文化・芸術

「ゆっくりと」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の7の2(山崎方代プチリターンズ篇)

「ゆっくりと」

 ポエカフェは先月15日が第7期の最終回で第8期第1回は、9月と聞いていたのですが、なんと、7月の都留での開催に来られなかった方々を含め、山崎方代さんリターンズを求める声が多く、8月5日にさっそくのリターンズ開催となりました。開催のお知らせがありました。正式の告知を待っていようかとも思ったのですが、もしかすると申し込みが間に合わなくなる可能性があるのではと、TwitterでPippoさんに参加希望を出したところ、既に10人近くの方から申込みありとのこと、危うく間に合わなくなるところでした。山崎方代さんの人気恐るべしです。

 7月の会に参加しておられた方がわたしと連れ合いのアンジーを含めて半数近く。初めての方も2名おられる会となりました。都留での会をアレンジしてくださったCさんもいらっしゃいます。改めて感謝を述べました。Twitterでお名前を知っていても初めてお会いする方もいらっしゃいます。こんな出会いも楽しいものです。会場はいつもの神田伯剌西爾さんですが、通常営業もなさっているので、レジ脇の小部屋を貸切にしての開催となりました。ご自身も短歌を詠まれ、方代さんにもお詳しいと思われる方もおられます。とても参考になる意見を聞くことができました。

 資料は、都留での開催時と変わりはないのですが、Pippoさんの説明を聞きながら確認していくと、前回見落としていたような点にも気がつきます。もしかして、Pippoさん自身も少しバランスを変えていたのでしょうか。参加者とのやりとりの中で、改めて気がつく箇所もあります。特に、山梨にいた頃の方代さんの両親との関係や暮らしぶりが印象に残ります。そこから戦傷を負って引き上げてきてからの生き方がどうつながっていったんだろうと考えさせられます。右目を失明し左目も0.01の視力しかなくなった方代さん。父親も方代さんの出征中に死亡しています。のちに、両親の墓を立てることに熱心だった方代さん。故郷や家族への思いを考えさせられます。

 歌人としての評価は、かなり歳をとってからのことになりますが、自費出版した第1歌集『方代』を面識もない多くの知名人に贈呈し、会津八一からの葉書に大喜びする方代さん。鎌倉で建ててもらった小屋に来客があれば、方代さん流の仕方で、精一杯喜ばそうとする方代さんの姿もあります。不思議と支援者が次から次へと?現れてくる方代さん。何が人々を引きつけていたのだろと考えてしまいます。

 今回の朗読くじで当たったのは、第3歌集『こおろぎ』から取られたものでした。17首ある中から迷いながら次の二首を選びました。「なんとなく送ってしまった生涯を腕を拱いて見おくりたり」「暮れなずむ夜ともなれば鎌倉の世間へ出でて皿を洗います」です。前回心にかかった歌として「おのずからもれ出る嘘のかなしみが全てでもあるお許しあれよ」を挙げましたが、それと合わせて方代さんの生き方が嘘を越えて垣間見える歌ではないかと思って選びました。

 都留での会の参加記に「惹きつけられながらも、その理由が自分にもわからない。そんな状態が続いています。」と書きましたが、その状態はまだ続いているようです。そんな簡単にはわからないよという、方代さんの声も聞こえてきそうです。「おのずからもれ出る嘘のかなしみ」は、そんな簡単には捉えきれないでしょう。でも、もれ出てくるものが、じんわりと入ってくるように感じます。

 方代という名も「生き放題、死に方代」にちなんど言われていますが、じつはそれも本当なのかなと疑わせてしまうような方代さんに思えてくるのです。嘘を含めて山崎方代という生き方の中に方代さんが何を込めて歌い続けたのか、ゆっくりと受け止めながら味わいたいと思うポエカフェとなりました。そんな読み方が方代さんには、相応しいように思えるのです。

 今回のポエカフェで、第7記は終了となりましたが、前回の都留篇の付属?という形で通算の回数には含めないということでした。それで、今回の参加記の題名も「第7期の7の2」となりました。

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「嘘の中に?」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の7 (山崎方代篇)

 遅くなりましたが、7月15日に開催されたポエカフェin 都留:山崎方代(やまざきほうだい)篇の参加記です。

 当日はポエカフェ本篇に先立って、都留市在住のCさんがアレンジしてくださった「エンジョイ都留!ツアー」もあります。もちろん、ここから参加です。富士急行線の谷村町駅前に11:30集合とのこと。連れ合いのアンジーと一緒に、大月乗り換えで向かいます。連休初日だし少しは混むかなと思っていたのですが、想像をこえる混雑!これでは通勤ラッシュみたいではないですか。ふと車内の広告に目をやると、あるゲームに絡んだイヴェントが開催される当日でした。車内には外国人の観光客に混じって、そのイヴェントに向かうと思しき人々が…。こりゃ、混むわけです。

 谷村町駅で降りたのは、ほぼポエカフェ参加者でした。改札の前にはツアーをアレンジしてくださったCさんが待っていてくださいました。

 参加者が揃ったのを確認して、Pippoさんが作成した小さな山崎方代の旗を持ったCさんの案内でツアー開始です。最初に行ったのは「ミュージアム都留」。そこでCさんが用意してくださった資料をもらいます。これが、力の入った素晴らしい資料。都留の歴史や関わりのある文人たちの資料が用意されていました。これは保存版です。Cさん、ありがとうございました。甲斐絹(かいき)に関する展示も面白く拝見。展示されていた屋台の幕には圧倒されました。

 開催初日であった根付展ももっと見たいところでしたが、昼食目指して散歩開始です。まさかの暑さの中、途中、道路脇の水の流れに助けられつつ、無事目当てのうどん屋さんに到着です。ここのうどんが安くて盛りが良くてうまいという、文句なしの店でした。盛りの良いのを知らず大盛りを頼んだ私。みんなに大丈夫と言われながらも完食しました。(ツアーの様子は、参加者の青柳しのさんがブログ「しろくま文庫」に写真つきであげてくださっています。是非、ご覧ください)

 会場の「バンカムツル」さんは、そこからほどない都留文化大学の前にあります。ポエカフェ本篇は、いつものスタイルで開始です。そこでおどろきの出会いがありました。初めて参加してくださったSさんの友人が、ある著名な詩人の友であるHさんの子孫だったのです。その詩人を好きなYさんの質問からわかったのですが、会場に響き渡る参加者の「え~!!!」の声。

 素晴らしい出会いから始まった、今回のポエカフェ、取り上げられるのは歌人:山崎方代です。山梨県は甲府市右左口町の出身です。(略歴は先にあげた青柳しのさんのブログに良い抜粋があります。)十代後半から歌を始めますが、なかなか一つの職場に落ち着けなかったようです。そして戦争に駆り出され、目を負傷し、右目を失明、左目の視力が0.01になってしまいます。職業訓練も受けますが、その後の一生をほぼ無職で暮らすことになった歌人です。

 時に、尾崎放哉や山頭火とも比べられますが、実際にはほとんど放浪はしていないようです。親子ほども歳の離れた姉の世話になったりもしますが、不思議と助けてくれる人に恵まれています。自分の家の敷地に小屋を立てて住まわせてくれる人など、そうはいないでしょう。

 方代さんの(さん付けが似合いそうな人なので)歌は不思議な魅力に溢れています。予習にと思って借りてきた全歌集を開いた途端、すっと入り込まれた感じがしました。理由はわからないのですが、惹かれます。

今回も朗読くじがありましたが、私が朗読したのは歌集『右左口』からの二首、「大正初年の生れにて柿の実は三つ残してもがしてもらう」と「かたわらの土瓶も既に眠りおる淋しいことにけじめはないよ」です。ふっと口をついて出たような言葉にも思えます。しかし、心に語りかける言葉です。

 自分の朗読ではないのですが、心にかかったのは「おのずからもれ出る嘘のかなしみが全てでもあるお許しあれよ」です。方代さんの心が垣間見えるような歌に感じます。嘘と言えるような事の中に、じつは大事な事を込めている方代さんなのかなと思うのです。帰ってから、生涯に関する本を読んでいますが、ますます、そう感じています。

 参加記を書くのが遅くなりましたが、ポエカフェ後忙しかったのとは別に、方代さんをどう受け止めたら良いのか、自分の中でまとまらなかったこともあります。惹きつけられながらも、その理由が自分にもわからない。そんな状態が続いています。そんな時、方代さんのリターンズ篇が開催されるとの報せがありました。参加するっきゃありません!

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「いちめんのなのはな」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の7 (山村暮鳥篇)

 4月15日に行われたポエカフェは、春の出張篇です。場所は向島の甘夏書店さん。一軒家カフェikkAさんの2階です。階段を上がって2階に行くと、畳敷きの甘夏書店さんの部屋があります。その隣の和室が今回の会場です。畳敷きの部屋に和みます。Pippoさんに近い方は座布団に、遠い方は用意された椅子に座ります。私の座った脇には明かり取りの障子がありました。向島の古い家屋です。

今回の詩人は山村暮鳥です。ポエカフェでは3回目の登場になります。1回目は第1期の第8回、私は、2回目には参加できなかったので、ほぼ7年ぶりになります。断片的に知っているにすぎなかった山村暮鳥でしたが、第1回に参加した時、『聖三稜玻璃に強い魅力を感じ、それ以来、好きな詩人のかなり上位に来ています。予習を兼ねて改めて読み直してみても、魅力は衰えるどころか増してきています。参加される皆さんが、どのような感想を持たれるのか、関心が高まる中、連れ合いのアンジーと一緒の参加でした。

 新しい方が何人もおられる中、何時ものように自己紹介から開始です。暮鳥との距離はそれぞれ違いますが、それだからこそ、皆さんの感想が楽しみになるのです。ikkAさんが用意してくださった桜香るほうじ茶をも美味しく、更に追加注文のイチジクのドリンクも美味しくいただきながら、会は進んでいきます。

 これも恒例の朗読くじが自己紹介の間にも回ってきます。できれば『聖三稜玻璃』から読みたいなと思っていたのですが、残念ながら違いました。隣にいたアンジーが交換してというので、交換しましたが、これも違います。その時、残ったくじから選んで良いというPippoさんの声がありました。さっそく手をだすと、なんと「風景 純銀もざいく」が残っているではありませんか。「いちめんのなのはな」が続く詩です。始まる前にMさんと、読むのが大変な詩にあげていたのですが、こうなったらやるっきゃないと思い切って交換しました。

 Pippoさんが暮鳥の生涯を紹介し始めます。やがて朗読も始まります。『聖三稜玻璃』からも何篇か取られています。最初は「囈語」です。これも大変な詩です。「窃盗金魚/強盗喇叭・恐喝胡弓/賭博ねこ/…」と続きます。各行の前半と後半の言葉のつながりに意味を見出すことは難しいでしょう。イメージだけが迫ります。次は「気稟」です。まだわかりやすいでしょうか。それでも、そこからのイメージは色々です。

 ついに私の朗読の番です。Pippoさんの解説や、皆さんの感想を聞きつつ、こっそりとどう読むかメモを作っていました。1連9行で3連の詩です。「いちめんのなのはな」が繰り返されていきます。そのなかで各連とも8行目に別の言葉が入ります。1連目は「かすかなるむぎぶえ」2連目は「ひばりのおしゃべり」3連目は「やめるはひるのつき」です。

 1連目は水平、2連目は下から上へ、3連目は空(上)への視線を意識しながら読みました。イメージの世界に入りながら朗読しましたが、効果はどれほっだったでしょうか。実は、大好きな詩なのですが、同時にわたしにとっては、大きな緊張感をもたらす詩なのです。1連目から3連目へと進む中、緊張感が増大してくるのです。ですので、3連目はスピードを上げ、たたみかけるように7行目まで読みました。押しつぶされそうな緊張感の中、空を見上げると「やめるはひるのつき」に吸い込まれていきます。

 まったく個人的な感想です。朗読後、様々な感想が出ました。暮鳥はどこにいるのでしょう、のんびりとした風景ととりたい等、話は広がります。それだけこの詩に力があるのでしょう。イメージはそれぞれに広がります。

 自分の好きな詩の話ばかりになってきました。戻りましょう。会はその後も暮鳥の生涯を追いながら作品の紹介が続いていきます。晩年の『雲』に収められた詩も心に残ります。暮鳥の作品の背後には、彼の信仰のあり方が透けて見えるような気がします。聖公会の伝道者として活動しながら詩を作り続けた暮鳥です。しかし、その信仰は一般的なキリスト教の枠組みからははみ出すようなものだったでしょう。東洋的なものとのつながりも感じます。

 『雲」の詩を読みながら、八木重吉のことを思い出していました。短い平易な言葉で綴られた詩。形として近いものがあるでしょう。信仰の姿勢はかなり違います。二人が出会い話あったらどんなことを話したのだろうと考えるのも楽しいことです。

 もう一つ気になるのは三野混沌との関係です。Pippoさんも紹介しておられた『暮鳥と混沌』を遅まきながら読み始めています。

 ikkAさん、甘夏書店さん、近ければ絶対通っているでしょう。良い空間をありがとうございました。また、暮鳥の生涯等に関しては今回も古書ますく堂さんがブログでうまくまとめてくださっています。是非、ご参照ください。

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「リアリティを求めて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の6 (尾形亀之助篇)

 先月26日に開催されたポエカフェで取り上げられてのは尾形亀之助。仙台での1回を含めて4回目の登場です。私は今回が2回目ですが、前回の参加時のブログで、亀之助の詩を読んで感じたことについて「言語化すること自体を亀之助の詩が拒んでいるのかもしれない。かんたんに言語化して意味など与えないでくれと」書いている。それでも心にかかる詩人なのです。その後読み続けることはしていませんでした。自分の内の何かが反応している感じがありました。引き込まれそうな予感とともに、そうなったらまずいかもという感じがあったからかもしれません。しかし、夏葉社さんから「美しい街」が刊行されたこともあり、買って読み始めていました。期待と不安?の入り混じった中での参加でした。

 連れ合いのアンジーと一緒に会場の神田伯剌西爾さんに着くとPippoさんが資料の整理中です。アンジーと一緒に手伝います。第1期の頃から変わらないこのこの手作り感もポエカフェの良さです。長く続くと、それなりの固定感も出やすいと思うのですが、そうならないのがポエカフェの不思議な魅力でしょう。今回も数名の新しい方を含めて、ゆったりと自己紹介から開始です。

 今回も恒例の朗読くじがあります。短いのやら、散文詩の長いのやら入り混じっています。くじではありますが、希望によって交換可能なところもポエカフェならではかもしれません。長いのは避けられがちでした。私は、いきおいで引いたところ、なんと最後の詩集『障子のある家』の「後記」の中の「父と母へ」でした。同じ「後記」にある自分の子どもへの「泉ちゃんと猟坊へ」とともに大好きなものです。ちなみに「泉ちゃんと猟坊へ」は夏葉社さんの「美しい街」にも収められています。

 『障子のある家』はたった70部だけ刊行された亀之助最後の詩集です。その自序には「何らの自己の、地上の権利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。それからその次へ。~」と始まります。「その次へ」をどう取るかが亀之助を理解する上で、大きな分かれ道になるような気がしています。

 それにしても、これを引くとはと驚きでした。というのも、この「父と母へ」に関して前回のブログでも取り上げていて、その最初の部分「さよなら。なんとなくお気の毒です。親であるあなたも、その子である私にも、生んだり生まれたりしたことに就てたいした自信がないのです。」を引用しつつ「そこには、現代的な問いが含まれていると思うのは、私の勝手な思い込みかもしれないが…。」と書いたからです。

 今回の参加にあたり、亀之助の生涯を詳しく調査した秋本潔氏の『評伝 尾形亀之助』を読みかけていました。亀之助の生家の背景も詳しく調べられています。そこを読む中で、亀之助の成長過程と作品との結びつきを考えざるを得ないように思ってきています。特に11歳で喘息の治療のためとは言え、親から離れた鎌倉での生活や、その後の東京での生活も気にかかります。ポエカフェでいろいろな詩人に出会ってきましたが、尾形亀之助ほど成長過程と作品が結びついている詩人は内容に感じています。

 先に引用した中の「生んだり生まれたりしたことに就てたいした自信がないのです」という箇所は、亀之助の社会に対する向き合い方に決定的な影響を与えていたのではないかといったら考えすぎでしょうか。無為としか見えない暮らしの中で、自分にとってのリアリティーを探し求めつづけたのが亀之助だったのではと思うのです。それは、目の前の暮らしより、存在の本質へと向かわざるを得なくさせたのではないかと思うのです。

 作品への「浮遊感」という評も聞かれましたし、「ボンボン」という評もありました。そう言われてもしょうがない生き方でしょう。しかし、作品の底に流れる言語化を拒むような感覚にこそ亀之助の本質が隠されてるように感じるのです。亀之助のこんなところに、どうやら惹かれているようです。そうすると、私自身、かなり危なっかしい存在ということになるかもしれませんが…。

追記1:『障子のある家』に収められた「おまけ 滑稽無声映画「形のない国」の梗概」も好きな作品です。

追記2:亀之助の生涯については、今回も古書ますく堂さんのブログ「古書ますく堂の、なまけもの日記」を参照してください。

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「やわらかさの中にも」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の5 (石垣りん篇)

 2月26日に開催されたポエカフェの詩人は石垣りんさんです。りんさんファンの連れ合いアンジーと一緒の参加です。あれから1週間以上たってしまいましたが、余韻覚めやらぬ状態です。石垣りんさんの改めて大きさを感じる回でした。りんさんの生涯については、今回も「古書ますく堂」さんがブログでうまくまとめってくださっていますので、ぜひご覧ください。

 「二月には/土の中にあかりがともる」石垣りんさんの死後に出版された詩集『レモンとねずみ」に収められた「二月のあかり」の冒頭です。2月26日に開催されたポエカフェ石垣りん篇での朗読くじで当たったのがこの詩でした。第1詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』から出版された順にりんさんの詩を皆で読んでいく中で、最後に近いところでの朗読です。それまでの、社会や女性の立場について、または、家族についての時に辛辣で、厳しく、また重く迫ってくるりんさんの詩とは、異なった感覚を受けます。それだけに、印象に残った詩となりました。

 一読した印象は「やわらかい」ということでした。二月の土の中にともるあかり。春はまだ姿を見せない中、やがて来る春に備えている土の中のお母さん。夜の明けぬ内から子供の遠足の準備をする母親の姿に重ねて歌われています。

 晩年の詩なのでしょうか。この詩を書いた時、りんさんの目に何が映っていたのかと考えさせられます。戦争を経験し、若い時から男性社会の中で働き続けたりんさん。「表札」に代表されるような背筋の伸びた、キリッとした詩がよく知られているでしょう。「表札」の最終連「精神の在り場所も/ハタから表札をかけられてはならない/石垣りん/それで良い。」の鋭さ、いさぎよさに惹かれます。

 わたしにとって、ポエカフェに参加するようになる前から読んでいた数少ない詩人です。朗読音源を聴いて、その朗読に引き込まれたものです。りんさんの詩に出会って十数年になると思います。そんな中での今回のポエカフェでした。皆さんがどのように読まれるのか、どのような感想が出るのか、いつにもまして興味がありました。初参加の方も含め、とても盛り上がった会となりました。りんさんの詩が、皆さんの発言を引き出していったようです。

 皆さんの発言を書き留めていっているのですが、いつもよりメモの数が多くなりました。それだけ、りんさんの詩が、お一人おひとりに届いているのではと思います。「これが一番好き」と言って朗読する方。自分の状況と比較してあまりにも辛いのでと、くじを交換された方。詩の力を強く感じる時でした。今も読まれるべき詩人という発言もありましたが、本当にそう思います。だからこその盛り上がりでしょう。

 朗読されなかった詩に『やさしい言葉』の「川のある風景」があります。「夜の底には/ふとんが流れています/」と始まります。「川が流れています。/深くなったり/浅くなったり//みんな/その川のほとりに住んでいます。」と閉じられます。この詩もとても気になっています。

 『レモンとねずみ』の巻末に収められた「石垣さん」という谷川俊太郎さんの詩があります。そのなかに「私は本当のあなたに会ったことがなかった」という1行があるのです。本当の石垣りんに会ったことがある人はどのくらいいるのだろうかと思います。

 詩一篇、一篇から受ける感動とは別に、石垣りんという詩人のイメージ、なかなか焦点が定まりません。銀行員としてのりんさん。組合活動を活発にしていたりんさん。家族の全てを背負っていたりんさん。一人の女性としての晩年のりんさん…。苦しさを扱う詩でも、決して否定しないりんさん。独特の強さを思います。それは冒頭にあげた「二月の明かり」のやさしさの中にも息づいていると思うのです。その強さの奥底にあるものが知りたくなります。エッセイを含め、もっともっと読みたくなる詩人です。

 さて、次回は尾形亀之助とのこと。これまた楽しみです。

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「時代を越えて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の4 (吉原幸子リターンズ篇)

 通常は、月1回のポエカフェですが、今回は熱烈なリクエストがあったようで、1/22に開催された吉原幸子篇のリターンズが、早くも2/11に開催されました。本編の吉原幸子篇の時、取り上げる詩人投票で吉原幸子さんに一票を入れた身としては参加しないわけにはいきません。しかも、前回終了後、連れ合いのアンジーに、「よかった、よかった」を連発していたものですから、アンジーもリターンズには何が何でもの意気込みでの参加となりました。

 いつもと違い、土曜日の昼間の開催。神田伯剌西爾さん界隈も日曜の夜とはまったく違った雰囲気です。伯剌西爾さんの店内、いつもとは違うスペースをお借りしての開催です。ちょっと狭いけど、参加者の皆さんの声がよく聞こえ、親密度も増すような感じで、これもまた良しです。膝を付き合わすような狭い会場で開催したこともある初期の頃のポエカフェを思い出したりもしていました。

 さて、今回も吉原さんのご子息・純さんが参加してくださり、参加する身としては、感謝感謝です。

配布された資料、年表は同じですが、詩は六篇が新しくされていました。ポエカフェ初参加の方も含め、恒例の自己紹介から会は始まります。Pippoさん以外13名の自己紹介なのですが、おそらくポエカフェ史上でも、一番時間をとった会の一つとなりました。でも、それが飽きないから不思議な空間です。ここに入ると、何かが引き出されてくるのでしょうか。

 会自体はいつも通りに年譜で生涯を振り返りながら、朗読くじで当たった作品を朗読・感想という形で進みます。年譜の紹介中、純さんが適宜面白いコメントを挟んでくださいます。前回聞いたこともあるはずですが、純さんの幸子さんへの想いが込められたコメントに、時には笑いもありで、引き込まれていきます。こんな機会、90回以上開催されたポエカフェでも、滅多にあることでは、ありません。改めて、これだけでも幸せな時間でした。更に、お持ちいただいた写真や資料がすごすぎます!大きく引き伸ばしてお持ちいただ写真の幸子さんのカッコイイこと!これを見られただけでも参加してよかった!!このあたりのこと、今回も古書ますく堂さんのブログを是非ご覧ください。

 今回の朗読くじで当たったのは、『魚たち・犬たち・少女たち』より、「死ぬ母 ― さらばアフリカ」でした。ご子息の話では、『昼顔』の「街」が転機となっており、これはそれ以後の作品となります。たしかに作風の変化を感じます。「わたしを殺したのなら/わたしをたべてください/いちばんおそろしい猛獣たち にんげんよ」で始まるこの詩。角を取られ、砂の上で朽ちていく母が捕らわれ檻の中にいる息子のことを思う歌という体裁です。諄々と語られる思い。「です・ます」調で綴られる言葉の中、1箇所だけ「それが礼儀だ」と強い言葉が突然現れます。

 この詩を朗読する中で、改めてこの「それが礼儀だ」に込められた怒りとも悲しみ共言える感情が強く迫ってきました。朗読中、この箇所に差し掛かった時、一瞬、ひるみました。どんなに読もうとも、この言葉にかなわないと。

 『幼年連禱』の中の「IX 空襲」も心に残りました。それは「人が死ぬのに/空は あんなに美しくてもよかったのだろうか」と始まり「戦いは/あんなに美しくてもよかったのだろうか」と閉じられます。東京大空襲が背景にあるようです。この最初と最後に挟まれた部分では、「あんな大きな夕焼け」「反射の ぜいたくな 幻燈(スクリーン)」「どこからか さんさんと降りそそぐ 金いろの雨」といった表現があります。

 焼夷弾が降りそそぐ下では、地獄絵図が繰り広げられています。しかし、遠くから見るなら、さまざまな光と色の共演しか見えません。幸子さんは、その「美しい」光景の下で何が起っているかを知っていたはずです。だからこそ、その前後を「美しくてもよかったのだろうか」と挟んでいるのでしょう。「美しくても」の「も」が残ります。この詩に時代を越えた普遍性を感じます。

 この詩だけでなく、生きること、死ぬことに向き合い続けた幸子さんの、それでいて、しんが揺らぐことがないゆえの普遍性を改めて強く感じ、もっともっと、読み継がれていってほしいと思いが残るポエカフェでした。

さあ、次は26日の石垣りん篇です。待ち遠しい!

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「『痛いいのち』を抱いて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の3 (吉原幸子篇)

 今年最初のポエカフェは、1月22日に開催されました。今回は、PippoさんがTwitterで挙げた3人の女性詩人からアンケートで選ばれた吉原幸子篇です。Pippoさんの著書『心に太陽をくちびるに詩を』にも取り上げられた詩人です。本にまとまる前の連載時から気になっていた詩人で、すこしづつ追っかけていたこともあり、吉原幸子に1票入れました。ですので、ワクワク感はいつもより高めだったかもしれません。その上、ご子息の純さんが参加してくださるというのです。期待が高まらないわけがありません。

 少し早めに会場の伯剌西爾さんに着いたところ、一般のお客さんが帰るまでお店の片隅で待つことになりました。すると、そこに「初めてです」という男性がお一人。常連さんも次々集まってくる中、お店の切り替えも終わり、席に着くとその男性はPippoさんの席のそばに。Pippoさんから資料が配られた後、その方が最初に紹介されましたが、何とご子息の純さんでした。知らずに隣の席に座った私ですが、「やった!」とこころの声が聞こえたような。

 伯剌西爾の店長さんが用意してくださったお菓子(とても美味しかったです)を注文しながら、自己紹介の始まりです。まずは、純さんからでしたが、ご子息ならではの思いを込めた自己紹介に、この部分だけでも来てよかったと思えるほどです。

 年表を参考にしながら、吉原幸子の生涯を追っていきます。この辺り、いつものように古書ますく堂さんがブログにうまくまとめてくださっていますので、是非、ご覧ください。その間にもご子息からの情報が入ります。劇団四季では天本英世と同期だったとは!原宿に住んでいらっしゃたころのことを話されるご子息。そのころの原宿の雰囲気を思い出しながら聞いていました。

 生涯の紹介とともに、いつもの通り朗読くじで当たった作品を各自が朗読します。一番くじを引いたのはなんとご子息。作品は処女詩集『幼年連禱』から「無題(ナンセンス)」です。ゆっくりと、間をおきながら、言葉をとても大切に読んでゆかれます。この朗読から受けたものを表現する言葉を持ち合わせていないことが悔しいと切実に思います。ただ「スゴイ!」としか言えません。

 私が当たったのは『幼年連禱』から「I あたらしいいのちに」です。吉原幸子が、ご子息を身ごもっている時に作られた作品です。詩集ではこの後、一連の「Jに」という詩が続きます。もちろん「J」とはご子息のこと。母親としての吉原幸子の詩です。

 しかし、ご本人を前にして、この詩を朗読することになろうとは…。なんとか朗読を終えましたが、詩の力に圧倒されて感想がうまく言葉になりません。「おまえにあげよう/ゆるしておくれ こんなに痛いいのちを」と始まります。「それでも おまへにあげた/いのちの すばらしい痛さを」と続きます。これが第1連。最終連の4連目は「ぎざぎざになればなるほど/おまへは 生きてゐるのだよ」と始まります。吉新幸子自身が、「ぎざぎざ」になりながらも、懸命に生きようとした人なのでしょうか。生まれ来る我が子に、このような言葉をかけられる人の生き様を思います。

 ご子息のお話の中で、わたしにとって興味深かったのは、第3詩集の『オンディーヌ』、第4詩集の『昼顔』を好きな方は、これ以外の詩集を好まないということでした。この2冊、ちょっと異質でどろどろしているとの事。現代詩文庫で読んだだけですが、たしかに異質な感じは受けました。個人的には、この2冊好きなのですが、他が嫌いかというとそうではないのです。ただ、心に響いてくる場所が違う様な気がします。今回の資料にはありませんでしたが『昼顔』の中から「・・・」と「蠟燭」も心に残っている詩です。

 私の読んでいる範囲ですが、いのちと死に向き合い続けた方なのではと思います。それも抽象的なものではなく、自分の肉体を通してという印象を持っています。女性としての自らの肉体を正面から見つめつつ、人としての悲しさと切り結んだ方なのではとも思います。

 2月11日には、リクエストに答えてのリターンズ篇が開かれるという嬉しいニュースがありました。もちろん参加します。もっと、もっと知りたい詩人です。

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「美しき空っぽに魅せられて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の2 (吉井勇篇)

 今年最後のポエカフェは久しぶりの吉井勇でした。Pippoさんの大好きな『パンの會』の中心メンバーの一人です。パリのサロンのようなものを日本でもと始められた『パンの會』。その代表人物の一人とも言える吉井勇。歌集を30冊も残し、1960年まで生のある限り作歌を続けた吉井勇です。『パンの會』に関わる詩人・歌人としては北原白秋や木下杢太郎が既に何回か取り上げられていますが、吉井勇は2回目です。

 体調を崩した方の急なキャンセルもあり、いつもより少し少ない人数でしたが、ポエカフェの雰囲気はいつもと変わらず、参加者を包んでいきます。伯剌西爾さんの用意してくださったお菓子も美味しく、参加者の方々の朗読や感想を聞いているうちに、時間は今回もアッと言う間に過ぎ去って行きました。

 15歳から最晩年までの作品群からPippoさんが厳選した135首が資料に並んでいます。朗読くじには、5~10首くらいが並んでいます。そのなかから選んで朗読です。ちょっと自分の感性が試される?気分もあります。

 ここまで書いてきて、吉井勇の素晴らしさ、心に残ることをどう表していいかわからない自分に気がつきました。決して作品がつまらなかったり、得ることがなかったりというのではありません。、むしろその正反対なのです。今回のポエカフェが終わって、数年前からの『短歌研究』に細川光洋氏の『吉井勇の旅鞄』という連載があったことを知り、クリスマスで忙しい時期でしたが、隣市の図書館で掲載誌を漁るという行動に駆り立てられています。(今年の11月号にも特集があります)

 前回取り上げられた時も、気になる人物ではありましたが、今回ほどではありませんでした。吉井勇の句を評する言葉として、「美しきからっぽ」という言葉が紹介されました。たしかに私が朗読くじで当たった『酒ほがい』所収の歌など、その代表格かもしれません。「わが胸の鼓の響きたうたらりたうたうたらり酔えば楽しき」という歌が紹介されていました。たうたらりの繰り返しが残ります。「いくたりの男のために取られたる手かは知らねど我も取りたる」勇がとった手の相手はどのような女性でしょうか。母音の「お」と「う」が想像と思いの世界を作っているように感じます。しかし、歌われている世界について、「それがどうした」と言われれば、答えに窮するのではないでしょうか。

 吉井勇の素晴らしさのひとつとして思い当たるのは、日本語としての音の、特に母音の扱いのような気がしています。予習を兼ねて全歌集を読んでいたのですが、途中からふと、字を追っていくのではなく、音読、ないし心の中で音を響かせながら読むようにしてみました。そうしてみると、不思議と歌が入ってくるように感じるのです。短歌の定型を崩すような歌はありません。突拍子もない表現もありません。しかし、音を、しかも句の切れ目を意識しつつ、少し伸ばすように読んでいくと心地よいのです。(昔聞いた百人一首の読み方を思い出しながらです。朗読の時、そのような読み方でとも思いチャレンジしましたが、うまくいきませんでした。)吉井勇の句を評する言葉として、「美しきからっぽ」という言葉が紹介されました。その「美しさ」の一端を垣間見たように思うのです。若い頃の酒に溺れ、花街に遊んだ頃の句も、流浪の旅の中で読んだ句も、その点では変わりないように感じます。

 「京に老ゆ」で始まる連作もそうですが、紹介されていた中でもすごいのが『天彦』に収録されている「寂しければ」に始まる連作です。実に72首もあるのです。全歌集でこれを目にした時、圧倒されました。今回の資料には8首が載せられていましたが、同じ言葉で始まりながら、これだけの数を詠める勇の世界の広がりが伝わってきます。それでも日本語としての音の美しさの中に収められています。おそらく吉井勇の日本語における音に魅せられたとも言えるかもしれませんが、もちろん、音だけでもないのです。

 戦後も活躍し続け、宮中の歌会の選者にまでなっている吉井勇。高らかに思想を込めることなく、美しき空っぽの世界を表に出しながら、気がつくと奥深い世界に取り込まれているように感じています。日本語の表現者として、まだまだ、追っかけ続けたくなる歌人と思っています。

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「鳥に導かれて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の1 (鳥の詩篇)

 11月26日、Pippoさん主催のポエカフェ、鳥の詩篇@我孫子に参加してきました。前回の参加が7月でしたから4ヶ月ぶりです。ポエカフェ禁断症状がかなり強くなってきていましたので、ひときわわくわくしながらの参加となりました。そのためもあって(?)、10時からの開催なのに、9時過ぎには我孫子駅に着いてしまいました。会場のブックカフェNorthlake cafe& Booksさんに行くには早すぎるので、途中の手賀沼公園に立ち寄りました。午前の日差しを浴びながら、水鳥たちが遊覧船乗り場のそばで泳ぎ、飛び回っています。今回のポエカフェは鳥の詩がテーマ。この風景にほっこりすると同時に、期待はたかまります。

 少し歩いて会場に到着。Northlake cafe& Books、いい佇まいです。お店の外と入って左側には魅力的な本が並んでいます。既にPippoさんはじめ参加者も数名おられます。カウンターを背に、テーブルを挟んでちょっと左右に長くなりながら、着席。いつものように自己紹介から開始です。

今回は、一人の詩人を取り上げるのではなく、Pippoさんが幅広く選んだ「鳥の詩」が題材です。資料にはホイットマンから始まり、現代短歌までが収録されています。いつもながら、このようなテーマ別ポエカフェでのPippoさんの収集力には感嘆します。

 詩人の生涯に関する紹介がない分、取り上げられた詩を、参加者が次々に朗読し、一言感想を話しながら会は進みます。朗読くじで当たった詩を読むのもいつも通りですが、なぜかいつもよりドキドキします。私が引いたのは金子光晴の「かつこう」でした。くじを開けた瞬間、「ワッ!!」と思います。好きな詩が当たったのは喜ばしいのですが、かえってどう朗読できるかドキドキです。まあ、大した朗読はできませんが…。3連目「霧につゞいている路で、/僕は、あゆみを止めてきく。/さびしいかつこうの声を。/みじんからできた水の幕をへだてた/永遠のはてからきこえる/単調なそのくり返しを。」で、かつこうの声と共に時空を超えた世界へと誘われます。「みじんからできた水の幕」が今とのつながりの中で心に残ります。最後の2行は「かつこうがなゐている。/かつこうがなゐている。」と繰り返されます。今に引き戻されるかのようです。

 朗読くじ、交換しても良いのですが、向かい合わせに座ったお二人が、お互いの好きな詩を引くという驚くべき(?)出来事も起きました。お二人、嬉しそうに交換して朗読なさっていました。こんな自由さも、ポエカフェの良いところです。

 一人の詩人を取り上げる回と違い、テーマ別の会の楽しみは、いろいろな詩人に出会えることです。わたしにとっての嬉しい出会いは高良留実子の「木」でした。最近、現代詩文庫から「続・高良留美子詩集」が刊行され、ちょうど読み始めたところでした。心ひかれる詩人との印象を持ち始めていたところでしたので、不思議な感覚です。

 プレヴェールの「鳥さしのうた」、ブローディガンの「スワンの日々に」、大江満雄の「一つの世界を」、新美南吉の「墓碑銘」等が、今の私に響いてきます。ペンギンを名乗るものとして嬉しかったのは、高田敏子の「ペンギン」が入っていたこと。「飛べないつばさをふりながら/とてもとても遠い彼方を」見ているペンギンの姿が浮かびます。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎます。それでも今回はポエカフェ本編だけでは終わらない楽しい時間が控えています。Northlake cafe& Booksが提供してくださった「豆と挽肉のカレー」のランチが、とても美味しく、近かったら、これを食べるためにも通ってしまいそうです。セットのコーヒーも美味しくいただきました。

 更に、楽しい時間は続きます。ここで個展を開いておられる海津さんの案内での手賀沼散歩です。あらかじめ準備してくださったコースは、興味深い場所の連続でした。文学に関わりのある場所を中心に、手賀沼周囲の崖(はけ)をのぼったりおりたりしながら、自分がどこにいるのかは分からなくなっていますが、出会う場所に惹かれて、そんな事どうでもよくなります。ここまで準備してくださった海津さんに、心から感謝です。

 最後は、手賀沼のほとりにでました。少し日が傾いてきた手賀沼の風景もまた良しです。海津さんから、鳥の種類を教えてもらいながら、歩きます。時には、人懐っこく寄ってくる鳥までいます。Pippoさん、その子に話しかけてたような….

 そうそう、途中で立ち寄ったお煎餅屋さんのお煎餅、お土産に買いましたが、上品な良いお煎餅でした。不思議な集団がいきなり立ち寄ったので、お店のおばあちゃん、驚かれたことでしょう。

 いつもより長くなりました。あの日から1週間以上たち、既に次回12月の告知も出ていますが、今もあの時間が暖かく思い出されます。

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「惹かれるだけでなく」  ポエトリーカフェ参加の記 第6期の6 (三好達治篇)

 このブログ、最初は読んだ本のメモのつもりで始めたのですが、途中からポエカフェ参加記ブログとなっています。そのポエカフェにも、しばらく参加できない日々が続き、ポエカフェ欠乏症に陥っていた私でした。前回参加したのが、3月20日の北原白秋・木下杢太郎の会でしたから、なんとも長い欠席となりました。

 

 7月31日に開催されたポエカフェ三好達治篇。連れ合いのアンジーとともに、やっと来れた!これで少しは、欠乏症も良くなるだろうと思いつつの参加となりました。アンジーも「最近、詩が足りてない!」と言っていたので、思いは同じです。しかも三好達治、ポエカフェでは第1期2010年2月に丸山薫と一緒に取り上げて以来ですが、私もアンジーも、その時が初ポエカフェでしたので、懐かしい想いも加わり、わくわく一杯の参加となりました。

 広島大学大学院教授の、西原大輔先生をゲストにお招きしての会ということもあって、定員をオーバーの中、いつも通り自己紹介から開始です。自己紹介の間に、恒例の朗読くじが回ってきます。同時に、会場を提供してくださっている「神田伯剌西爾」の方が注文をとって回ります。恒例のポエカフェフードは、店長さんがケーキの仕入先に特注してくださった、柘榴と生クリーム添えのシフォンケーキ!もちろんアンジーと一緒に注文しました。(とても美味しゅうございました!)

 Pippioさんが三好達治の生涯を追っていく中、参加者が朗読していくスタイルはいつも通りですが、西原先生が適宜解説を入れてくださいます。西原先生の解説、軽快で素晴らしく、ご本人もツイートされていましたが、Pippoさんも熱弁。お二人の解説が呼び水になったのでしょうか、参加された方々からの感想やお話もふくらみました。

 Pippoさんが資料に載せた詩で、私も好きな詩が、研究者の間ではほとんど取り上げられないことにびっくりしたり、詩の中の視点についてのSさんの話(もっと聞きたかった)など、まだまだ話したいというところで、時間はきてしまいました。(三好達治の生涯については、古書ますく堂さんが、今回もブログでうまくまとめてくださているのでご参照ください)

 今回、三好達治の生涯で改めて印象に残ったのは、こどものころに天皇への崇拝が教えられたこと、陸軍の幼年学校の経験等でした。また、二十歳で俳句の実作が千句を越えていたことも。フランス文学に親しみ、ヴェルレーヌを卒論で取り上げた三好達治のもう一つの面がそこにあるように思えたのです。

 今回の資料でももっとも取り上げられた、第一詩集『測量船』。予習でも改めて読みましたが、くりかえし読みたくなる詩集です。資料に挙げられたなかで心に残ったは「鴉」や「草の上」でした。一般に有名なのは「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。/次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。」という「雪」かもしれませんが、「鴉」や「草の上」は、それとはまったく異なる趣の作品です。『測量船』を読みながら感じるのは、作品世界の幅の広さでした。以降の作品では見られなくなるような作品世界が含まれているように感じています。

 みなさんの感想を聴きながら、頭の中は大忙しですが、それでも恒例の朗読が回ってきます。今回、当たったのは『大阿蘇』。モノトーンの絵が浮かび上がってきました。ベールが1枚かかったような、霞の向こうに静かに佇んでいる世界。そんな風に感じました。東洋的な世界が描かれているよう感じながら朗読しました。

 また、資料にも挙げられていましたが、「捷報いたる」に代表される「戦争協力詩」のことも、どうしても考えてしまいます。全詩集に再録されていない一群の戦争協力詩。『測量船』の世界との落差には、唖然とし、考えさせられます。戦後書かれた『砂の砦』。どんな思いで書いたのだろうと、考えさせられます。

 本編が終わって、しばらくぶりに2次会にも参加しました。西原先生もお忙しい中残ってくださり、楽しい時間です。そんな中、2回目の三好達治はどうでしたかと、Pippoさんから問われましたが、測量船の魅力に惹かれると同時に、まだまだ考えさせられる点が多いとお話ししました。戦争協力詩を含めて三好達治を読む中で、何か見えてくるものがあるのではと、思い続けています。

 

 

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