文化・芸術

「アンソロジーの宴」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の9(秋・冬篇)

 10月28日に開催されたポエカフェは一人の詩人を取り上げるのではなく、《秋》と《冬》にちなんだ詩を集めてのアンソロジーの回でした。会場もいつもの神田伯剌西爾さんではなく、東武東上線下赤塚駅前の山小屋風喫茶店「ヒュッテ」さん。基本的に月一回の歌声喫茶イベントと火曜日午後の短い時間のみの営業とのことですが、なんとも素敵なお店でした。黒澤監督の映画の美術に関わっていた方の設計とのこと。もし近くにあって普通に営業なさっていたら入り浸りそうなお店です。ポエカフェ常連のMさんの紹介とのこと。Mさん、ありがとうございます!

 さて、Pippoさんが絞るのに苦労したと言われた資料には、《秋》に26人(うち海外5人)、《冬》29人(うち海外12人)という多さです(18ページ!)。朗読くじで朗読された詩人は全部で20人。読まれなかった詩人の方がはるかに多いという結果になりましたが、この資料、秋と冬にちなんだ詩の資料として得難いものとなっていると思います。これまでのポエカフェで取り上げられた詩人だけでなく、現代の詩人まで網羅されているのですから。朗読くじで読まれたのは秋から9篇、冬から11篇と良いバランスだったと思います。。Pippoさんのくじの作り方がよかったのでしょう。その中の詩人の関係者がお二人も参加してくださったことも、嬉しいことでした。吉原幸子さんのご子息と田中冬二さんのお孫さんです。ポエカフェの広がりの力でしょうか。

 

 それでは朗読された詩人たちのお名前だけでも紹介しましょう。資料の掲載順です。高橋元吉、八木重吉、佐藤春夫、草野心平、岸田衿子、高良留美子、矢沢宰、ゲーテ、エミリ・ディキンスン(ここまでが秋篇)、田中冬二、竹中郁、伊藤整、中原中也、石垣りん、吉原幸子、シュトルム、マヤコーフスキー、ウンガレッティ、ロラン・バルト、パウル・ツェラン(以上冬篇)。

 ほんとうに多彩です。一つのくじには何人かの詩人があげられているので、朗読者の選択で読まれる詩人が決まります。朗読された皆さんの感想も色とりどりで、ハッとしたり頷いたり、今回のようなアンソロジーの回の面白さを堪能する機会となりました。楽しさの中、豊かな詩の宴はあっという間に過ぎ去って行きました。

 私は八木重吉を朗読しました。最初は別のくじだったのですが、Pippoさんから回ってきました。大好きな八木重吉なのですが、朗読するとなると、これ程難しい詩人も少ないのではと思わされるのが八木重吉です。ちなみに詩は「素朴な琴」です。短いので引用しましょう。「この明るさのなかへ/ひとつの素朴な琴をおけば/秋の美しさに耐えかね/琴はしずかに鳴りいだすだろう」八木重吉はこのような琴でありたかったのではと思いつつ朗読しましたがが…。

 朗読された中で印象に残っている詩をいくつかあげておきます。まずは、パウル・ツェランの「入れかわる鍵で」です。最近ツェランの詩を読んでいるのですが、この詩が取り上げられてことは嬉しさと驚きでした。「言葉の雪」という表現に惹きつけられます。ツェランにとっての「言葉」とはと考えさせられます。草野心平の「秋の夜の会話」もあげておきましょう。『第百階級』冒頭の詩ですが、何度読んでも聞いても、心に残ります。もう一つ、矢沢宰の「秋」。「体の透きとおる人をだけ/そおっと淋しくなでるのだ」が沁み入ってきます。伊藤整の「冬の詩」、これはPippoさんの朗読。さすがの朗読です。そして、ウンガレッティ「クリスマス」も。「いいから/放っておいてくれ/片隅に/置き/忘れられた/家具/と同じに」翻訳ですが、この改行のされ方が気にあって仕方がありません。

 どうやら際限がなくなりそうです。朗読されなかった詩人の中で、みなさんの感想を聞いてみたかった詩人もあげておきます。原民喜、滝口雅子、草野天平、吉本隆明、ピエール・ルヴェルディ、こちらも全部あげてしまいそうです…。今回の資料、あまり読んだことのない詩人も含まれていましたので、これを機会に少しずつ読んでいきたいと思っています。

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「密度と香りの中に」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の8(大手拓次篇)

 だいぶ遅くなりましたが、9/16に開催されたポエカフェ大手拓次篇の参加記を残しておきます。ポエカフェ翌日には古書ますく堂さんが拓次の生涯も含めて今回もブログに楽しくまとめてくださっていますので、今更とは思いますが、お付き合いください。

 大手拓次が取り上げられるのは2012年5月に続いて2回目になります。(前回の参加記はこちら)前回は参加された方々から「とにかくかゆい!!」「アリが全身を這っているようだ」「くどい」「しつこい」「分かったから!」「お腹一杯!!」という声が飛び出した拓次。前回も参加されていた方は、私の他にはお二人だけ?ですが、今回はどのような感想が飛び出すのだろうと期待しつつの参加です。

 北原白秋と萩原朔太郎によって作られた「伝説」に長い間包まれていた大手拓次。今夏に復刊された原子朗編岩波文庫版の編者による「解説」で、伝説と拓次の実像が異なることが指摘されていますので、伝説からは解放されているようですが、拓次の詩の世界の独特さは変わることなく、読む者に様々な反応を引き起さずにはいられないようです。前回に劣らず皆さんの感想が飛び交ったせいでしょうか、今回も気がつけば終わりの時刻が迫っていました。

 2400篇と言われる膨大な作品を残した拓次。室生犀星、萩原朔太郎とともに白秋の三羽烏と言われるにも関わらず、生前には1冊の詩集も出せなかった拓次。真面目な勤め人という側面をも併せ持つ拓次。社交的でなかった拓次。47歳で亡くなった拓次。拓次の生涯は、様々な事を考えさせます。

 伝説からは解放されたといっても、香りが大好きで、多くの香料を集め部屋においていたという拓次にふさわしく、彼の作品世界からは、あまりにも独特な香りが匂い立ってきます。今回の資料に挙げられた作品は初期詩篇から昭和7年の作品に加えて翻訳もあります。

 そんな中で朗読くじで引き当てたのは「香水の表情に就いて~漫談的無駄話~」抄でした。拓次が勤めていたライオン歯磨の広報誌に掲載されたもののようです。くじには他の詩もあって選ぶようになっていましたが、敢えてこれを朗読しました。香水大好きな拓次による25種の「感じ」が挙げられています。それを鍵にして香水を選ぶようにという文なのですが、香水にこれだけの「感じ」を当てあめられるのは驚異の一言です。この25種の「感じ」は、青空文庫にこの作品が所収されていますので、ご覧になることをおすすめしておきます。それにしても、香水の「感じ」にこれだけの表現を与える感性の豊かさに圧倒されます。しかも図解付きです!これあればこその拓次の詩ではと思い、これを選びました。

 今回の資料も含めて、拓次の詩を読んで行くときに感じるのは言葉の密度の高さです。その密度の前に私は怯んでしまうこともありました。読む者を惹きつけると同時に、その密度のゆえに拒む言葉ともなっているように思うのです。

 ポエカフェ前、ポエカフェ後、拓次の詩を読み続けています。いまも、出かけるときには原子朗編の岩波文庫版の詩集を入れています。読みながら、ときにメモをとっています。そこから一部を書き写します。

「官能的言葉の密度。彼の言葉の住人とはなれない。外から彼の世界を恐々と覗くだけ。」

「音・光・熱の重層する世界」

「漢字のつながり、ひらがなの惑わし」

共通するのは、濃密な言葉が産み出す世界に戸惑っている私です。

 その濃密な世界がときに、前回のときに言われた「かゆい」というような言葉に繋がるのかも知れません。真面目に勤め人としての日々を過ごしていた拓次にとって、自らの産み出す詩の世界こそがリアルな世界だったのではとも思います。岩波文庫の編者解説にも「詩は不抜のとりでだった」とありますが、読み進めるにつれ、その感が増しこそすれ減ることはありませんでした。

 拒まれるように感じながらも、離れられなくなっています。口語自由詩が作られるようになった、ごく初期に、これだけの言葉を駆使して詩を作り続けた拓次に、もっと光が当てられたらと思いながら読んでいます。

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「詩だけでなく」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の7(小熊秀雄篇)

 だいぶ遅くなりましたが、7月22日に開催されたポエカフェ小熊秀雄篇の参加記を記しておきます。小熊秀雄(1901~1940)は、現在どれほど知られているのでしょうか。ポエカフェでは2012年に取り上げられて以来、6年ぶりの登場です。

 猛暑に負けない秀雄の熱気あふれる資料をPippoさんが用意してくださっています。テキスト資料がなんと8枚です。作品に長いものが多いのも確かですが、「しゃべりまくれ!」と言った詩人にふさわしい資料でしょう。そのせいもあって?か、あっという間に終了時間が迫ってきていました。Pippoさんも「まだ話し足りない」とtwiterで書いておられました。それでも、参加された方々のツイートにも、小熊秀雄の熱がしっかりと伝わっていたように思います。

 今回、朗読くじで引いたのは童話の「焼かれた魚(魚)」と文壇風刺詩篇の中から「室生犀星へ」でした。「焼かれた魚」は秀雄が旭川新聞の記者をしていた時のものです。この頃、記者としての活動だけでなく、童話も書いています。童話を書いただけでなく、子どもたちに童話を口演し「小熊の小父さん」と慕われていたそうです。詩だけでなく、童話にも心を傾けていた秀雄が、そこに何を求めていたかが、とても気になっています。作品自体は、前回の時に読んで、秀雄の作品の中でも大好きな者の一つです。感想を話しているうつに、結末まで触れてしまったのには、読んでいない方への申し訳なさもありましたが、この作品、結末なしには感想を言えない作品なのです。登場する様々な小動物たちに何を見るかという視点もあるのはもちろんですが、その点を含めての結末が迫ってきます。あの時代、このような作品を童話として完成した秀雄の力に打たれます。

 後に、プロレタリア詩人として活動する事になる秀雄です。「しゃべり捲れ」と過剰なまでのエネルギーをぶつける詩が書かれています。読む者にもエネルギーを要求する詩に思えます。それでも、小熊秀雄の詩はアジテーションの羅列になっていかないのです。小熊の社会主義観、プロレタリア詩観が、どのような変遷を辿ったかもとても気になるところです。

 長編叙事詩集『飛ぶ橇』に収録された作品がとても気になっています。今回の資料には「移民通信」の一部が取られていました。通信の発信者は満州へ向かう移民となったルンペンという形をとっています。その中に、巧みに社会観や労働観、人間観が埋め込まれているようです。社会の最下層にいる人間の目を通して語られる物語とも言えるこの詩に惹かれます。また、今回取り上げられてはいませんでしたが、「空の脱走者」「飛ぶ橇」も以前から、とても気にかかっている作品です。小熊秀雄が長生きしてこのような長編叙事詩を書き続けていてくれたらどんな世界が広がっていたのだろうと思わざるを得ません。

 これらの長編叙事詩に表されている教条的でない小熊秀雄の人間観の底に何があるのだろうかと考えさせられています。社会の最底辺に置かれた人々への目や、大きな力の中で一人の人間として生きて行こうとする人への眼差しに、プロレタリア詩人という枠に収まらない小熊秀雄がいるように思います。

 それにしても、小熊秀雄の才能の幅広さには驚かされます。絵画作品も見逃せません。漫画の原作までも手がけています。それも後のマンガ家に大きな影響を与えたということです。39歳で亡くなったことが惜しまれてなりません。

 最後になりますが、今回、改めて資料を見て、家庭環境や旭川新聞時代の秀雄に目がいきました。小熊秀雄の作品には、その時代の精神形成が大きな影響を与えているのではということがあるのです。父親の戸籍に入れてもらえなかったり、激しい気性の継母との関係。異父姉ハツとの関係。どれをとっても並大抵のことではないでしょう。

 それと旭川時代にはプロレタリア詩人今野大力との出会いもあります。この二人の関係も大いに気になります。今野大力の作品集もあることですし、小熊秀雄と合わせてじっくり読んでみたいと思っています。

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「放してくれないのです」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の6(尾崎放哉篇)

 遅くなってしまいましたが、先月27日に開催されたポエカフェ尾崎放哉篇の参加記をUPしておきます。既に2週間と1日が経過していますが、これを書いている私の目の前には、尾崎放哉関連の書籍が何冊かあります。今日も図書館の貸し出しを延長手続きをしたところです。放哉さん、なかなか放してくれないようです。

 尾崎放哉はポエカフェで取り上げられるのは2回目です。1回目は2014年8月のポエカフェでした。その時のブログにも書きましたが、尾崎放哉を知るきっかけになったのは、お世話になっていた先生から放哉の師匠とも言える荻原井泉水の小さな本を貸していただいたことがきっかけでした。日本語の表現を学ぶようにと貸された本でしたが、そこで尾崎放哉に出会ったのでしたそれ以来、決して深く読んでいるとはいえないながらも、常に気になり続けている俳人です。

 尾崎放哉の生涯についてPippoさんが説明しながら、朗読くじで引いた句を朗読するいつものスタイルで、会は進んでいきます。尾崎放哉の生涯については、今回も「古書ますく堂」さんがブログでうまくまとめてくださっているので、是非ご覧いただければと思います。

 さて、今回の朗読することになった句は、くじ2本分ということになりましたが、一つは帝大時代の作を8句、もう一つは大正7~8年の作を10句集めたものでした。帝大時代のものは、定型の作品です。2句づつ読みましたが、その一句づつをここにあげておきます。帝大時代からは「狂気の、老女寝て居る座敷牢」です。これは、恋心を募らせていた澤芳衛にあてた諸巻中のものということですが、芳衛さん、この句をどのように読んだのでしょうか?定型ではありますが、題材として気になった句でした。「狂気の」の後につけられた「、」がとても気になります。

 大正7~8年の句からは「銭が土の間に転がりて音なし」です。まだ東洋生命保険会社で働いていた時期の句です。そのことを考え合わせると、仕事への遣る瀬無い思いが既に込められているのかと、深読みしたくなってしまいます。

今回、くじで当たったのは、どちらも放哉の作品の中では、初期のものです。しかし、小豆島に渡ってからのものに、どうしても心は惹かれていきます。小豆島での生活は一年にも満たない端機関です。今回の資料でもその時代から49句が取られています。

 その中で朗読された句をあげておきます。「ここまで来てしまつて急な手紙を書いてゐる」「いつしかついて来た犬と浜辺に居る」「追つかけて追いついた風の中」「切られる花を病人見てゐる」「お遍路木槿の花をほめる杖つく」「淋しい寝る本がない」「せきをしてもひとり」「墓のうらに廻る」「渚白い足出し」「肉がやせて来る太い骨である」

 朗読された方々か等、様々な感想や質問が出ます。放哉の句は、読み手にあまりにも多くの事を託しているように思えて来ます。短く、それでどうしたと言いたくなるような表現なのに、読み手によって、広がる世界は多様なのです。いや、多様な世界を広げさせる力を持った句なのでしょう。

 おそらく放哉の句のなかでももっとも有名なもののの一つ「せきをしてもひとり」にしても、放哉の病気を考えると、この「せき」単なる「せき」には思えません。病気の苦しさが背後にあるように思えるのです。病気の状況から考えて、かなりの苦しさの中での句ではと思えるのですが、残された言葉は、あまりにも簡潔です。なんの事もない言葉に見えて、これ以上そぎ落とせない言葉に見えてきます。

 実際の放哉という人物について、評価は関わった立場によって、かなり大きな幅があるようです。荻原井泉水の「放哉という男」では、俳人としての放哉について、高い評価を与えています。一方で、小豆島に取材した吉村昭氏の「海も暮れきる」では、一人の人間としての放哉の弱さも隠すところなく描かれている。しかし、吉村氏もまた放哉に惹きつけられているのです。

 死を意識しながら研ぎ澄まされていく感覚の中で、後世に残る句を書き続けた放哉。死への向き合い方は異なれど、その句の言葉になぜか惹きつけられる自分を確認するポエカフェの時となったのでした。それにしても放哉さん、放してはくれないようです。

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「座敷牢の中から」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の5(高橋新吉篇)

 4月29日に開催されたポエカフェの課題詩人は2012年6月24日以来の高橋新吉でした。6年振りの登場となります。ダダイズム詩人として出発し、禅の詩人へと変化していった高橋新吉です。17名の参加でしたが、Pippoさんによれば定員に達するのが早かったとのことです。高橋新吉に興味を持たれる方が多いのでしょうか。

 新吉にちなんだお菓子は新吉の故郷、愛媛県八幡浜市の「唐饅」です。入手困難になっているものを伯剌西爾のご主人が取り寄せてくださっていました。もちろん、コーヒーとともに美味しくいただきました。毎回ご尽力くださるご主人に頭が下がります。

 さて、会はいつも通り自己紹介から始まるのですが、一つは「高橋新吉と私」。これはいつも通りと言えるお題ですが、もう一つにはびっくりさせられます。そのお題は「死について」というもの。かなり重いお題です。ところが自己紹介が始まれば、皆さん、結構このお題で発言されて行くのです。お一人は、なかなかこのような事について周囲の人と話す機会が無いと仰ていましたが、なんと、「話しましょう」と受け止める方が複数おられました。ポエカフェに集まる方々の思いがチラッと見えたような気がします。いきなりの重いお題にも関わらず、自己紹介はゆったりしたいつもの雰囲気で進んでいきます。重いものを軽くするのでもなく、避けるのでもなく受け止めていこうとする雰囲気が回を重ねる中でポエカフェに積み上げられてきたのでしょう。

 ダダと禅の詩人なので、どんな感想が出てくるかワクワクしつつ皆さんの朗読と感想を聞いていきました。Pippoさんの用意された資料もヴァージョンアップです。『ダダイスト新吉の詩』に寄せられた佐藤春夫の「高橋新吉のこと」も引用量が増えています。前回はなかった辻潤の「跋」も入っています。ダダイスト新吉の姿が浮かび上がってきます。詩作品の朗読は「DADAは一切を断言し否定する」で始まる有名な『断言はダダイスト』抄から始まって行きます。朗読とともに、感想、意見、質問が次々に出てきます。参加されたDさんが後でツイートされたように、とても豊かな時間になりました。ダダイズムに関してはポエカフェ初期から参加しておられるTさんの説明が助けになりました。会が終わってからも、ダダイズムに関して質問させてもらいましたが、新吉を考える上でのヒントをいただきました。

 さて、Pippoさんが自己紹介のお題に選んだ「死」ですが、新吉の生涯と作品を考えるうえで、避けて通れないテーマでしょう。前回の参加記で「新吉はことばで『死』と戦いつづけたように思える。」と書きました。これでは、どうも不足だったなということを今は感じています。「死」と向き合いつつ、存在の本質を問い続けたのではないかというのが、今の感想です。それは『断言は一切である』という「断言はダダイスト」の1行にも見られるように思うのです。

精神を病み座敷牢に閉じ込められた新吉が、後にその期間のものとして出した『戯言集』があります。全集の第1巻に収められた奥様の喜久子さんの解題によれば、新吉はこの原稿をとても大切にしていたとのことです。その解題の中に、見過ごせない文章がありました。「父は息子を救うべく死んだ」というものです。すれ違い続けた新吉と父親。その父親に関する詩が『戯言集』に続いて出された『日食』に収録されている「父」であると思います。「父は私を愛の目でみた」で始まります。精神を病んだ新吉との闘いの中、新吉の父は首を鎰って自殺しています。

 新吉の詩の中では、とてもストレートな作品です。今回、私はこれを朗読しました。実は、前回もこの詩を朗読していたのです。会後のPippoさんのツイートに「求道者的精神の強さ」とありました。ダダから禅へと向かった新吉。その道を行くには強靭な精神力が必要なのではないでしょうか。禅の接心の期間に発病したと言われています。しかし、全てが分からない状況にはなかったように思うのです。それが『戯言集』であり、その状況を乗り越えるきっかけとなったのが父の自殺を受け止め、次へと進むための詩が「父」であったように思えるのです。

 だいぶ長くなってしまいました。いつも以上にまとまりがありません。そもそも新吉を言葉で語ろうとすることが間違いかもしれないのです。『ダガバジジンギヂ物語』を読みました。自伝的作品ですが、読み易い作品ではないでしょう。虚実ないまぜのところもあるように感じます。新吉を理解する助けにはなると思うのですが、それでも一筋縄ではいかないように感じています。

 もう一つ気になっていることがあります。それは奥様の喜久子さんのことです。会後、Pippoさんが紹介してくださった『高橋新吉 五億年の旅』(金田弘著)を読みました。そこには喜久子さんとの結婚に関する逸話が記載されています。新吉を考える上で、奥様の存在は欠かせないように思えてきています。

 高橋新吉にとって、詩とはなんだったのだろうという問いを抱えつつ、これからも彼の作品を読んで行くことになりそうです。

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「気になる詩人は…」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の4(春・夏篇)

 25日のポエカフェは、久しぶりの入門篇、テーマは「春・夏」でした。一人の詩人ではなく、テーマに沿って多くの詩人の詩を読むことができるのも、この入門篇の楽しみです。今回取り上げられたのは、39人!!資料も6ページに渡ります。年代も1854年生まれのランボーから現役の詩人までという幅広さです。このようなテーマ開催の時の準備での詩の選択の大変さを思います。

 自己紹介の後、恒例の朗読くじが回ってきます。「くじ」とはいっても最近は、「交換可」なので、引いた後の交換が行われます。どこまで「くじ」なのか、不思議な風景が現出します。今回は一人2篇と言うせいもあったのでしょうか、いつもより盛んです。斯く言う私も、交換に乗り出しました。それぞれ何を基準に選んでいるのかも気になります。

 さて、今回のようなテーマ篇の時の楽しの一つに、これまで知らなかった詩人に出会えることがあります。今回、まったく初めてだったのが、「宇留田敬一」と言う詩人です。『鎮魂歌』と言う詩が取り上げられていました。「おまえはいま静かにいこつてゐる‏/そんなに明るく すきとほつて‏/ぼくの胸より小さな箱に‏/白い布につつまれながら」と始まります。4連目の「遺品一つ帰らなかつたおまへのために‏/誰かがわたしてくれた‏/レイテの珊瑚礁の一片」が刺さってきます。これに続く最後の連は「一度だつてこれほどしつかりと抱いてやらなかつた‏/弟よ いま長い旅路の夢が一つになる‏/生と死が明るい空で重なりあひながら」と結びます。この方の詩を読みたくなりました。どのような詩人でしょうか。とても気になります。

 野長瀬正夫は、既に読んでいる詩人ですが、今回取り上げてもらって嬉しかった一人です。おそらく、今ではあまり知られてはいないのではないでしょうか。取り上げられたのは『夕空とお父さん』です。野長瀬さんは、児童文学の世界にも身を置いていた方です。これも、こどもの視点での作品です。戦後復興期に一生懸命に働いていたお父さんの姿が浮かびます。「お父さんは‏/じいっと空をながめている」が残ります。野長瀬さんは児童の視点からの詩の他にも多くの詩を書いておられます。かつてPippoさんがツイートで色々な詩人の作品を取り上げていた時に、この方を知りました。それがきっかけで、詩集をさがし、やっとのことで見つけ出したのが昭和40年発行という奥付のある、『日本叙情』がありまです。とても良い出会いでした。そんな事を思い出しながら、みなさんの感想を聞いていました。詩との出会いは、ちょっとしたことがきっかけになることがありますが、今回のようなテーマ篇も、そんな役に立つかもしれません。

 ところで、今回の朗読くじで読んだ詩なのですが、交換に乗り出した私の目の前にPippoさんから八木重吉が降ってきました。かつてPippoさんが提唱した近代詩復興委員会の八木重吉担当として、読まないわけにはいきません。しかし、重吉の短い詩は朗読するのに苦労するのです。ドキドキしながら「豚」を読みました。「この 豚だって‏/かわいいよ‏/こんな 春だもの‏/いいけしきをすって‏/むちゅうで あるいてきたんだもの」農村風景の中、歩いてくる豚を見つめる重吉の視線を想像します。近頃のペット用の豚ではありません。土の道を藁が付いているかもしれない姿で、鼻を鳴らしながら一直線に進んでいくのでしょう。そんな豚の姿に「いいけしきをすって‏」いると見る重吉の視線の背後にある思いを想像します。それにしても、重吉の朗読は難しいです。

 もう1篇は村山槐多の「空」です。槐多の音と光の世界に包み込まれていくように感じます。徹底的に自分の世界に入り込んでいるようでありながら、読む者までも包み込んでいく力を感じます。重吉とはまたく異なった世界を構築する詩人ですが、好きな詩人の一人です。この詩に出てくる「Xの形に燈きらきらと戦動す」のXからも話が広がりましたが、惹きつける詩です。

 好きな詩ばっかりと言って良い今回のポエカフェでした。1篇ごとに感想を綴りたいほどです。題名だけでも最後に上げておきます。安西冬衛の「春」。草野心平の「えぼ」、丸山薫の「病める庭園」、木下杢太郎の「街頭初夏」…、キリがなくなるのでこのくらいにしておきます。取り上げられた詩についてもっと知りたい方は、「古書ますく堂」さんのブログを是非ご覧ください。

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「西尾さんの術中に」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の3(西尾勝彦篇)

 1月21日に開催されたポエカフェ第102回で取り上げられたのは、西尾勝彦さん。1972年生まれの現役の詩人です。ポエカフェで現役の詩人が取り上げられることは少ないのですが、西尾さんはなんと3回目です。2014年2月11日の奈良での出張ポエカフェで取り上げられ、そこでの好評を受け2月22日には東京での定例ポエカフェでも取り上げられました。

 そして今回の3回目となるのですが、これまでの2回に参加された方が2名、今回も参加されています。私は奈良の回には参加できませんでしたが、2回目の参加です。(その時のブログはこちら)今回の告知がPippoさんからあった時、西尾さんの詩を囲んで参加者の方々と話せる機会がもう一度あるのだと思うと、それだけで心踊るものがありました。

 今回の年譜は西尾さん自筆(ほんの少しだけPippoさんが加筆)のものです。前回もそうだったのですが、2014年のポエカフェ以降のことが加えられています。この年譜については、今回も古書ますく堂さんがブログにまとめてくださっていますので、是非ご覧ください。

 35歳で詩を書き始め、奈良の緑豊かな場所から作品を生み出し続ける西尾さん。年譜をみながら参加者で朗読し、話し合う中、いつの間にか西尾さん色にゆったりと、しかし、しっかりと包まれていたように今も感じています。西尾さんは2017年には「のほほん社」を設立されています。「いそがしい社会の人びとにのほほんをお届けするために誕生しました。出版を通じてのほほんを広めてゆきたい」(設立の弁)という西尾さんの目的はポエカフェの会場でも達せられていたようです。

 朗読くじで当たったのは『耳の人』から「路地」でした。じつは最初にくじを引いた時に当たったのは別の詩だったのですが、交換してもらいました。前回紹介された『耳の人』が好きだったので、わがままを言いました。24篇の詩からなる詩集ですが、全体で一つの世界へと連れていってくれるような詩集です。不思議な「耳の人」。この詩について感想を言うことは、何かを落としていきそうな感じがして仕方ありません。でもしっかりと心に残っていくのです。

 資料にはこの詩に続いて「青」も記載されていました。その詩は「このあたりでは/ときどき/青が降る」と始まります。これだけで、別世界に連れて行かれそうです。でもその世界は、遠いものではないよとも、語りかけてくれているようにも感じます。『耳の人』の世界から聞こえてくる声をしっかりと聴いてくださいと、言われているようです。

 でも「言の森』の「意味論」には「意味から逃れる意味は/きっと/あるはずだ」ともあるのです。どうやら聞き方にも注意が必要なようです。こんなことを書いていることが、西尾さんの世界から遠ざかっているようにさえ思えてきます。そう思うことも西尾さんの「のほほん」の効果かもしれません。

 西尾さんの最新詩集『光ったり眠ったりしているものたち』を会場でますく堂さんから購入しました。あれから、3回読んでいます。詩に寄り添うイラストを含め、気持ちよく「のほほん」と読みたくなる詩集です。でも、油断はならないのです、西尾さんの「のほほん」は、柔らかいだけではないのです。時にしっかりと「光る」のです。「扇風機同盟』の「つくづく/ 下には上がいるなあ と/思ったのだった」が印象に残っています。そう、『耳の人 のつづき』の「ひとり旅のひとり言」にも「下には/上がいるねえ」とあるのです。耳の人の言葉として書かれています。西尾さん、耳の人の境地になっていらっしゃるのかもしれません。

 そうそう、今回参加できなかった連れ合いのアンジーにこの詩集から何篇か見せました。行けなかったことをとても残念がっていましたが、「言祝ぎ」を見せたところ、幼児の言葉として、とても分かるといういう感想がありました。そして、「ダンゴムシは/だんぎ/しめじも/だんぎ/きゃりーぱみゅぱみゅも/だんぎ」の箇所をどう解釈するか、夫婦で話し合い中です。

 最後に、もう1篇、とてもドキッとした詩があります。「無意識(たましい)」です。ますく堂さんのブログでも紹介されていますが、わたしにとって、とても大切なことを考えさせてくれる詩になりそうです。無意識をたましいと読ませ、「きみの/無意識は/頭を/あざやかに/裏切っている」と書かれたら、大哲学者も退散しそうです。

 西尾さんからの冊子のプレゼントまであったポエカフェ西尾勝彦篇。私のところではまだ続いています。西尾さんの術中にハマったのかもしれません。

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「ひとりの女性として」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の2(新川和江篇)

 12/17に開催された第101回ポエカフェ。記念すべき100回目には、仕事の都合で参加できず涙にくれていた私と連れ合いのアンジーはひさしぶりのポエカフェに心弾ませながら向かったのでした。

 今回の課題詩人は新川和江さん。吉原幸子さん以来の女性詩人ですが、その時のアンケートで吉原さんに投票すると同時に、アンケート対象にはなっていなかった新川さんのお名前もあげたのでした。新川さん、いつか取り上げてもらえたらいいなと思っていた私にとっては、わくわく感が更に募ります。

 新川さんは1929年のお生まれですが、88歳の今も活躍しておられます。ポエカフェ史上、数少ないご存命の詩人です。生涯に着いては今回も古書ますく堂さんがブログでうまくまとめてくださっていますので、是非、ご参照いただければと思います。

 新しい方もおられる中、いつも通り自己紹介で始まります。新川さんは初めて、あまり知らないという方も、少なからずおられ、Pippoさんはちょっとびっくり。もう一つ恒例の朗読くじも回ります。「くじ」と言っても交換可能です。引き終わったあとは、暫し交換タイム。気がつけば私の手には今回の資料の中で一番長い「扉」がありました。

 1959年の『絵本「永遠」』という詩集におさめられた詩です。6連、55行の長さです。26歳で長男の博さんを出産した新川さん30歳の時の詩集です。博さんと思われる子どもとの間の関係が描かれています。「締切日が近づくと/わたしはますます無口になり/仕事部屋をくらい海底のように澱ませて/岩かげに終日ひっそりと魚鱗を光らせたいたりした/するとおまえは/幼い足どりで廊下をつたって来ては/かたくなに閉ざされた扉の前に立ち止まり/飽くことのない情熱で母の名を呼びたてるのだ/ママ! ママ! ママ!」これが1連目です。

 ある日、一日子どもの相手をしたとき、ふいに玩具を放りだして不在の書斎の前で「ママ! ママ! ママ!」と呼ぶ子ども。子どもに向かって「わたしよ! わたしよ! わたしよ!」と叫ぶ「わたし」。

 じつは、初期の詩の中でとても印象に残っていた詩でした。子どもの叫ぶ声が聞こえてくるのです。母としての葛藤を抱えながら仕事をしている「わたし」最終連に込められた「わたし」の思い。長いだけでも大変なのに、ことばが心にのしかかってくるように感じます。そんな中での朗読となりました。朗読後の感想でもお話ししましたが、男性の私の中で、とても揺さぶられるものがあるのです。同時に叫ぶ子どもの声も聞こえてくるようです。二人が求めているものが心を揺らすのでしょうか。圧倒されるような「重さ」と同時に、母という立場で書きながら、それを超えているものを感じます。

 ところで、今になって気になることがあるのです。この「書斎」、ほんとうに具体的な部屋だったのでしょうか。子どもにとって詩を書いている母は「書斎」にこもっているのと同じだったのかもしれないのかなと。きっかけは『土へのオード 13』におさめられた「九月の第一月曜日」という詩です。そこには書き損じの原稿用紙を飛ばす「小さな息子」が出てくるのです。

 今回のポエカフェ、いつにも増してみなさんの発言が活発だったように思います。「千度呼べば」ではドリカムも引き合いに出されました。様々な受け取り方が引き出されていって時間はあっというまに過ぎ去っていきます。時にはドリカムのような感じを与えながら、読む人を引き込んでいく新川さんのように感じていました。女性詩人でも、これまで取り上げられてきた石垣りんさん、茨木のり子さん、吉原幸子さんとも異なる何かがあります。

 ポエカフェから既に1週間以上たちました。読み続けています。その中で改めて感じていることを少しだけ記しておきます。ひとりの女性として、女性性を真っ正面から受け止め、その上でひとりの人間として生き続けようとした方なのかと感じています。新川さんが求め続けたものは何だったのでしょうか。観念でなく、手触りのあるものとしての「いのち」と向き合い続けた新川さんだったのかなと感想は広がっていっています。性別を超えて訴えてくるものを強く感じながら読んでいます。

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「生きることへの眼差しに惹きつけられて」 ポエトリーカフェ参加の記 第8期の1(ジャック・プレヴェール篇)

 通算100回も目前になってきたポエカフェ。今回の課題詩人はポエカフェ史上初のフランスの詩人ジャック・プレヴェールです。どんな世界が見えて来るのか、期待が膨らんでくる中、9/17当日を迎えましたが、なんと台風です。しかし、ポエカフェは台風などには負けないのです。第1期の最終回2010年10月の萩原朔太郎の回も台風でした。今回より激しい風雨の中、Pippoさんの心配をよそにぞくぞく集合したことを思い出しながらの参加でした。今回も台風を蹴散らし15人の参加です。しかも初めての方もいらっしゃいます!

 プレヴェールはシャンソンの「枯葉」や、映画の「天井桟敷の人々」の脚本を書いた作家として、私などの世代には馴染み深い人ですが、今はどの程度知られているのでしょう?タイミングよく、『プレヴェール詩集(小笠原豊樹訳)』(岩波文庫)も出版されましたが、駒込の「青いカバ」さんは、なんと100冊仕入れて売りきったとのこと。すごいです。当日集まった方々も、かなりの方が青いカバさんで購入されていました。(私も)

 さて、プレヴェールですが、生涯に関しては今回もますく堂さんがブログでうまくまとめてくださっていますので、是非ご覧ください。配布された資料には「枯葉」の歌詞も含めて20篇が収録されています。そのうちいくつかは小笠原訳の他に大岡信訳や、北川冬彦訳も併せて掲載されています。自己紹介しながらの朗読くじも長短ある中で、交換もありです。

 詩人プレヴェールとの意識的な出会いは、他にも言及されいる方がおられましたが、Pippoさんが出していた朗読音源「てふてふ2」に入っていた「カタツムリさん葬式へ行く」(大岡訳)でした。今回も、小笠原訳とともに紹介されていましたが、Pippoさんの朗読の声が今も響いています。それ以来、気になる詩人の一人でした。大岡訳に挿絵のついた「やさしい鳥」(偕成社)が手に入ったので、気が向いた時に開いていました。

 今回、岩波文庫で読み、ポエカフェに参加する中、プレヴェールの眼差しに惹きつけられています。決して難しい言葉は出てこないのに、その結びつきの不思議さ。発想の自由さとでも言ったら良いのでしょうか。心に訴える力が大きいのに、掴みきれない広さを感じています。そして、生きることの中で出会う悲しさをうたっていても、悲しさの中に閉じこもらない世界を感じます。

 生きていく中での不条理とも言えることも、こどもに語ろうとしているようです。アンジーが朗読した「こどものための冬の歌」にそれを感じます。暖炉で暖まりあっという間に失くなる大きな雪だるま。最後の4行が残ります。「残ったのはパイプだけ/水たまりのまんなかに/残ったのはパイプだけ/それから古い帽子だけ。」不思議な読後感が残ります。

 私が朗読したのは「バルバラ」でした。今回最も長い詩でした。どう読んだらいいのか、悩みました。まずは噛まずにと思ったのですが、三回噛んじゃいました。曲がついてイヴ・モンタンが歌っています。静かなメロディーにのせて語るように歌うモンタンです。参加者のお一人が、プレヴェール本人の朗読があると教えてくださいました。淡々とした朗読ということでした。たしかに、この詩は、その方が染み入ってくるのでしょう。街で見かけた男女の姿から戦争の悲しさへと進む詩は、下手な感情を乗せたら詩を台無しにしてしまうと読んでみて感じました。

 不条理をもたらすものへの厳しい目を感じます。生涯の資料の中にあった童話集「よくない子のためのおはなし」が、とても気になっていました。「おりこうでない子どもたちのための8つのおはなし」という題になって出版されているものが、図書館にありました。挿絵は原書のままのようです。岩波文庫の詩集にも5篇が収録されているのですが、やはり挿絵のあるなしの差は大きいのです。こどもに与えたい本です。人間の愚かさがそのまま描かれ差し出されています。プレヴェールの童話や絵本がとても気になっています。『つきのオペラ』が隣市の図書館にありましたので借りてきました。これも気に入っています。

 参加者のお一人が原著を持ってきてくださり、フランス語からの説明も加えてくださったことも、ありがたいことでした。フランス語、きちんとやっとけばよかっと思うことしきりでした。それほど、プレヴェールに惹きつけられているのかもしれません。

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「ゆっくりと」 ポエトリーカフェ参加の記 第7期の7の2(山崎方代プチリターンズ篇)

「ゆっくりと」

 ポエカフェは先月15日が第7期の最終回で第8期第1回は、9月と聞いていたのですが、なんと、7月の都留での開催に来られなかった方々を含め、山崎方代さんリターンズを求める声が多く、8月5日にさっそくのリターンズ開催となりました。開催のお知らせがありました。正式の告知を待っていようかとも思ったのですが、もしかすると申し込みが間に合わなくなる可能性があるのではと、TwitterでPippoさんに参加希望を出したところ、既に10人近くの方から申込みありとのこと、危うく間に合わなくなるところでした。山崎方代さんの人気恐るべしです。

 7月の会に参加しておられた方がわたしと連れ合いのアンジーを含めて半数近く。初めての方も2名おられる会となりました。都留での会をアレンジしてくださったCさんもいらっしゃいます。改めて感謝を述べました。Twitterでお名前を知っていても初めてお会いする方もいらっしゃいます。こんな出会いも楽しいものです。会場はいつもの神田伯剌西爾さんですが、通常営業もなさっているので、レジ脇の小部屋を貸切にしての開催となりました。ご自身も短歌を詠まれ、方代さんにもお詳しいと思われる方もおられます。とても参考になる意見を聞くことができました。

 資料は、都留での開催時と変わりはないのですが、Pippoさんの説明を聞きながら確認していくと、前回見落としていたような点にも気がつきます。もしかして、Pippoさん自身も少しバランスを変えていたのでしょうか。参加者とのやりとりの中で、改めて気がつく箇所もあります。特に、山梨にいた頃の方代さんの両親との関係や暮らしぶりが印象に残ります。そこから戦傷を負って引き上げてきてからの生き方がどうつながっていったんだろうと考えさせられます。右目を失明し左目も0.01の視力しかなくなった方代さん。父親も方代さんの出征中に死亡しています。のちに、両親の墓を立てることに熱心だった方代さん。故郷や家族への思いを考えさせられます。

 歌人としての評価は、かなり歳をとってからのことになりますが、自費出版した第1歌集『方代』を面識もない多くの知名人に贈呈し、会津八一からの葉書に大喜びする方代さん。鎌倉で建ててもらった小屋に来客があれば、方代さん流の仕方で、精一杯喜ばそうとする方代さんの姿もあります。不思議と支援者が次から次へと?現れてくる方代さん。何が人々を引きつけていたのだろと考えてしまいます。

 今回の朗読くじで当たったのは、第3歌集『こおろぎ』から取られたものでした。17首ある中から迷いながら次の二首を選びました。「なんとなく送ってしまった生涯を腕を拱いて見おくりたり」「暮れなずむ夜ともなれば鎌倉の世間へ出でて皿を洗います」です。前回心にかかった歌として「おのずからもれ出る嘘のかなしみが全てでもあるお許しあれよ」を挙げましたが、それと合わせて方代さんの生き方が嘘を越えて垣間見える歌ではないかと思って選びました。

 都留での会の参加記に「惹きつけられながらも、その理由が自分にもわからない。そんな状態が続いています。」と書きましたが、その状態はまだ続いているようです。そんな簡単にはわからないよという、方代さんの声も聞こえてきそうです。「おのずからもれ出る嘘のかなしみ」は、そんな簡単には捉えきれないでしょう。でも、もれ出てくるものが、じんわりと入ってくるように感じます。

 方代という名も「生き放題、死に方代」にちなんど言われていますが、じつはそれも本当なのかなと疑わせてしまうような方代さんに思えてくるのです。嘘を含めて山崎方代という生き方の中に方代さんが何を込めて歌い続けたのか、ゆっくりと受け止めながら味わいたいと思うポエカフェとなりました。そんな読み方が方代さんには、相応しいように思えるのです。

 今回のポエカフェで、第7記は終了となりましたが、前回の都留篇の付属?という形で通算の回数には含めないということでした。それで、今回の参加記の題名も「第7期の7の2」となりました。

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