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2014年7月

「作品の魅力とともに」 ポエトリーカフェ参加の記 第5期の2(石川啄木)

 7/20に開催されたPippoさん主催のポエカフェ、今回でなんと60回目!あらためておめでとうございます!前回にも書きましたが、ほんとうに「すごい!」です。人間で言えば還暦を迎える回数。それにちなんで、参加者は何か赤いものを身につけてとのPippoさんの希望が出されていました。いっしょに参加した連れ合いのアンジーは赤い靴とイヤリング。わたしは赤い靴下と柄の一部に赤の入ったシャツで参加しました。参加者の方々も、けっこう赤いもの身につけての参加となりました。

 会場の『神田ぶらじる』は、今回も21名の参加者でいっぱい。初参加の方数名も加わり、いつも通り自己紹介からスタートです。その間に、各自ドリンクの注文。わたしは課題詩人にちなんだ特製フードも。『ぶらじる』さんが用意してくださる特製フード、毎回おいしいものばかりです。

 さて、今回の課題詩人は石川啄木。ポエカフェ第2期2012年2月以来の登場です。配布された資料も、さりげなくグレードアップしていました。第2期以来続いている恒例の朗読くじで何が当たるかと思いながら、紹介されている詩や短歌に目を通します。ちょっとドキドキしながら、くじをひきます。今回は明治40年、啄木23歳の短歌4首から2首を選ぶものがでした。「千本のくじの中よりくれなゐの一すぢをひき海中に投ぐ」と「ひとひらの肉に飢ゑたる黒犬と恋なき我といづれかなしき」の2首を選びました。1首目の「くれなゐの一すぢ」が心にかかっています。また、啄木の生涯と照らし合わせると、いろいろと考えさせられもします。それにしても、この時期の啄木の生活を考えると、すべてがきれいなことばの世界へと回収されていく啄木の世界を思わずにはいられません。

 前回の啄木篇では、その生涯について女性陣を中心に激しいツッコミがなされたのを思い出します。それはPippoさんの予想をも上回る事態でした。ところが、今回は不思議とそのようなこともなく進んでいきました。それにしても、啄木の生涯、特にローマ字日記に残された世界と作品世界から受けるイメージには大きな落差があるのは確かでしょう。それでも、その作品は今もって衰えないで私たちの前にあります。その世界に参加された方々といっしょに巻き込まれていくようでした。

 今回、あらためて3行書きの短歌に魅力を感じています。朗読くじでこの形の短歌に当たったら、どう読むかかなり悩みます。「自分を見る、もう一人の自分がいる。その二つが合わさって完成度の高い作品となっている」という趣旨のPippoさんの発言にも教えられます。「かなしみの強くいたらぬ/さびしさよ/わが児のからだ冷えてゆけども」という歌。生後3週間にして亡くなった長男を思っての歌ですが、「さびしさよ」ということばが2行目に単独で置かれ、目を引きつけます。それにもかかわらず、どこか当事者ではないような目が存在するのを感じるのです。

 さらには、晩年の社会主義への関心にも興味をひかれます。詩稿ノート『呼子と口笛』に残された「はてしなき議論の後」には、それまでの啄木の作品とは異なる魅力を感じます。啄木の妻・節子さんを中心に『石川節子―愛の永遠を信じたく候』を書いた澤地久枝さんは、その中でこの詩を、啄木の作品の筆頭にあげています。この後の啄木の作品がどう変化していったろうと考えさせられます。

 理解不能とも思える行動にもかかわらず、啄木を支え続けた人々がいます。金田一京助、宮崎郁雨はじめ、多くの人が支え続けました。そして妻の節子さん。今回のポエカフェを前に1991年2月号の『鳩よ』の啄木特集に、澤地さんの啄木あての手紙という形をとった作品を見つけました。啄木を節子さんを思う澤地さんの熱さに打たれ、啄木への興味がかきたてられるものでした。ポエカフェが終わって、『石川節子―愛の永遠を信じたく候』を読んでいます。節子さんの力あって、啄木の今があるようにも思えます。

 ことばの扱いのあまりにも巧みな啄木。作品と生涯の関係。節子さんや多くの友人達の存在。いろいろなことが駆け巡ります。作品の魅力を思いながらも、啄木にとって、書くこととは何だったのだろうと。

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