤独に病む朔太郎。資料にあった「僕の孤独癖について」の内容が重い。朔太郎の世界との距離感は難しそうだが、読まずにはいられなくなっている自分がいる。

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