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2019年9月

「もっとパンの會を」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の6(パンの會リターンズ!篇)

 「さう云う五月が街に来た。---//珍しくも梅雨が霽れ/重重しい灰色の雲を透して太陽が/ 銀座の角の時計屋の窓の硝子を射とほした。/じいん・かつくう……/硬玉、碧玉、土耳古玉/四つ葉くろおば、忘れな草、/また黄金の馬の蹄の留針はむらむらばつと輝いた。/じいん・かつくう……/折柄赤銅の小屋の屋根にて/鳩は尻尾を高くあげ、一きは高く、/じいん・かつくうと鳴きたれば、/主人は片眼より拡大鏡を外し/(略)」木下杢太郎の「五月の頌歌」の最初から13行目までです。酒場で「青きペパミントの酒を啜る」「われ」の詩です。作者はパンの會の中心人物木下杢太郎です。

 「じいん・かつくう」と云う鳩時計の時を告げる音が耳に残ります。その音が、風景を広げます。「銀座の角の時計屋」は4丁目の有名な時計店でしょうか。12時を告げる鳩の鳴き声と聞いた主人が瞼で挟んでいた拡大鏡を外す風景が鮮やかに浮かび上がります。もっとも、現代の時計屋では見ることのできない風景ですので、私のような昔を知る世代でなければ、この風景はわからないかもしれません。

 並べられた宝石の名前とともに、明治末期のハイカラな雰囲気の風景です。昭和の中ごろまで鳩時計は時計屋にとって欠くことのできない商品でした。扱いが面倒で修理する職人には嫌われていましたが、結構需要はあったようです。杢太郎の詩は、明治末期のハイカラな時計屋の風景を浮かび上がらせてくれます。場所も銀座です。この詩の末尾には「さう云う五月が来るときは/河沿いの酒場に入りて/われ静かに青きペパミントの酒を啜りて、/(略)とあります。

 隅田川をセーヌ川に見立て、パリのカフェでの文人たちの交流に憧れて始められたパンの會の中心人物にふさわしい詩に思えてきます。「じいん・かつくう」の音が時代を越えてパンの會へと誘ってくれるような詩に思えます。

 31日に開かれたポエカフェ「《パンの會》 リターンズ!篇」は、高円寺の「木もれび」さんで開催されました。7/28に開催された《パンの會》 のリターンズです。予約が埋まるのが早く、参加できなかった方や、時間の都合がつかなかった方の熱い要望で開催となりました。初参加の方も含めて12名の参加です。本来は7月に参加できなかった方優先だったのですが、前回参加できなかった連れ合いのあんじと一緒に、ずうずうしく参加しました。

 いつもより30分短い会でしたが、Pippoさんのパンの會への熱い思いの溢れる密度の高い時間となりました。資料も先月とは改定されています。パリの文化への憧れと江戸趣味が混在するパンの會の中心となった北原白秋や木下杢太郎の作品はもちろん、パンの會に先立つ与謝野晶子の作品や上田敏の『海潮音』からもとられています。

 朗読くじでひいた作品の朗読も楽しく、会は進んでいきます。もっとも、交換もできるので、結構好きな詩を読めるのです。私も杢太郎の詩3篇が記載されているものに交換してもらいました。パンの会については今回で3回目ですが、白州や杢太郎はじめ、今回の資料にあげられた詩人、歌人はこれまでもポエカフェで取り上げられています。ですので何回も目にする詩もあるのですが、朗読する方によって、受ける印象が異なるのもポエカフェの面白いところです。ちょっとした読み方の違いで違う世界が広がります。黙読で受ける印象とも異なります。それは朗読の巧拙とは別のところからくる、その時に詩の言葉が朗読する人を通してだけ見せる姿があるからのように思えます。

 私はくじにあった「金粉酒」「街頭初夏」「両国」から「両国」を選んで朗読しました。パンの會のパリへの憧れと江戸趣味の双方が含まれる詩と感じたからです。大川にかかる両国橋あたりの風景を描写しながら、作者がいるのは西洋料理舗(レストラント)の2階です。手には薄玻璃の盃です。そこにあるのは灘の美酒、菊正宗。五月の夕方の河風に作者は何を思っていたのだろうと、風景とともに想像が広がっていきます。

 楽しい時間があっという間に過ぎるのは常のこととはいえ、本当にあっという間でした。會の後にはPippoさんお手製のスパイスカレーも美味しくいただきました。「木もれび」さんのご好意で持ち込みOKとなったと聞きました。「木もれび」さんの美味しい飲み物とお菓子、ありがとうございました。

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