« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年3月

「一回じゃ足りないです!」 ポエトリーカフェ参加の記 第4期の9(旅した詩人たち)

 3月5日の夕方、羽村市内での仕事を終えて、青梅線に乗車。目指すはポエカフェ特別篇「旅した詩人たち」の会場、高円寺の「アバッキオ」さん。今回のポエカフェは、東京国際文芸フェスティバル2014サテライト企画として開催されている「詩×旅?詩の図書館と旅する詩集?」の中のイベントとしての開催。アバッキオさんには詩の図書館も開設されているとのこと。それも楽しみにしながらの参加だ。

 高円寺の駅前でおなかを満たしてから会場へ向かう。高円寺北口、庚申通りを北に進み、看板に導かれて細い路地を入っていく。狭い路地の奥、昔からの長屋のような建物のいっかくに、アバッキオさんがあった。開始時間より、少し早くついてしまったが、店主のKさんといろいろと話す時間が持て、楽しいとき。店主のKさんとはポエカフェで何回かお会いしたが、お店は初めて。古書の品揃えに興味がわく。

 到着したPippoさん、時間の打ち合わせで5時間はできると宣言!(イベントとしての公式の時間は1時間…)確かに、資料を見るとうなづける。開始予定時刻が近づくにつれ、会場は一杯になる。定員10人だが、非常に密な空間でのポエカフェとなった。驚いたのは山口県からの旅行中に参加された方がいたこと。テーマが「旅」だけに、まさにうってつけ。

 会自体は、いつものポエカフェと同じく、参加者の自己紹介で始まる。それぞれの印象深いたびの経験を話す。海外でのかなりあぶない体験などもあり、この時間だけで、かなり盛り上がる。巧まずしてテーマ「旅する詩人」へと誘われていく。ただ、この段階でかなりの時間が経過していた。店主さんの好意で、時間延長の許可が出、いざ本編へと進む。

 それにしても配布された資料に取り上げられている詩人の数が多い!どのような旅をしていたかによる分類から始まって、世界中の詩人が国別に解説付きで記されている。現代詩人まで含めて、その数30人以上。その中から実際に詩が紹介されているのが7人。海外からはビート・ジェネレーションを含めアメリカの詩人たち。日本からは自由律俳句から現代の詩人までとりあげられている。

 資料を見ながら、詩人の紹介一つ一つが興味深い。初めて聞く名前も多い。詩の世界の奥深さを感じる。Pippoさんの持っている詩の世界の大きさを垣間みる気がした。これから読んでみたい気になる詩人が何人もいる。こんな発見が、テーマによるポエカフェの魅力の一つだろう。

 恒例の朗読くじであたった詩を参加者が読んでいくのはいつもの通りだが、一人の詩人をおうのではないので、様々な色合いの詩が読まれていく。はじめての詩を読むケースもいつもより多いかもしれない。そんなドキドキ感もまた楽しい。私は、金子光晴の「くらげの唄」。これは初めてではなく、金子光晴の詩の中でも好きな詩だった。繰り返しでてくる「からっぽ」という言葉が気になる。からっぽの重みを感じる。

 先に読みたくなる詩人が何人もいると書いたが、ことにアメリカのビートジェネレーションの詩人たちが気になっている。世代的には若い時に読むチャンスがあったはずなのだが、名前を聞いたことがある程度で、ほとんど触れて来なかった。若い時に出逢えなかった詩人に、出逢えるのも嬉しい。どんな世界が待っているのか楽しみだ。

 会は、予定時間の倍くらいを使っていちおう終了。その後も、参加者同士で、いろいろと話しが弾んだ。気がつけば帰らなくてはいけない時間。あわてて会場をあとにしたが、まだまだ皆さんとも話したかった。

 ところで、資料の多さに全員紹介できるのかなと危ぶんでいたら、時間切れで紹介されなかった詩人もいた。詩は紹介されていなくても気になる詩人が何人もいた。ぜひ、この続編をPippoさんにお願いしたい。よろしくお願いいます!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ブレイク寸前」 ポエトリーカフェ参加の記 第4期の8 (西尾勝彦)

 2月22日の午後2時前、新宿区立中央図書館に尾形亀之助全詩集を返却し、副都心線に乗り、ポエカフェ会場「くしゃまんべ」さんのある王子に向かう。その車中で、今回の課題詩人となっている西尾勝彦さんの詩を読もうと鞄を開けるが、ない。西尾さんの詩集をあらかじめ手にできなかった。それでポエカフェのホームページに掲載されていた詩をプリントしていたのだが…。

 西尾さんは今年42歳になられる現役の詩人。現役の詩人をとりあげるのは高階さんに次いで二人目と思う。西尾さんは、年表によると2007年に詩を書き出したとある。すでに私家版を含めて5冊の詩集がある。そのうち1冊は書肆山田から出ている。4月にはブックロアから『耳の人』という詩集が刊行される。詳しい経歴は「古書ますく堂」さんがブログでうまくまとめてくださっているのでそちらを参照いただきたい。年表の末尾には「好きな作家・アーティスト」が挙げられていた。その理由も記されているのだが、名前だけうつしておこう。ブッダ、老子、荘子、臨済、寒山、陶淵明、H.D.そろー、熊谷守一、尾形亀之助、天野忠、つげ義春。これにも興味をひかれる。

 さて、今回のポエカフェ、11日に奈良で行なわれた特別篇の東京版と言えるもの。奈良では、ご本人をお迎えしたとのこと。東京から指をくわえてながめていたのだ。奈良での会に参加された方の土産話も含めて、会場の「くしゃまんべ」さん考案の特製フードを美味しくいただきながら、時間はあっというまに過ぎ去っていった。

 西尾さんは、詩を書き始めてからまだ7年目ということにまず驚いた。資料には4月刊行の詩集『耳の人』からのコピーまで含められている。Pippoさんの話しでは、尾形亀之助を読んだのが詩を書くきっかけとなったという。恒例の朗読くじで当たった詩を読みながら、それぞれが発言をしていくのはいつもの通り。今回は、奈良の会に参加された方の話も楽しい。現役詩人を取り上げた回ならではの楽しみだ。

 ところで、印象に残ったことを少し記しておこう。紹介された詩を読み合う中で印象に残り、今も残っている言葉がある。それは「ぼんやり」ということばだ。「長生き」と「進化」という詩に出ていたことばだ。ごくふつうのことばで綴られた西尾さんの詩。朗読する時も、自然とスピードが遅くなっていくような柔らかさ。その中で使われる「ぼんやり」。しかし、西尾さんの目は決して「ぼんやり」してはいない。傍からは「ぼんやり」と見える中に、そうではないものがしっかりとあるように感じている。あえて「ぼんやり」と言うことで、そこに込められたものの重さを感じさせられている。

 もう一つ印象に残っているのは、新詩集『耳の人』の造りだ。その特徴は、印刷されている文字の小ささだ。一文字一文字の幅は2mmに満たない。それが行間もたっぷりとられ、ゆったりと配されている。行開けなのか、行間なのか迷うほどだ。決して「ぼんやり」とは読めない。一つのストーリーを形作るように配された24篇の詩。この詩の声をしっかりとあなたの耳で聞いてくださいと語りかけられているようだった。

 西尾さんの詩には、今を生きる人へのメッセージがあるというようなことをPippoさんが言われたいたが、まさにその通りと思う。柔らかくも硬質な詩を読んだ感覚が今も残っている。Pippoさんが西尾さんの紹介の中で「ブレイク寸前」言っていたが、その可能性大とも感じた。奈良に住み、国語教師をしながら、詩を発信し続けている西尾さん。この方の詩をこれからも読み続けていきたいと、ポエカフェから1週間以上経った今も思える。

 西尾さんの活動は、ご自身のブログ「粥彦」で見ることができる(こちら)。朗読会等の活動も案内されているので、ご覧いただけたらと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »