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「大切な財産を失った」ポエトリーカフェ参加の記 第9期の8(竹内浩三篇)

 10月26日に神田伯剌西爾さんで開催されたポエカフェ竹内浩三篇は、記念すべき10周年の会でした。2009年10月にスタートしたポエカフェも丸10年が経過したのです。第1期の途中から参加させてもらっていますが、このような集まりが、これだけの年月続くのはすごいことと改めて思うのです。おめでとうございます!今回も第1回に参加されたKさんも参加しておられます。その一方、初めての方もおられます。Pippoさんから溢れてくるオープンな雰囲気が継続の力になっているのでしょうかとも考えながらの参加です。

 課題詩人は竹内浩三です。自己紹介しながらいつも通りに朗読くじを引きます。資料が多いので、希望者は二つとってOKとのこと。迷うことなく二つとりました。ひいたくじの一つを開くとそこにあったのは「骨のうたう」です。「戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや 哀れ/…」と始まります。竹内浩三を世に知らしめた詩です。くじには最初に世に発表された形(親友の中井利亮の手が入っていると言われます)と原型が並べてありました。迷うことなく原型を朗読しました。(上記の冒頭の部分は両方とも同じです。)たしかに、最初に発表された形は整っていて、テーマ性もはっきりしているようですが、陸軍に入隊前の浩三の心情を表しているのは原型の方と感じていたからです。生きている間は、詩人として知られることなく、繰り上げ卒業で大学を卒業後、徴兵された竹内浩三が、入隊前に作ったこの詩は、やはり原型で味わいたいのです。

 竹内浩三がポエカフェで取り上げられるのは、今回で3度めになります。最初は2009年第1期第3回のこと。その時、私はまだ参加できず、ネットで開催の情報を見ながら、図書館で借りてきて読みました。それ以来、心にかかり続ける詩人の一人となったのです。2度めは第3期の2012年でのリターンズ篇でした。その時は参加でき、ブログも書いているのですが、その末尾に「この詩に、浩三の詩に心惹かれる理由があるようだ。本質を見ざるを得ないのに、それでいて一人の『大きなケッカンをもっている』人間としての浩三。ここに込められた浩三の思いを表せることばを探している。」と書いた。その思いを抱えて、今回も参加しました。

 配布された資料は初期の作品から筑波日記に至るまで盛りだくさんのものです。参加されたお一人お一人の感想を今回も興味深く聞きました。「感覚的に優れた人」「五感が繊細な方」などの言葉が私にとっては印象的でした。そして、前回に続いて長い詩を何人もで読む形もありました。詩は「よく生きてきたと思う」です。6人での朗読でした。声もテンポも違うのに、不思議と浩三の言葉が浮かび上がってきます。読まれた方の読み方に加えて、浩三の言葉の力を感じます。戦死して長い年月がたっても、古びない浩三の言葉の力が迫ってくるようです。

そして、ポエカフェ後も、竹内浩三の詩や、彼についての本を読み続けています。参加するたびに浩三に惹かれていく自分がいるようです。詩集以外で、今回改めて読んで良かったのが『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と生』(稲泉連著 中央公論新社)です。1979年生まれの著者が竹内浩三に惹かれ追っていく著作です。戦争を知らない著者が戦死した一人の若者の生涯を追跡し、関係者の話も聞いていく形で構成されています。

 その中に全集を出した藤原書店の藤原さんの言葉が収録されています。「でも、戦争の体験のなかに身を置かないと、本当のことは分からないのだと思う。僕らが感じることができるのは、本当に大切な財産というのを失ってしまったということだけなんだよな。~」という藤原さんの言葉が印象的です。

 私も戦争を知る世代ではありません。ただ、1952年に生まれたので、戦争の傷は目に見える形でまだ身近にありました。それでも、身を置いたことのないことの壁は感じます。藤原さんの言葉は、その壁は壁として、それでも受け継ぐものがあることを知らせてくれているようです。

*「骨のうたう」の原型は青空文庫で読むことができます。

 

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