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2018年10月

「アンソロジーの宴」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の9(秋・冬篇)

 10月28日に開催されたポエカフェは一人の詩人を取り上げるのではなく、《秋》と《冬》にちなんだ詩を集めてのアンソロジーの回でした。会場もいつもの神田伯剌西爾さんではなく、東武東上線下赤塚駅前の山小屋風喫茶店「ヒュッテ」さん。基本的に月一回の歌声喫茶イベントと火曜日午後の短い時間のみの営業とのことですが、なんとも素敵なお店でした。黒澤監督の映画の美術に関わっていた方の設計とのこと。もし近くにあって普通に営業なさっていたら入り浸りそうなお店です。ポエカフェ常連のMさんの紹介とのこと。Mさん、ありがとうございます!

 さて、Pippoさんが絞るのに苦労したと言われた資料には、《秋》に26人(うち海外5人)、《冬》29人(うち海外12人)という多さです(18ページ!)。朗読くじで朗読された詩人は全部で20人。読まれなかった詩人の方がはるかに多いという結果になりましたが、この資料、秋と冬にちなんだ詩の資料として得難いものとなっていると思います。これまでのポエカフェで取り上げられた詩人だけでなく、現代の詩人まで網羅されているのですから。朗読くじで読まれたのは秋から9篇、冬から11篇と良いバランスだったと思います。。Pippoさんのくじの作り方がよかったのでしょう。その中の詩人の関係者がお二人も参加してくださったことも、嬉しいことでした。吉原幸子さんのご子息と田中冬二さんのお孫さんです。ポエカフェの広がりの力でしょうか。

 

 それでは朗読された詩人たちのお名前だけでも紹介しましょう。資料の掲載順です。高橋元吉、八木重吉、佐藤春夫、草野心平、岸田衿子、高良留美子、矢沢宰、ゲーテ、エミリ・ディキンスン(ここまでが秋篇)、田中冬二、竹中郁、伊藤整、中原中也、石垣りん、吉原幸子、シュトルム、マヤコーフスキー、ウンガレッティ、ロラン・バルト、パウル・ツェラン(以上冬篇)。

 ほんとうに多彩です。一つのくじには何人かの詩人があげられているので、朗読者の選択で読まれる詩人が決まります。朗読された皆さんの感想も色とりどりで、ハッとしたり頷いたり、今回のようなアンソロジーの回の面白さを堪能する機会となりました。楽しさの中、豊かな詩の宴はあっという間に過ぎ去って行きました。

 私は八木重吉を朗読しました。最初は別のくじだったのですが、Pippoさんから回ってきました。大好きな八木重吉なのですが、朗読するとなると、これ程難しい詩人も少ないのではと思わされるのが八木重吉です。ちなみに詩は「素朴な琴」です。短いので引用しましょう。「この明るさのなかへ/ひとつの素朴な琴をおけば/秋の美しさに耐えかね/琴はしずかに鳴りいだすだろう」八木重吉はこのような琴でありたかったのではと思いつつ朗読しましたがが…。

 朗読された中で印象に残っている詩をいくつかあげておきます。まずは、パウル・ツェランの「入れかわる鍵で」です。最近ツェランの詩を読んでいるのですが、この詩が取り上げられてことは嬉しさと驚きでした。「言葉の雪」という表現に惹きつけられます。ツェランにとっての「言葉」とはと考えさせられます。草野心平の「秋の夜の会話」もあげておきましょう。『第百階級』冒頭の詩ですが、何度読んでも聞いても、心に残ります。もう一つ、矢沢宰の「秋」。「体の透きとおる人をだけ/そおっと淋しくなでるのだ」が沁み入ってきます。伊藤整の「冬の詩」、これはPippoさんの朗読。さすがの朗読です。そして、ウンガレッティ「クリスマス」も。「いいから/放っておいてくれ/片隅に/置き/忘れられた/家具/と同じに」翻訳ですが、この改行のされ方が気にあって仕方がありません。

 どうやら際限がなくなりそうです。朗読されなかった詩人の中で、みなさんの感想を聞いてみたかった詩人もあげておきます。原民喜、滝口雅子、草野天平、吉本隆明、ピエール・ルヴェルディ、こちらも全部あげてしまいそうです…。今回の資料、あまり読んだことのない詩人も含まれていましたので、これを機会に少しずつ読んでいきたいと思っています。

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「密度と香りの中に」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の8(大手拓次篇)

 だいぶ遅くなりましたが、9/16に開催されたポエカフェ大手拓次篇の参加記を残しておきます。ポエカフェ翌日には古書ますく堂さんが拓次の生涯も含めて今回もブログに楽しくまとめてくださっていますので、今更とは思いますが、お付き合いください。

 大手拓次が取り上げられるのは2012年5月に続いて2回目になります。(前回の参加記はこちら)前回は参加された方々から「とにかくかゆい!!」「アリが全身を這っているようだ」「くどい」「しつこい」「分かったから!」「お腹一杯!!」という声が飛び出した拓次。前回も参加されていた方は、私の他にはお二人だけ?ですが、今回はどのような感想が飛び出すのだろうと期待しつつの参加です。

 北原白秋と萩原朔太郎によって作られた「伝説」に長い間包まれていた大手拓次。今夏に復刊された原子朗編岩波文庫版の編者による「解説」で、伝説と拓次の実像が異なることが指摘されていますので、伝説からは解放されているようですが、拓次の詩の世界の独特さは変わることなく、読む者に様々な反応を引き起さずにはいられないようです。前回に劣らず皆さんの感想が飛び交ったせいでしょうか、今回も気がつけば終わりの時刻が迫っていました。

 2400篇と言われる膨大な作品を残した拓次。室生犀星、萩原朔太郎とともに白秋の三羽烏と言われるにも関わらず、生前には1冊の詩集も出せなかった拓次。真面目な勤め人という側面をも併せ持つ拓次。社交的でなかった拓次。47歳で亡くなった拓次。拓次の生涯は、様々な事を考えさせます。

 伝説からは解放されたといっても、香りが大好きで、多くの香料を集め部屋においていたという拓次にふさわしく、彼の作品世界からは、あまりにも独特な香りが匂い立ってきます。今回の資料に挙げられた作品は初期詩篇から昭和7年の作品に加えて翻訳もあります。

 そんな中で朗読くじで引き当てたのは「香水の表情に就いて~漫談的無駄話~」抄でした。拓次が勤めていたライオン歯磨の広報誌に掲載されたもののようです。くじには他の詩もあって選ぶようになっていましたが、敢えてこれを朗読しました。香水大好きな拓次による25種の「感じ」が挙げられています。それを鍵にして香水を選ぶようにという文なのですが、香水にこれだけの「感じ」を当てあめられるのは驚異の一言です。この25種の「感じ」は、青空文庫にこの作品が所収されていますので、ご覧になることをおすすめしておきます。それにしても、香水の「感じ」にこれだけの表現を与える感性の豊かさに圧倒されます。しかも図解付きです!これあればこその拓次の詩ではと思い、これを選びました。

 今回の資料も含めて、拓次の詩を読んで行くときに感じるのは言葉の密度の高さです。その密度の前に私は怯んでしまうこともありました。読む者を惹きつけると同時に、その密度のゆえに拒む言葉ともなっているように思うのです。

 ポエカフェ前、ポエカフェ後、拓次の詩を読み続けています。いまも、出かけるときには原子朗編の岩波文庫版の詩集を入れています。読みながら、ときにメモをとっています。そこから一部を書き写します。

「官能的言葉の密度。彼の言葉の住人とはなれない。外から彼の世界を恐々と覗くだけ。」

「音・光・熱の重層する世界」

「漢字のつながり、ひらがなの惑わし」

共通するのは、濃密な言葉が産み出す世界に戸惑っている私です。

 その濃密な世界がときに、前回のときに言われた「かゆい」というような言葉に繋がるのかも知れません。真面目に勤め人としての日々を過ごしていた拓次にとって、自らの産み出す詩の世界こそがリアルな世界だったのではとも思います。岩波文庫の編者解説にも「詩は不抜のとりでだった」とありますが、読み進めるにつれ、その感が増しこそすれ減ることはありませんでした。

 拒まれるように感じながらも、離れられなくなっています。口語自由詩が作られるようになった、ごく初期に、これだけの言葉を駆使して詩を作り続けた拓次に、もっと光が当てられたらと思いながら読んでいます。

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