文化・芸術

「座敷牢の中から」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の5(高橋新吉篇)

 4月29日に開催されたポエカフェの課題詩人は2012年6月24日以来の高橋新吉でした。6年振りの登場となります。ダダイズム詩人として出発し、禅の詩人へと変化していった高橋新吉です。17名の参加でしたが、Pippoさんによれば定員に達するのが早かったとのことです。高橋新吉に興味を持たれる方が多いのでしょうか。

 新吉にちなんだお菓子は新吉の故郷、愛媛県八幡浜市の「唐饅」です。入手困難になっているものを伯剌西爾のご主人が取り寄せてくださっていました。もちろん、コーヒーとともに美味しくいただきました。毎回ご尽力くださるご主人に頭が下がります。

 さて、会はいつも通り自己紹介から始まるのですが、一つは「高橋新吉と私」。これはいつも通りと言えるお題ですが、もう一つにはびっくりさせられます。そのお題は「死について」というもの。かなり重いお題です。ところが自己紹介が始まれば、皆さん、結構このお題で発言されて行くのです。お一人は、なかなかこのような事について周囲の人と話す機会が無いと仰ていましたが、なんと、「話しましょう」と受け止める方が複数おられました。ポエカフェに集まる方々の思いがチラッと見えたような気がします。いきなりの重いお題にも関わらず、自己紹介はゆったりしたいつもの雰囲気で進んでいきます。重いものを軽くするのでもなく、避けるのでもなく受け止めていこうとする雰囲気が回を重ねる中でポエカフェに積み上げられてきたのでしょう。

 ダダと禅の詩人なので、どんな感想が出てくるかワクワクしつつ皆さんの朗読と感想を聞いていきました。Pippoさんの用意された資料もヴァージョンアップです。『ダダイスト新吉の詩』に寄せられた佐藤春夫の「高橋新吉のこと」も引用量が増えています。前回はなかった辻潤の「跋」も入っています。ダダイスト新吉の姿が浮かび上がってきます。詩作品の朗読は「DADAは一切を断言し否定する」で始まる有名な『断言はダダイスト』抄から始まって行きます。朗読とともに、感想、意見、質問が次々に出てきます。参加されたDさんが後でツイートされたように、とても豊かな時間になりました。ダダイズムに関してはポエカフェ初期から参加しておられるTさんの説明が助けになりました。会が終わってからも、ダダイズムに関して質問させてもらいましたが、新吉を考える上でのヒントをいただきました。

 さて、Pippoさんが自己紹介のお題に選んだ「死」ですが、新吉の生涯と作品を考えるうえで、避けて通れないテーマでしょう。前回の参加記で「新吉はことばで『死』と戦いつづけたように思える。」と書きました。これでは、どうも不足だったなということを今は感じています。「死」と向き合いつつ、存在の本質を問い続けたのではないかというのが、今の感想です。それは『断言は一切である』という「断言はダダイスト」の1行にも見られるように思うのです。

精神を病み座敷牢に閉じ込められた新吉が、後にその期間のものとして出した『戯言集』があります。全集の第1巻に収められた奥様の喜久子さんの解題によれば、新吉はこの原稿をとても大切にしていたとのことです。その解題の中に、見過ごせない文章がありました。「父は息子を救うべく死んだ」というものです。すれ違い続けた新吉と父親。その父親に関する詩が『戯言集』に続いて出された『日食』に収録されている「父」であると思います。「父は私を愛の目でみた」で始まります。精神を病んだ新吉との闘いの中、新吉の父は首を鎰って自殺しています。

 新吉の詩の中では、とてもストレートな作品です。今回、私はこれを朗読しました。実は、前回もこの詩を朗読していたのです。会後のPippoさんのツイートに「求道者的精神の強さ」とありました。ダダから禅へと向かった新吉。その道を行くには強靭な精神力が必要なのではないでしょうか。禅の接心の期間に発病したと言われています。しかし、全てが分からない状況にはなかったように思うのです。それが『戯言集』であり、その状況を乗り越えるきっかけとなったのが父の自殺を受け止め、次へと進むための詩が「父」であったように思えるのです。

 だいぶ長くなってしまいました。いつも以上にまとまりがありません。そもそも新吉を言葉で語ろうとすることが間違いかもしれないのです。『ダガバジジンギヂ物語』を読みました。自伝的作品ですが、読み易い作品ではないでしょう。虚実ないまぜのところもあるように感じます。新吉を理解する助けにはなると思うのですが、それでも一筋縄ではいかないように感じています。

 もう一つ気になっていることがあります。それは奥様の喜久子さんのことです。会後、Pippoさんが紹介してくださった『高橋新吉 五億年の旅』(金田弘著)を読みました。そこには喜久子さんとの結婚に関する逸話が記載されています。新吉を考える上で、奥様の存在は欠かせないように思えてきています。

 高橋新吉にとって、詩とはなんだったのだろうという問いを抱えつつ、これからも彼の作品を読んで行くことになりそうです。

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「気になる詩人は…」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の4(春・夏篇)

 25日のポエカフェは、久しぶりの入門篇、テーマは「春・夏」でした。一人の詩人ではなく、テーマに沿って多くの詩人の詩を読むことができるのも、この入門篇の楽しみです。今回取り上げられたのは、39人!!資料も6ページに渡ります。年代も1854年生まれのランボーから現役の詩人までという幅広さです。このようなテーマ開催の時の準備での詩の選択の大変さを思います。

 自己紹介の後、恒例の朗読くじが回ってきます。「くじ」とはいっても最近は、「交換可」なので、引いた後の交換が行われます。どこまで「くじ」なのか、不思議な風景が現出します。今回は一人2篇と言うせいもあったのでしょうか、いつもより盛んです。斯く言う私も、交換に乗り出しました。それぞれ何を基準に選んでいるのかも気になります。

 さて、今回のようなテーマ篇の時の楽しの一つに、これまで知らなかった詩人に出会えることがあります。今回、まったく初めてだったのが、「宇留田敬一」と言う詩人です。『鎮魂歌』と言う詩が取り上げられていました。「おまえはいま静かにいこつてゐる‏/そんなに明るく すきとほつて‏/ぼくの胸より小さな箱に‏/白い布につつまれながら」と始まります。4連目の「遺品一つ帰らなかつたおまへのために‏/誰かがわたしてくれた‏/レイテの珊瑚礁の一片」が刺さってきます。これに続く最後の連は「一度だつてこれほどしつかりと抱いてやらなかつた‏/弟よ いま長い旅路の夢が一つになる‏/生と死が明るい空で重なりあひながら」と結びます。この方の詩を読みたくなりました。どのような詩人でしょうか。とても気になります。

 野長瀬正夫は、既に読んでいる詩人ですが、今回取り上げてもらって嬉しかった一人です。おそらく、今ではあまり知られてはいないのではないでしょうか。取り上げられたのは『夕空とお父さん』です。野長瀬さんは、児童文学の世界にも身を置いていた方です。これも、こどもの視点での作品です。戦後復興期に一生懸命に働いていたお父さんの姿が浮かびます。「お父さんは‏/じいっと空をながめている」が残ります。野長瀬さんは児童の視点からの詩の他にも多くの詩を書いておられます。かつてPippoさんがツイートで色々な詩人の作品を取り上げていた時に、この方を知りました。それがきっかけで、詩集をさがし、やっとのことで見つけ出したのが昭和40年発行という奥付のある、『日本叙情』がありまです。とても良い出会いでした。そんな事を思い出しながら、みなさんの感想を聞いていました。詩との出会いは、ちょっとしたことがきっかけになることがありますが、今回のようなテーマ篇も、そんな役に立つかもしれません。

 ところで、今回の朗読くじで読んだ詩なのですが、交換に乗り出した私の目の前にPippoさんから八木重吉が降ってきました。かつてPippoさんが提唱した近代詩復興委員会の八木重吉担当として、読まないわけにはいきません。しかし、重吉の短い詩は朗読するのに苦労するのです。ドキドキしながら「豚」を読みました。「この 豚だって‏/かわいいよ‏/こんな 春だもの‏/いいけしきをすって‏/むちゅうで あるいてきたんだもの」農村風景の中、歩いてくる豚を見つめる重吉の視線を想像します。近頃のペット用の豚ではありません。土の道を藁が付いているかもしれない姿で、鼻を鳴らしながら一直線に進んでいくのでしょう。そんな豚の姿に「いいけしきをすって‏」いると見る重吉の視線の背後にある思いを想像します。それにしても、重吉の朗読は難しいです。

 もう1篇は村山槐多の「空」です。槐多の音と光の世界に包み込まれていくように感じます。徹底的に自分の世界に入り込んでいるようでありながら、読む者までも包み込んでいく力を感じます。重吉とはまたく異なった世界を構築する詩人ですが、好きな詩人の一人です。この詩に出てくる「Xの形に燈きらきらと戦動す」のXからも話が広がりましたが、惹きつける詩です。

 好きな詩ばっかりと言って良い今回のポエカフェでした。1篇ごとに感想を綴りたいほどです。題名だけでも最後に上げておきます。安西冬衛の「春」。草野心平の「えぼ」、丸山薫の「病める庭園」、木下杢太郎の「街頭初夏」…、キリがなくなるのでこのくらいにしておきます。取り上げられた詩についてもっと知りたい方は、「古書ますく堂」さんのブログを是非ご覧ください。

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「西尾さんの術中に」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の3(西尾勝彦篇)

 1月21日に開催されたポエカフェ第102回で取り上げられたのは、西尾勝彦さん。1972年生まれの現役の詩人です。ポエカフェで現役の詩人が取り上げられることは少ないのですが、西尾さんはなんと3回目です。2014年2月11日の奈良での出張ポエカフェで取り上げられ、そこでの好評を受け2月22日には東京での定例ポエカフェでも取り上げられました。

 そして今回の3回目となるのですが、これまでの2回に参加された方が2名、今回も参加されています。私は奈良の回には参加できませんでしたが、2回目の参加です。(その時のブログはこちら)今回の告知がPippoさんからあった時、西尾さんの詩を囲んで参加者の方々と話せる機会がもう一度あるのだと思うと、それだけで心踊るものがありました。

 今回の年譜は西尾さん自筆(ほんの少しだけPippoさんが加筆)のものです。前回もそうだったのですが、2014年のポエカフェ以降のことが加えられています。この年譜については、今回も古書ますく堂さんがブログにまとめてくださっていますので、是非ご覧ください。

 35歳で詩を書き始め、奈良の緑豊かな場所から作品を生み出し続ける西尾さん。年譜をみながら参加者で朗読し、話し合う中、いつの間にか西尾さん色にゆったりと、しかし、しっかりと包まれていたように今も感じています。西尾さんは2017年には「のほほん社」を設立されています。「いそがしい社会の人びとにのほほんをお届けするために誕生しました。出版を通じてのほほんを広めてゆきたい」(設立の弁)という西尾さんの目的はポエカフェの会場でも達せられていたようです。

 朗読くじで当たったのは『耳の人』から「路地」でした。じつは最初にくじを引いた時に当たったのは別の詩だったのですが、交換してもらいました。前回紹介された『耳の人』が好きだったので、わがままを言いました。24篇の詩からなる詩集ですが、全体で一つの世界へと連れていってくれるような詩集です。不思議な「耳の人」。この詩について感想を言うことは、何かを落としていきそうな感じがして仕方ありません。でもしっかりと心に残っていくのです。

 資料にはこの詩に続いて「青」も記載されていました。その詩は「このあたりでは/ときどき/青が降る」と始まります。これだけで、別世界に連れて行かれそうです。でもその世界は、遠いものではないよとも、語りかけてくれているようにも感じます。『耳の人』の世界から聞こえてくる声をしっかりと聴いてくださいと、言われているようです。

 でも「言の森』の「意味論」には「意味から逃れる意味は/きっと/あるはずだ」ともあるのです。どうやら聞き方にも注意が必要なようです。こんなことを書いていることが、西尾さんの世界から遠ざかっているようにさえ思えてきます。そう思うことも西尾さんの「のほほん」の効果かもしれません。

 西尾さんの最新詩集『光ったり眠ったりしているものたち』を会場でますく堂さんから購入しました。あれから、3回読んでいます。詩に寄り添うイラストを含め、気持ちよく「のほほん」と読みたくなる詩集です。でも、油断はならないのです、西尾さんの「のほほん」は、柔らかいだけではないのです。時にしっかりと「光る」のです。「扇風機同盟』の「つくづく/ 下には上がいるなあ と/思ったのだった」が印象に残っています。そう、『耳の人 のつづき』の「ひとり旅のひとり言」にも「下には/上がいるねえ」とあるのです。耳の人の言葉として書かれています。西尾さん、耳の人の境地になっていらっしゃるのかもしれません。

 そうそう、今回参加できなかった連れ合いのアンジーにこの詩集から何篇か見せました。行けなかったことをとても残念がっていましたが、「言祝ぎ」を見せたところ、幼児の言葉として、とても分かるといういう感想がありました。そして、「ダンゴムシは/だんぎ/しめじも/だんぎ/きゃりーぱみゅぱみゅも/だんぎ」の箇所をどう解釈するか、夫婦で話し合い中です。

 最後に、もう1篇、とてもドキッとした詩があります。「無意識(たましい)」です。ますく堂さんのブログでも紹介されていますが、わたしにとって、とても大切なことを考えさせてくれる詩になりそうです。無意識をたましいと読ませ、「きみの/無意識は/頭を/あざやかに/裏切っている」と書かれたら、大哲学者も退散しそうです。

 西尾さんからの冊子のプレゼントまであったポエカフェ西尾勝彦篇。私のところではまだ続いています。西尾さんの術中にハマったのかもしれません。

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「ひとりの女性として」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の2(新川和江篇)

 12/17に開催された第101回ポエカフェ。記念すべき100回目には、仕事の都合で参加できず涙にくれていた私と連れ合いのアンジーはひさしぶりのポエカフェに心弾ませながら向かったのでした。

 今回の課題詩人は新川和江さん。吉原幸子さん以来の女性詩人ですが、その時のアンケートで吉原さんに投票すると同時に、アンケート対象にはなっていなかった新川さんのお名前もあげたのでした。新川さん、いつか取り上げてもらえたらいいなと思っていた私にとっては、わくわく感が更に募ります。

 新川さんは1929年のお生まれですが、88歳の今も活躍しておられます。ポエカフェ史上、数少ないご存命の詩人です。生涯に着いては今回も古書ますく堂さんがブログでうまくまとめてくださっていますので、是非、ご参照いただければと思います。

 新しい方もおられる中、いつも通り自己紹介で始まります。新川さんは初めて、あまり知らないという方も、少なからずおられ、Pippoさんはちょっとびっくり。もう一つ恒例の朗読くじも回ります。「くじ」と言っても交換可能です。引き終わったあとは、暫し交換タイム。気がつけば私の手には今回の資料の中で一番長い「扉」がありました。

 1959年の『絵本「永遠」』という詩集におさめられた詩です。6連、55行の長さです。26歳で長男の博さんを出産した新川さん30歳の時の詩集です。博さんと思われる子どもとの間の関係が描かれています。「締切日が近づくと/わたしはますます無口になり/仕事部屋をくらい海底のように澱ませて/岩かげに終日ひっそりと魚鱗を光らせたいたりした/するとおまえは/幼い足どりで廊下をつたって来ては/かたくなに閉ざされた扉の前に立ち止まり/飽くことのない情熱で母の名を呼びたてるのだ/ママ! ママ! ママ!」これが1連目です。

 ある日、一日子どもの相手をしたとき、ふいに玩具を放りだして不在の書斎の前で「ママ! ママ! ママ!」と呼ぶ子ども。子どもに向かって「わたしよ! わたしよ! わたしよ!」と叫ぶ「わたし」。

 じつは、初期の詩の中でとても印象に残っていた詩でした。子どもの叫ぶ声が聞こえてくるのです。母としての葛藤を抱えながら仕事をしている「わたし」最終連に込められた「わたし」の思い。長いだけでも大変なのに、ことばが心にのしかかってくるように感じます。そんな中での朗読となりました。朗読後の感想でもお話ししましたが、男性の私の中で、とても揺さぶられるものがあるのです。同時に叫ぶ子どもの声も聞こえてくるようです。二人が求めているものが心を揺らすのでしょうか。圧倒されるような「重さ」と同時に、母という立場で書きながら、それを超えているものを感じます。

 ところで、今になって気になることがあるのです。この「書斎」、ほんとうに具体的な部屋だったのでしょうか。子どもにとって詩を書いている母は「書斎」にこもっているのと同じだったのかもしれないのかなと。きっかけは『土へのオード 13』におさめられた「九月の第一月曜日」という詩です。そこには書き損じの原稿用紙を飛ばす「小さな息子」が出てくるのです。

 今回のポエカフェ、いつにも増してみなさんの発言が活発だったように思います。「千度呼べば」ではドリカムも引き合いに出されました。様々な受け取り方が引き出されていって時間はあっというまに過ぎ去っていきます。時にはドリカムのような感じを与えながら、読む人を引き込んでいく新川さんのように感じていました。女性詩人でも、これまで取り上げられてきた石垣りんさん、茨木のり子さん、吉原幸子さんとも異なる何かがあります。

 ポエカフェから既に1週間以上たちました。読み続けています。その中で改めて感じていることを少しだけ記しておきます。ひとりの女性として、女性性を真っ正面から受け止め、その上でひとりの人間として生き続けようとした方なのかと感じています。新川さんが求め続けたものは何だったのでしょうか。観念でなく、手触りのあるものとしての「いのち」と向き合い続けた新川さんだったのかなと感想は広がっていっています。性別を超えて訴えてくるものを強く感じながら読んでいます。

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「生きることへの眼差しに惹きつけられて」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の1(ジャック・プレヴェール篇)

 通算100回も目前になってきたポエカフェ。今回の課題詩人はポエカフェ史上初のフランスの詩人ジャック・プレヴェールです。どんな世界が見えて来るのか、期待が膨らんでくる中、9/17当日を迎えましたが、なんと台風です。しかし、ポエカフェは台風などには負けないのです。第1期の最終回2010年10月の萩原朔太郎の回も台風でした。今回より激しい風雨の中、Pippoさんの心配をよそにぞくぞく集合したことを思い出しながらの参加でした。今回も台風を蹴散らし15人の参加です。しかも初めての方もいらっしゃいます!

 プレヴェールはシャンソンの「枯葉」や、映画の「天井桟敷の人々」の脚本を書いた作家として、私などの世代には馴染み深い人ですが、今はどの程度知られているのでしょう?タイミングよく、『プレヴェール詩集(小笠原豊樹訳)』(岩波文庫)も出版されましたが、駒込の「青いカバ」さんは、なんと100冊仕入れて売りきったとのこと。すごいです。当日集まった方々も、かなりの方が青いカバさんで購入されていました。(私も)

 さて、プレヴェールですが、生涯に関しては今回もますく堂さんがブログでうまくまとめてくださっていますので、是非ご覧ください。配布された資料には「枯葉」の歌詞も含めて20篇が収録されています。そのうちいくつかは小笠原訳の他に大岡信訳や、北川冬彦訳も併せて掲載されています。自己紹介しながらの朗読くじも長短ある中で、交換もありです。

 詩人プレヴェールとの意識的な出会いは、他にも言及されいる方がおられましたが、Pippoさんが出していた朗読音源「てふてふ2」に入っていた「カタツムリさん葬式へ行く」(大岡訳)でした。今回も、小笠原訳とともに紹介されていましたが、Pippoさんの朗読の声が今も響いています。それ以来、気になる詩人の一人でした。大岡訳に挿絵のついた「やさしい鳥」(偕成社)が手に入ったので、気が向いた時に開いていました。

 今回、岩波文庫で読み、ポエカフェに参加する中、プレヴェールの眼差しに惹きつけられています。決して難しい言葉は出てこないのに、その結びつきの不思議さ。発想の自由さとでも言ったら良いのでしょうか。心に訴える力が大きいのに、掴みきれない広さを感じています。そして、生きることの中で出会う悲しさをうたっていても、悲しさの中に閉じこもらない世界を感じます。

 生きていく中での不条理とも言えることも、こどもに語ろうとしているようです。アンジーが朗読した「こどものための冬の歌」にそれを感じます。暖炉で暖まりあっという間に失くなる大きな雪だるま。最後の4行が残ります。「残ったのはパイプだけ/水たまりのまんなかに/残ったのはパイプだけ/それから古い帽子だけ。」不思議な読後感が残ります。

 私が朗読したのは「バルバラ」でした。今回最も長い詩でした。どう読んだらいいのか、悩みました。まずは噛まずにと思ったのですが、三回噛んじゃいました。曲がついてイヴ・モンタンが歌っています。静かなメロディーにのせて語るように歌うモンタンです。参加者のお一人が、プレヴェール本人の朗読があると教えてくださいました。淡々とした朗読ということでした。たしかに、この詩は、その方が染み入ってくるのでしょう。街で見かけた男女の姿から戦争の悲しさへと進む詩は、下手な感情を乗せたら詩を台無しにしてしまうと読んでみて感じました。

 不条理をもたらすものへの厳しい目を感じます。生涯の資料の中にあった童話集「よくない子のためのおはなし」が、とても気になっていました。「おりこうでない子どもたちのための8つのおはなし」という題になって出版されているものが、図書館にありました。挿絵は原書のままのようです。岩波文庫の詩集にも5篇が収録されているのですが、やはり挿絵のあるなしの差は大きいのです。こどもに与えたい本です。人間の愚かさがそのまま描かれ差し出されています。プレヴェールの童話や絵本がとても気になっています。『つきのオペラ』が隣市の図書館にありましたので借りてきました。これも気に入っています。

 参加者のお一人が原著を持ってきてくださり、フランス語からの説明も加えてくださったことも、ありがたいことでした。フランス語、きちんとやっとけばよかっと思うことしきりでした。それほど、プレヴェールに惹きつけられているのかもしれません。

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「ゆっくりと」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の7の2(山崎方代プチリターンズ篇)

「ゆっくりと」

 ポエカフェは先月15日が第7期の最終回で第8期第1回は、9月と聞いていたのですが、なんと、7月の都留での開催に来られなかった方々を含め、山崎方代さんリターンズを求める声が多く、8月5日にさっそくのリターンズ開催となりました。開催のお知らせがありました。正式の告知を待っていようかとも思ったのですが、もしかすると申し込みが間に合わなくなる可能性があるのではと、TwitterでPippoさんに参加希望を出したところ、既に10人近くの方から申込みありとのこと、危うく間に合わなくなるところでした。山崎方代さんの人気恐るべしです。

 7月の会に参加しておられた方がわたしと連れ合いのアンジーを含めて半数近く。初めての方も2名おられる会となりました。都留での会をアレンジしてくださったCさんもいらっしゃいます。改めて感謝を述べました。Twitterでお名前を知っていても初めてお会いする方もいらっしゃいます。こんな出会いも楽しいものです。会場はいつもの神田伯剌西爾さんですが、通常営業もなさっているので、レジ脇の小部屋を貸切にしての開催となりました。ご自身も短歌を詠まれ、方代さんにもお詳しいと思われる方もおられます。とても参考になる意見を聞くことができました。

 資料は、都留での開催時と変わりはないのですが、Pippoさんの説明を聞きながら確認していくと、前回見落としていたような点にも気がつきます。もしかして、Pippoさん自身も少しバランスを変えていたのでしょうか。参加者とのやりとりの中で、改めて気がつく箇所もあります。特に、山梨にいた頃の方代さんの両親との関係や暮らしぶりが印象に残ります。そこから戦傷を負って引き上げてきてからの生き方がどうつながっていったんだろうと考えさせられます。右目を失明し左目も0.01の視力しかなくなった方代さん。父親も方代さんの出征中に死亡しています。のちに、両親の墓を立てることに熱心だった方代さん。故郷や家族への思いを考えさせられます。

 歌人としての評価は、かなり歳をとってからのことになりますが、自費出版した第1歌集『方代』を面識もない多くの知名人に贈呈し、会津八一からの葉書に大喜びする方代さん。鎌倉で建ててもらった小屋に来客があれば、方代さん流の仕方で、精一杯喜ばそうとする方代さんの姿もあります。不思議と支援者が次から次へと?現れてくる方代さん。何が人々を引きつけていたのだろと考えてしまいます。

 今回の朗読くじで当たったのは、第3歌集『こおろぎ』から取られたものでした。17首ある中から迷いながら次の二首を選びました。「なんとなく送ってしまった生涯を腕を拱いて見おくりたり」「暮れなずむ夜ともなれば鎌倉の世間へ出でて皿を洗います」です。前回心にかかった歌として「おのずからもれ出る嘘のかなしみが全てでもあるお許しあれよ」を挙げましたが、それと合わせて方代さんの生き方が嘘を越えて垣間見える歌ではないかと思って選びました。

 都留での会の参加記に「惹きつけられながらも、その理由が自分にもわからない。そんな状態が続いています。」と書きましたが、その状態はまだ続いているようです。そんな簡単にはわからないよという、方代さんの声も聞こえてきそうです。「おのずからもれ出る嘘のかなしみ」は、そんな簡単には捉えきれないでしょう。でも、もれ出てくるものが、じんわりと入ってくるように感じます。

 方代という名も「生き放題、死に方代」にちなんど言われていますが、じつはそれも本当なのかなと疑わせてしまうような方代さんに思えてくるのです。嘘を含めて山崎方代という生き方の中に方代さんが何を込めて歌い続けたのか、ゆっくりと受け止めながら味わいたいと思うポエカフェとなりました。そんな読み方が方代さんには、相応しいように思えるのです。

 今回のポエカフェで、第7記は終了となりましたが、前回の都留篇の付属?という形で通算の回数には含めないということでした。それで、今回の参加記の題名も「第7期の7の2」となりました。

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「嘘の中に?」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の7 (山崎方代篇)

 遅くなりましたが、7月15日に開催されたポエカフェin 都留:山崎方代(やまざきほうだい)篇の参加記です。

 当日はポエカフェ本篇に先立って、都留市在住のCさんがアレンジしてくださった「エンジョイ都留!ツアー」もあります。もちろん、ここから参加です。富士急行線の谷村町駅前に11:30集合とのこと。連れ合いのアンジーと一緒に、大月乗り換えで向かいます。連休初日だし少しは混むかなと思っていたのですが、想像をこえる混雑!これでは通勤ラッシュみたいではないですか。ふと車内の広告に目をやると、あるゲームに絡んだイヴェントが開催される当日でした。車内には外国人の観光客に混じって、そのイヴェントに向かうと思しき人々が…。こりゃ、混むわけです。

 谷村町駅で降りたのは、ほぼポエカフェ参加者でした。改札の前にはツアーをアレンジしてくださったCさんが待っていてくださいました。

 参加者が揃ったのを確認して、Pippoさんが作成した小さな山崎方代の旗を持ったCさんの案内でツアー開始です。最初に行ったのは「ミュージアム都留」。そこでCさんが用意してくださった資料をもらいます。これが、力の入った素晴らしい資料。都留の歴史や関わりのある文人たちの資料が用意されていました。これは保存版です。Cさん、ありがとうございました。甲斐絹(かいき)に関する展示も面白く拝見。展示されていた屋台の幕には圧倒されました。

 開催初日であった根付展ももっと見たいところでしたが、昼食目指して散歩開始です。まさかの暑さの中、途中、道路脇の水の流れに助けられつつ、無事目当てのうどん屋さんに到着です。ここのうどんが安くて盛りが良くてうまいという、文句なしの店でした。盛りの良いのを知らず大盛りを頼んだ私。みんなに大丈夫と言われながらも完食しました。(ツアーの様子は、参加者の青柳しのさんがブログ「しろくま文庫」に写真つきであげてくださっています。是非、ご覧ください)

 会場の「バンカムツル」さんは、そこからほどない都留文化大学の前にあります。ポエカフェ本篇は、いつものスタイルで開始です。そこでおどろきの出会いがありました。初めて参加してくださったSさんの友人が、ある著名な詩人の友であるHさんの子孫だったのです。その詩人を好きなYさんの質問からわかったのですが、会場に響き渡る参加者の「え~!!!」の声。

 素晴らしい出会いから始まった、今回のポエカフェ、取り上げられるのは歌人:山崎方代です。山梨県は甲府市右左口町の出身です。(略歴は先にあげた青柳しのさんのブログに良い抜粋があります。)十代後半から歌を始めますが、なかなか一つの職場に落ち着けなかったようです。そして戦争に駆り出され、目を負傷し、右目を失明、左目の視力が0.01になってしまいます。職業訓練も受けますが、その後の一生をほぼ無職で暮らすことになった歌人です。

 時に、尾崎放哉や山頭火とも比べられますが、実際にはほとんど放浪はしていないようです。親子ほども歳の離れた姉の世話になったりもしますが、不思議と助けてくれる人に恵まれています。自分の家の敷地に小屋を立てて住まわせてくれる人など、そうはいないでしょう。

 方代さんの(さん付けが似合いそうな人なので)歌は不思議な魅力に溢れています。予習にと思って借りてきた全歌集を開いた途端、すっと入り込まれた感じがしました。理由はわからないのですが、惹かれます。

今回も朗読くじがありましたが、私が朗読したのは歌集『右左口』からの二首、「大正初年の生れにて柿の実は三つ残してもがしてもらう」と「かたわらの土瓶も既に眠りおる淋しいことにけじめはないよ」です。ふっと口をついて出たような言葉にも思えます。しかし、心に語りかける言葉です。

 自分の朗読ではないのですが、心にかかったのは「おのずからもれ出る嘘のかなしみが全てでもあるお許しあれよ」です。方代さんの心が垣間見えるような歌に感じます。嘘と言えるような事の中に、じつは大事な事を込めている方代さんなのかなと思うのです。帰ってから、生涯に関する本を読んでいますが、ますます、そう感じています。

 参加記を書くのが遅くなりましたが、ポエカフェ後忙しかったのとは別に、方代さんをどう受け止めたら良いのか、自分の中でまとまらなかったこともあります。惹きつけられながらも、その理由が自分にもわからない。そんな状態が続いています。そんな時、方代さんのリターンズ篇が開催されるとの報せがありました。参加するっきゃありません!

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「いちめんのなのはな」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の7 (山村暮鳥篇)

 4月15日に行われたポエカフェは、春の出張篇です。場所は向島の甘夏書店さん。一軒家カフェikkAさんの2階です。階段を上がって2階に行くと、畳敷きの甘夏書店さんの部屋があります。その隣の和室が今回の会場です。畳敷きの部屋に和みます。Pippoさんに近い方は座布団に、遠い方は用意された椅子に座ります。私の座った脇には明かり取りの障子がありました。向島の古い家屋です。

今回の詩人は山村暮鳥です。ポエカフェでは3回目の登場になります。1回目は第1期の第8回、私は、2回目には参加できなかったので、ほぼ7年ぶりになります。断片的に知っているにすぎなかった山村暮鳥でしたが、第1回に参加した時、『聖三稜玻璃に強い魅力を感じ、それ以来、好きな詩人のかなり上位に来ています。予習を兼ねて改めて読み直してみても、魅力は衰えるどころか増してきています。参加される皆さんが、どのような感想を持たれるのか、関心が高まる中、連れ合いのアンジーと一緒の参加でした。

 新しい方が何人もおられる中、何時ものように自己紹介から開始です。暮鳥との距離はそれぞれ違いますが、それだからこそ、皆さんの感想が楽しみになるのです。ikkAさんが用意してくださった桜香るほうじ茶をも美味しく、更に追加注文のイチジクのドリンクも美味しくいただきながら、会は進んでいきます。

 これも恒例の朗読くじが自己紹介の間にも回ってきます。できれば『聖三稜玻璃』から読みたいなと思っていたのですが、残念ながら違いました。隣にいたアンジーが交換してというので、交換しましたが、これも違います。その時、残ったくじから選んで良いというPippoさんの声がありました。さっそく手をだすと、なんと「風景 純銀もざいく」が残っているではありませんか。「いちめんのなのはな」が続く詩です。始まる前にMさんと、読むのが大変な詩にあげていたのですが、こうなったらやるっきゃないと思い切って交換しました。

 Pippoさんが暮鳥の生涯を紹介し始めます。やがて朗読も始まります。『聖三稜玻璃』からも何篇か取られています。最初は「囈語」です。これも大変な詩です。「窃盗金魚/強盗喇叭・恐喝胡弓/賭博ねこ/…」と続きます。各行の前半と後半の言葉のつながりに意味を見出すことは難しいでしょう。イメージだけが迫ります。次は「気稟」です。まだわかりやすいでしょうか。それでも、そこからのイメージは色々です。

 ついに私の朗読の番です。Pippoさんの解説や、皆さんの感想を聞きつつ、こっそりとどう読むかメモを作っていました。1連9行で3連の詩です。「いちめんのなのはな」が繰り返されていきます。そのなかで各連とも8行目に別の言葉が入ります。1連目は「かすかなるむぎぶえ」2連目は「ひばりのおしゃべり」3連目は「やめるはひるのつき」です。

 1連目は水平、2連目は下から上へ、3連目は空(上)への視線を意識しながら読みました。イメージの世界に入りながら朗読しましたが、効果はどれほっだったでしょうか。実は、大好きな詩なのですが、同時にわたしにとっては、大きな緊張感をもたらす詩なのです。1連目から3連目へと進む中、緊張感が増大してくるのです。ですので、3連目はスピードを上げ、たたみかけるように7行目まで読みました。押しつぶされそうな緊張感の中、空を見上げると「やめるはひるのつき」に吸い込まれていきます。

 まったく個人的な感想です。朗読後、様々な感想が出ました。暮鳥はどこにいるのでしょう、のんびりとした風景ととりたい等、話は広がります。それだけこの詩に力があるのでしょう。イメージはそれぞれに広がります。

 自分の好きな詩の話ばかりになってきました。戻りましょう。会はその後も暮鳥の生涯を追いながら作品の紹介が続いていきます。晩年の『雲』に収められた詩も心に残ります。暮鳥の作品の背後には、彼の信仰のあり方が透けて見えるような気がします。聖公会の伝道者として活動しながら詩を作り続けた暮鳥です。しかし、その信仰は一般的なキリスト教の枠組みからははみ出すようなものだったでしょう。東洋的なものとのつながりも感じます。

 『雲」の詩を読みながら、八木重吉のことを思い出していました。短い平易な言葉で綴られた詩。形として近いものがあるでしょう。信仰の姿勢はかなり違います。二人が出会い話あったらどんなことを話したのだろうと考えるのも楽しいことです。

 もう一つ気になるのは三野混沌との関係です。Pippoさんも紹介しておられた『暮鳥と混沌』を遅まきながら読み始めています。

 ikkAさん、甘夏書店さん、近ければ絶対通っているでしょう。良い空間をありがとうございました。また、暮鳥の生涯等に関しては今回も古書ますく堂さんがブログでうまくまとめてくださっています。是非、ご参照ください。

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「リアリティを求めて」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の6 (尾形亀之助篇)

 先月26日に開催されたポエカフェで取り上げられてのは尾形亀之助。仙台での1回を含めて4回目の登場です。私は今回が2回目ですが、前回の参加時のブログで、亀之助の詩を読んで感じたことについて「言語化すること自体を亀之助の詩が拒んでいるのかもしれない。かんたんに言語化して意味など与えないでくれと」書いている。それでも心にかかる詩人なのです。その後読み続けることはしていませんでした。自分の内の何かが反応している感じがありました。引き込まれそうな予感とともに、そうなったらまずいかもという感じがあったからかもしれません。しかし、夏葉社さんから「美しい街」が刊行されたこともあり、買って読み始めていました。期待と不安?の入り混じった中での参加でした。

 連れ合いのアンジーと一緒に会場の神田伯剌西爾さんに着くとPippoさんが資料の整理中です。アンジーと一緒に手伝います。第1期の頃から変わらないこのこの手作り感もポエカフェの良さです。長く続くと、それなりの固定感も出やすいと思うのですが、そうならないのがポエカフェの不思議な魅力でしょう。今回も数名の新しい方を含めて、ゆったりと自己紹介から開始です。

 今回も恒例の朗読くじがあります。短いのやら、散文詩の長いのやら入り混じっています。くじではありますが、希望によって交換可能なところもポエカフェならではかもしれません。長いのは避けられがちでした。私は、いきおいで引いたところ、なんと最後の詩集『障子のある家』の「後記」の中の「父と母へ」でした。同じ「後記」にある自分の子どもへの「泉ちゃんと猟坊へ」とともに大好きなものです。ちなみに「泉ちゃんと猟坊へ」は夏葉社さんの「美しい街」にも収められています。

 『障子のある家』はたった70部だけ刊行された亀之助最後の詩集です。その自序には「何らの自己の、地上の権利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。それからその次へ。~」と始まります。「その次へ」をどう取るかが亀之助を理解する上で、大きな分かれ道になるような気がしています。

 それにしても、これを引くとはと驚きでした。というのも、この「父と母へ」に関して前回のブログでも取り上げていて、その最初の部分「さよなら。なんとなくお気の毒です。親であるあなたも、その子である私にも、生んだり生まれたりしたことに就てたいした自信がないのです。」を引用しつつ「そこには、現代的な問いが含まれていると思うのは、私の勝手な思い込みかもしれないが…。」と書いたからです。

 今回の参加にあたり、亀之助の生涯を詳しく調査した秋本潔氏の『評伝 尾形亀之助』を読みかけていました。亀之助の生家の背景も詳しく調べられています。そこを読む中で、亀之助の成長過程と作品との結びつきを考えざるを得ないように思ってきています。特に11歳で喘息の治療のためとは言え、親から離れた鎌倉での生活や、その後の東京での生活も気にかかります。ポエカフェでいろいろな詩人に出会ってきましたが、尾形亀之助ほど成長過程と作品が結びついている詩人は内容に感じています。

 先に引用した中の「生んだり生まれたりしたことに就てたいした自信がないのです」という箇所は、亀之助の社会に対する向き合い方に決定的な影響を与えていたのではないかといったら考えすぎでしょうか。無為としか見えない暮らしの中で、自分にとってのリアリティーを探し求めつづけたのが亀之助だったのではと思うのです。それは、目の前の暮らしより、存在の本質へと向かわざるを得なくさせたのではないかと思うのです。

 作品への「浮遊感」という評も聞かれましたし、「ボンボン」という評もありました。そう言われてもしょうがない生き方でしょう。しかし、作品の底に流れる言語化を拒むような感覚にこそ亀之助の本質が隠されてるように感じるのです。亀之助のこんなところに、どうやら惹かれているようです。そうすると、私自身、かなり危なっかしい存在ということになるかもしれませんが…。

追記1:『障子のある家』に収められた「おまけ 滑稽無声映画「形のない国」の梗概」も好きな作品です。

追記2:亀之助の生涯については、今回も古書ますく堂さんのブログ「古書ますく堂の、なまけもの日記」を参照してください。

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「やわらかさの中にも」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の5 (石垣りん篇)

 2月26日に開催されたポエカフェの詩人は石垣りんさんです。りんさんファンの連れ合いアンジーと一緒の参加です。あれから1週間以上たってしまいましたが、余韻覚めやらぬ状態です。石垣りんさんの改めて大きさを感じる回でした。りんさんの生涯については、今回も「古書ますく堂」さんがブログでうまくまとめってくださっていますので、ぜひご覧ください。

 「二月には/土の中にあかりがともる」石垣りんさんの死後に出版された詩集『レモンとねずみ」に収められた「二月のあかり」の冒頭です。2月26日に開催されたポエカフェ石垣りん篇での朗読くじで当たったのがこの詩でした。第1詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』から出版された順にりんさんの詩を皆で読んでいく中で、最後に近いところでの朗読です。それまでの、社会や女性の立場について、または、家族についての時に辛辣で、厳しく、また重く迫ってくるりんさんの詩とは、異なった感覚を受けます。それだけに、印象に残った詩となりました。

 一読した印象は「やわらかい」ということでした。二月の土の中にともるあかり。春はまだ姿を見せない中、やがて来る春に備えている土の中のお母さん。夜の明けぬ内から子供の遠足の準備をする母親の姿に重ねて歌われています。

 晩年の詩なのでしょうか。この詩を書いた時、りんさんの目に何が映っていたのかと考えさせられます。戦争を経験し、若い時から男性社会の中で働き続けたりんさん。「表札」に代表されるような背筋の伸びた、キリッとした詩がよく知られているでしょう。「表札」の最終連「精神の在り場所も/ハタから表札をかけられてはならない/石垣りん/それで良い。」の鋭さ、いさぎよさに惹かれます。

 わたしにとって、ポエカフェに参加するようになる前から読んでいた数少ない詩人です。朗読音源を聴いて、その朗読に引き込まれたものです。りんさんの詩に出会って十数年になると思います。そんな中での今回のポエカフェでした。皆さんがどのように読まれるのか、どのような感想が出るのか、いつにもまして興味がありました。初参加の方も含め、とても盛り上がった会となりました。りんさんの詩が、皆さんの発言を引き出していったようです。

 皆さんの発言を書き留めていっているのですが、いつもよりメモの数が多くなりました。それだけ、りんさんの詩が、お一人おひとりに届いているのではと思います。「これが一番好き」と言って朗読する方。自分の状況と比較してあまりにも辛いのでと、くじを交換された方。詩の力を強く感じる時でした。今も読まれるべき詩人という発言もありましたが、本当にそう思います。だからこその盛り上がりでしょう。

 朗読されなかった詩に『やさしい言葉』の「川のある風景」があります。「夜の底には/ふとんが流れています/」と始まります。「川が流れています。/深くなったり/浅くなったり//みんな/その川のほとりに住んでいます。」と閉じられます。この詩もとても気になっています。

 『レモンとねずみ』の巻末に収められた「石垣さん」という谷川俊太郎さんの詩があります。そのなかに「私は本当のあなたに会ったことがなかった」という1行があるのです。本当の石垣りんに会ったことがある人はどのくらいいるのだろうかと思います。

 詩一篇、一篇から受ける感動とは別に、石垣りんという詩人のイメージ、なかなか焦点が定まりません。銀行員としてのりんさん。組合活動を活発にしていたりんさん。家族の全てを背負っていたりんさん。一人の女性としての晩年のりんさん…。苦しさを扱う詩でも、決して否定しないりんさん。独特の強さを思います。それは冒頭にあげた「二月の明かり」のやさしさの中にも息づいていると思うのです。その強さの奥底にあるものが知りたくなります。エッセイを含め、もっともっと読みたくなる詩人です。

 さて、次回は尾形亀之助とのこと。これまた楽しみです。

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