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2015年9月

「響きをかんじながら」  ポエトリーカフェ参加の記 第6期の2 (高階杞一リターンズ篇)

 またまた遅くなりましたが、20日に開催されたポエカフェの参加記です。今回は高階杞一リターンズ篇。なんと現代詩人のリターンズ篇です。3年前、ご本人をお招きして開催されたポエカフェが懐かしく思い出されます。その時参加していた夏葉社さんが、絶版になっていた詩集『早く家へ帰りたい』を出してくださるきっかけともなった回でした。

 今回は、ご本人選による『高階杞一詩集』(ハルキ文庫)刊行もあり、課題本となっています。しかも20日は高階さんの誕生日だったのです。もしかして、今回もご本人の参加があるかもと期待しましたが、残念ながら今回はご本人の参加はありませんでした。でも、さまざまな感想が交錯する中での盛り上がりを感じる回となりました。盛り上がりのせいか、時間が足らず、最後は駆け足になりました。恒例の朗読くじも全員朗読はしましたが、すべてのくじを読むことができなかったほどです。

 でも、みなさんの感想を聞くことはポエカフェの楽しみの一つに間違いありません。自分だけで読んでいては、まず気がつかない視点からの感想に、ハッとさせられることが多いのです。今回の感想の中で、私個人として印象的だったのは若き詩人Sくんの読み解きでした。なんと詩集『春’ing』の同題の詩を前日2時間も考えていたとのこと!もっと聞きたかったな~!と今でも思っています。そこに書かれている時間の捉え方に、目からうろこでした。

 みなさんの感想を聞きながら思うのは、高階さんの詩の多層性です。それだけに、感想の幅もひろがるのでしょう。難解なことばは使われていないのですが、日常性とシュールな世界とがごくあたりまえのようにつなぎ合わされています。

 「家には誰もいなかった」、「キリンの洗濯」…、あげていけばきりがありませんが、不思議な世界です。キリンとはいったい何?と考えても答えはでてきません。何を示しているのかを考えるより感じて欲しいといったことなのでしょうか。

 『早く家へ帰りたい』は、その点で異質でしょう。自分の子どもの死を扱った詩集です。そのせいでしょうか、あまりにも散文的なストレートな表現です。そこに偽りはないと思います。偽りのなさが多くの人々にとどく力なのかとも思って読んでいました。この詩集へのKさんの評も、大いに考えさせられるものありでした。「反対意見でもいいですか」と始まったKさんの感想。とても貴重なものだったと思います。さまざまな受取り方があって当然と思います。詩を書くことへの根源的な問いも含んでいるように感じました。こんな意見を聞け、それをきっかけにしていろいろな意見を聞けるのは、ポエカフェならでしょう。この時間も充実した時間でした。

 今回の朗読くじであたったのは、『桃の花』から「杜子春」と「戦争」でした。時間の関係で一つになったので「杜子春」を朗読。じつは、予習で読んでいる中で、これが当たったらどうしようと悩んでいた詩なのです。なにせ、泰山とハローワークが一緒に出てくるのです。でも、そこに描かれた世界に、感じるものがたしかにあるのです。今回朗読してみて、あらためて好きな詩になりました。高階さんの詩は、声に出すことで、輝きを増すのでしょうか。すくなくとも、声に出す中でハッとさせられることがあるのです。

 ところで、前回の時の参加記で「作品が書かれている時間の幅は広い。しかし、数多い作品世界をつらぬいて聞こえてくる音があるようだ。そして、その音の響きと自分の距離を、今思っている。」と書きました。その距離感については「重なることも含めての距離感」とも。ポエカフェのまえに課題本を読んでいる時、あらためて距離感について考えさせられました。その中で「内側からの距離感」といったことばが浮かんできました。

 今回の参加を通じて、その思いは強まっているようです。自分と同じではない、でも詩の中に響いている音色に共鳴するものがある、そんなふうにも言えるかもしれません。そんな感じを抱きながらの参加でした。その音色は、存在の奥底で響いているようです。それは、高階さんの詩に感じる喪失感につながるものでしょうか。

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「読めてよかった!!」  ポエトリーカフェ参加の記 第6期の1 (原民喜篇)

 読みたいのだけれど、なぜか読めない。機会がないのではなくて、読む側の問題として、今は読めないという感覚を持たれたことはあるでしょうか。ちょっと間をおいてだけで読めればいいのですが、読みたい気持ちは強いのだけれど、なんとなく読めない、読まないままになっていることが、わたしにはあります。

 第6期ポエカフェのスタート回の課題詩人「原民喜」も、わたしにとっては、そのような一人でした。原爆詩人・作家として知られる原民喜、名前は知っていて、いくつかの作品にも接していたのですが、強く意識するようになったのは、ネットのテキストアーカイブである青空文庫に収録された時でした。調べたら、2002年1月1日に登録されています。随分、前のことになりました。

 原民喜は、どうしても原爆との関連で語られることが多いような印象です。わたしも、その印象に囚われていたように思います。今回の課題詩人が原民喜であることを知った時、ちょっと「どきっ!」としました。同時に、これは何が何でも参加せねばならないとも思いました。この機会をとらえて、先入観を捨てて読んでみようという思いが起きてきたのです。

 2ヶ月の間をあけての、久しぶりのポエカフェです。そんな思いを抱きながら参加したのですが、ほんとうに参加して、読むことができてよかったというのが、一番の感想です。今も机のわきには、図書館から借りてきた、青土社の『定本 原民喜全集』があります。時間を見つけては読み続けているところです。今回のポエカフェがなかったら、いつ読めたのだろうと思うと、ポエカフェ・Pippoさんありがとう!なのです。

 原爆との関わりから、『原爆小景』や『夏の花』がよく知られていると思いますが、それ以前の詩は、まったく印象を異にします。特に『かげろう断章』に収められた4行詩、5行詩に心惹かれました。非常に内省的方向性をもった作品と感じます。自然を題材としていても、外に広がるのではなく、内側へともどってくる視線を感じるのです。その奥に、真実なものを求めるように。

 そんな原民喜が、原爆に被災し、惨禍の目撃者とならざるを得なかったことに衝撃を受けるのです。有名な作家のところに行っても、自分では話ができず、奥様の貞恵さんが通訳?するような状態であったという、原民喜。時には、友人たちとグループを作ったり、左翼運動にも関わったりもしましたが、対人関係においては、とことん不器用だったのでしょうか。全集第4巻「別館」の月報には晩年に親しかった向井祐子さんの文章が載っていますが、そこには「生きて行く為に必要な最小限の言葉すら持ち合わせていらっしゃらなかった原さんは、」という文があります。

 そんな原民喜が、原爆の惨禍を語り伝えることを自らの使命と受け取ったというのです。ポエカフェでも話題になりましたが、カタカナでしかその作品は書きようがなかったのでしょう。その作品だけが、外へと向かう視点を持っているように感じます。

 自らの中に書くものがなくなったと思ったのでしょうか。多くの遺書を書き、しっかり準備をしたうえでの自殺を選んだ原民喜。もっと生きていてほしかったと思います。

 最近、今回の課題図書となった『原民喜全詩集』が岩波文庫から、初期短編集である『幼年画』が、サウダージ・ブックスから刊行されました。広く読まれて欲しいと切に思っています。

 ポエカフェの会場は急なキャンセルもあり、13名の参加でしたが、最初の自己紹介のときから、これまでの詩人はなじみがなくとも、原民喜は読んでいましたという、Tさんはじめ、皆さんの発言も興味深く、やはり「ポエカフェはいいな~」という感を深くしたのでした。

 いっしょに参加した連れ合いのアンジーも、とても感激して帰途につきました。じつは、申し込んでから作品を読んで、原爆関係の作品でショックを受けていたのですが、参加してよかった~!!としきりに言っておりました。まだまだ、語り合いたい思いを抱えて、時間は過ぎて行きました。

 最後になりましたが、会場の伯剌西爾の店長さんも広島出身ということで、帰りには紅葉饅頭のおみやげまでいただきました。用意してくださった特製フードのレモンケーキもおいしくいただきました。それにPippoさんからは、台湾旅行のおみやげのパイナップルケーキも帰ってから美味しくいただきました。日本で手に入るものより濃厚で、美味しかったです!

 次回は、すでに発表されているように『 高階杞一 リターンズ篇』とのこと、これも楽しみです。

 

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